第14話

 河内先輩の連れて来てくれたレストランは老舗のハンバーグの美味しいすごく良い店だった。


「口に合いましたか?」

「はい、すごく美味しかったです。優ちゃ、才川さんとも来たいです」

「別にいつも呼んでるように呼んで構いませんよ。もう少し気楽にしてください」


 いつも優ちゃんと呼んでるだけについ言ってしまったのを咎めるでもなく優しく許してくれた。


「それで本題ですが、才川さんと仲が良いですがいつ頃からの関係なんですか?」

「幼稚園の時からずっと家族ぐるみで付き合ってきたんです」

「そうなんですね、それだけ長く付き合えてるってことは凄く気が合う友人なんですね」

「そうですね。私も優ちゃんとは凄く一緒に居て落ち着くので」


 ずっと一緒に居て苦にならない関係なのが長く付き合えてる理由なのかもしれない。「……才川さんって旭川さんから見てどう思いますか?」

「どう……とは?」


 思わず聞き返してしまう。どうと言われても私には質問の意味がよくわからない。


「いえ、うちの社長がお二人をスカウトするとき、旭川さんは専門学校時代優れた結果を出していました。ですが才川さんはそうではないでしょう?」


 確かに優ちゃんはコンクールで結果を出したりしていない。


「では、才川さんをスカウトした理由とはなんでしょうか?仲が良いから二人組として引き抜いた」

「それは違います」

「……ほう」


 河内先輩は興味深そうに目輝かせる。


「優ちゃんは……確かに結果を残したりしてないですけど……」


 ゆっくりと、自分の言葉でわたしは優ちゃんの事を伝える。



 いかにわたしの親友がすごいのかを



「……なるほど。これは失礼な事を聞きましたね」

「いえ……いいんです」

「本当にごめんなさい、私って人を見る目が無くて。社長……いえ、百合子さんにも聞いたんですよ。そしたら『じゃあ、旭川さんにでも聞いてみなさい』って言われたんですよ」


 社長も優ちゃんの才能に気づいていたんだ。だから……


「それにしても流石幼馴染ですね。よく知っているんですね。相手のことを」

「そう、ですね」


 少し恥ずかくなって目を伏せる。でも、社長の見通すような顔がわたしの頭の中から離れなかった。


 ―――


「……んー」


 サンプル生地を眺める。色んなメーカーの生地が送られてくる。西園寺先輩の回してくれたものもいくつかあるが、昔からのコネで色んな生地を送ってもらえる。


(ただ多すぎても選びきれないんだよなぁ……)


 長机から溢れそうなほどの大量の布。


「よし、逆に考えよう。使いたい素材にあったデザインを作ろう」


 これいいなと思った素材があったからそれに合わせてデザインを作る、やったことは無いけど。一つ凄く気になった素材が目に入っていた。


(凄く気持ちいい生地。これでTシャツなんか作ったら凄く良さそう)

「Tシャツだからシンプルだけど重ね着とかしたら少しオシャレに見えるデザインがいいな」


 ……これだったら少しカッコいいデザインがいいな……

 思いつくがままにペンを走らせる。


「……これにちょっと裾の短いシャツを羽織るとおしゃれだな……」


 デザインの上に加える。単品でももちろんオシャレに見えるのは大事ではある。だけど、展示会やお店に並ぶときは全身をコーディネートしたものを見せる。


「……うん、わかんないや」


 ずっとデザインを見ていたせいかこれがいいものかどうかもわからなくなってくる。


「いや、とりあえず試作してみよう」


 作るときに迷ってたら、いつまでたっても試作が出来ない。


「まずは、Tシャツから作ろう。それに合わせた上着を作って……サイズ感とかは後でいいかな。取り合えず形にしてから調整しよう」


 そうと決まれば話は早い。使えそうな生地を片っ端から集めていく。

 色合いは淡い色じゃなくて濃い色で、直感じゃ無くて理論で、正しいものを選んでいく。


「服を作っている時は自分を天才だと思い込み

 、完成したら世界で一番の批評家に」


 それが最初に習った服の作り方。だから今だけでも咲ちゃんに並ぶ天才の気持ちで。


「いいもの……だと思う」


 客観的に見ていいものだと思う。少し全体で見るとシルエットがカッコよくないのを除けば出来はいいと思う。単品での完成度は高いし。うん。いいと思う。


「咲ちゃんにアドバイス……」


(少々旭川さんに甘え過ぎですわね)

 そう思った瞬間、西園寺先輩の言葉が自分の中で反芻する。


「……いや、やめよう。ここで一旦完成として置いてまた後で完成させよう。それまで別の作品を作れば無駄な時間もないし」


 咲ちゃんのお荷物になるつもりは無い。自分で出来ることは自分の力でこなしたい。

 ちらりと咲ちゃんの方を覗くと咲ちゃんも自分の作品の世界に籠っているみたいだ。

 邪魔するわけにもいかないしやっぱり見せるのはやめておこう。


「使わなかった生地でいいのが他にもあったからそれを使って……次はシルエットを気にすればもっといいのが出来ると思う」


 根拠のない自信がわたしの中に生まれてくる。

『次はもっといいものを作る』当たり前だけどこれを続けていったらきっと“私の目標”には届いてくれるはず。


「よし、咲ちゃんもたくさんデザイン上げてるし、私もデザインだけでも作っとかなきゃ。次から咲ちゃんのデザインも起こさなきゃだし」


 やる気は十分、私だってやれば出来る。


 ―――


「う~ん?シルエットも微妙……かな?やっぱり、パターン難しいな……」


 ……でも、デザイン自体は悪くないと思う。最初に作った方は今見てもシルエットが少し気になるけど、いいデザインだと胸を張ってもいいと思える。


(……パターンなぁ)


 やっぱり本職の人に教えて貰った方がいいよなぁ……素人の独学じゃ限度があるし……そりゃ、軽くは学校とかでやったけど……


「やる気じゃどうにもならないってことで……」

「独り言ですの?呟きたいなら、個室でも用意したほうがよろしかったです?」

「あ、社長。いえ……流石にそこまでは……」


 西園寺先輩が後ろから、声を掛けてくる。というより、西園寺さんって多忙なはずなんだけど、どうしてこんなにこっちに顔をだしてくれるんだろう。


「別に私も暇なわけではありませんが、まだここは出来たばかりで軌道に乗ったわけではないので慎重にならないといけないんですの。経営者としての責務ですわ」


 見透かすように私の思考に返事をする。そして、


「それと……」

「いいデザインですわね。売れると思いますわ」


 二つのデザインを交互に見比べながら頷く。


「でも自分のデザインのパターンと旭川さんのデザインと比べて少し見劣りしますわね……自分の主張についてよく考えるといいと思いますわね、あくまで素人意見ですけど」

「主張ですか……」


 確かに……主張っていうよりこの服の何がいいところなのかはっきり見えてこない気もする。


「やはりそうですわね、今度、いいパタンナーを見つけましたので連れてきますわ」

「あ、パタンナーの人見つかったんですね」


 少し安堵してホッと一息ついてしまう。


「あ、でも才川さんもパターン作り続けて構いませんわよ。もちろん第一はデザインですが」

「えっ、でも本職の人が作った方が……」

「本職の人の意向でもありますわ。曰く、『これは一つの完成形、技術がまだ荒いのが惜しい』らしいですわ。デザインにも役に立つそうですし、主に貴方のデザインを起こす専属みたいに思って構いませんわ」

「専属……!」


 聞こえはいいけどそれってかなり緊張する……自分のデザインをしっかりパタンナーの人に作って貰ったのなんて前の会社でもそんなにないし……


「そうですわね。いくつか今日出来たデザインを送っておきますわ。下さる?今日の物でなくとも構いませんわ」

「えっ、あ、はい!」


 急いで出せそうなものを提出する。


「ふむ……では、頑張ってください。今日デザインを見て私は間違っていないと確信しましたわ。ですが……」


 ちらりと、遠くで作業に没頭していてこちらに気づいていない咲ちゃんの方をみる。


「また……よく見ておいてくださいね。また危うくなってますわ」

「わかり、ました?」


 危うい?どういうことだろうか。


「いえ、よく見て気付かない変化なら構いませんわ。ただ、いつもよりほんの気持ち程度よくみてあげてくださる?」

「それでいいなら」


 今一緒に暮らしててわからないことなんてないと思ってたけど、西園寺先輩が気づいたのって何だろう?いや、この人は私の常識の外で生活してるから聞いてもわからないだろうけど。


 それでも、咲ちゃんのこと位は私が一番詳しくありたい。

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