第12話
「おはようございます」
ファッションショーの当日、西園寺先輩が会場の前で待っていた。
「おはようございますですわ」
いつもとは違いフォーマルなスーツを身に纏い空気まで引き締まるような雰囲気を感じる。
「今日は勉強させてもらいます」
そう頭を下げると、西園寺先輩はやれやれといった様子で、
「そんなに緊張していては学べるモノも学べませんわ。少し肩の力を抜いて、ゆっくり見た方がいいと思いますわ」
気付けば少し肩が上がり手も固く結んでしまっていた。横を見ると同じくガチガチになった咲ちゃんがいて思わず肩から力が抜ける。
「そうそう肩の力を抜いて物事を見ると世界が良く見えますわ」
いつものように振舞う西園寺先輩はきっとこういう事にも慣れているのだろう。横に立っている河内先輩の立ち振る舞いも堂々としている。
(やっぱり、河内先輩もこういう行事慣れてるのかな)
「さて、時間も余りありませんし舞台裏を見るためにも早めに入場しますわよ」
―――
小規模のショーとはまるで違う設備に私達は圧倒された。モデルたちが化粧をして、衣装の最終確認を行い、スピーカーからは何度もチェックの音が鳴り響く。
「ちょ、ちょっと、西園寺さん勝手に入られては困ります」
鳴り響いた音楽の挟間で一人の女性が西園寺先輩に対して声を上げていた。
「何か問題でもあるんですの?」
ところが何を言っているんだ?とでも言いたげに聞き返していた。
よくその女性を見ると、若くしてこのファッションショーの最高責任者で、世界を股に掛けて活躍する。トップデザイナーの
(す、すごいよ優ちゃん伊吹さんだよ!)
小さな声ではしゃぐ様に私に声を掛けてきた。咲ちゃんは確かこの人に影響されてデザイナーになったんだ。
「問題もなにも他の出資者だっているのに勝手に裏方を見学させたら他の出資者の顔が立たないじゃないですか!」
「ん?うちは別に次回から単独出資でも構いませんわよ」
「いや、でも……」
「払えますわよ?普通に」
畳みかけるように喋る。確かに西園寺家と比類するようなお金持ちなんてそうは居ない。ひとりでこの規模のファッションショーをやるなんて訳はないだろう。
「社長その辺で、というよりホントに飯田さんに許可もらってなかったんですか?」
河内先輩が慌てふためく飯田さんのフォローするように声をかけると、西園寺先輩は責めるような視線から逃げるように顔を逸らした。
「いえ、いいんです……じゃあ少しだけですよ?あと写真なんかも控えて下さいね」
「えぇ、もちろんですわ。ということですので二人とも気をつけるんですのよ」
私たちの方へと向きを変える。
「あぁ、そちらの二人が見学させたいという……?」
飯田さんに声をかけられる。
「はじめまして、才川優と申します。本日はよろしくお願いします」
「あっ、あの、旭川咲です。よろしくお願いしますっ」
飯田さんにチラッとつま先から頭の天辺までを流し見される。それは一瞬のことだったのに全てを見透かされるような気がした。
(西園寺先輩に似てる……のかな?)
目つきというか立ち振る舞いというか周りの空気がとてもよく似ている気がする。
「飯田息吹です。旭川さんはあれですよね。去年コンクールで面白いデザインしてましたよね。あれの審査員もやってたんですよ」
当然知っている。特別審査員として参加していてコメント付きで受賞したときは咲ちゃんがかなり喜んでいたのを覚えている。
「あ、ありがとうございます!」
嬉しそうな顔でお礼を告げ頭を深々と下げる。
「それに……才川さんもデザインもパターンもやられるらしいですね。西園寺さんにいくつか作品見せてもらいましたが、パタンナーだけじゃなくてデザインの方もぜひ見てみたいですね」
「えっーと……」
西園寺先輩の方を見ると頷きを返してきたので、
「そうですね、はい。ぜひ、感想を頂けると私も嬉しいです」
自分のデザインにいい評価を貰えると思ってはいないけど、飯田さんに評価される機会なんてとてもいい経験になれると思う。まぁ、全然デザインはかけてないのが現実なんだけど。
「じゃあ、ぜひ好きな時に会社に来てくださって構いませんわ」
西園寺先輩が後ろから飯田さんに軽く言う。
「あ、いいんです?じゃあ、来週……いや、再来週……来月の半ばくらいには行きたいと思います」
予定が次から次へと埋まってるらしい。少し不安そうな声と共に
西園寺先輩の方へと向きなおす。
「多忙はお互い様ですわね。私が立ち会えるかはわかりませんが好きに見ていくといいですわ、うちの河内を迎えに行かせますわ」
「……えっ、私も仕事あるんですけど」
「これも仕事ですわ。あきらめなさい河内」
いつものことなのだろう。狼狽していたようだがすぐに平静を取り戻した。
「って、私もまだ見て回らないといけないところがたくさんあるので失礼しますね」
「えぇ、引き留めて悪かったですわね。私も色々見て回らせてもらいますわね」
「はい。ですが、あまり色々触ったりだけはホントにしないで貰わないと……私が怒られちゃうので……」
「わかってますわ。子供じゃないですし、そのあたりは弁えてますわ」
そういった瞬間後ろで河内先輩が目を細めて疑惑の視線を送る。
「……うちの社長が大変迷惑をおかけします」
「……いえ……お互い大変ですね」
目の前で固い握手を交わしていた。
「ではホントにこれで失礼しますね」
と言って別の方向へと飯田さんは向かってしまった。
ここで私は少し思ったことを西園寺先輩に尋ねてみる。
「飯田さんと親しげに喋ってましたけど、飯田さんと知り合いだったんですか?」
「そうですわね。簡単に言うなら私の従妹ですわ。実際は分家だったりするのですけど、まぁ細かいことはどうでもいいですわね」
「それはまた……凄い家系ですね」
従妹にトップデザイナーがいて本人は世界トップクラスの大企業の社長で……
「んー、まぁ。家系がどうこう言われるのは私はあまり好きではありませんが、確かに飯田は素晴らしい才能を持っていると思いますわね」
どうやら家系で一括りにされるのが好きじゃないようだ。少し不満そうな顔を一瞬だけちらつかせてから飯田さんのことを素直に褒める。
「旭川さんに才川さんはこれだけでもいい刺激になったのでなくて?」
「は、はい。凄く刺激になりました。私、ずっと飯田さんのファンだったので凄く嬉しいです」
そのことは西園寺先輩も把握していなかった事実らしく驚いた顔をしていた。
「あら、そうでしたの。では今度食事の機会でも設ければよかったですわね」
「い、いや、緊張してしまいます!」
想像しただけで咲ちゃんの身体がガチガチに固まってしまっている。
「……才川さんにはあまり響かなかったみたいですわね。まぁ、これは本題ではないですし問題はありませんわね」
「そんなことないですよ。飯田さんのデザイン私も好きでよく買いますし」
「うーん、そういう事じゃないのですけど……まぁ、ステージを見てから少し話をしましょうか。ステージが始まったら裏方は流石に見れませんし今のうちにしっかり見て置きますわよ」
そう言って西園寺先輩は私達の少し前を歩いて行った。
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