第11話

「……いいですわね。想像以上ですわ」


 一着目が出来てから3ヶ月ずっと忙しくて来ていなかった西園寺先輩に出来上がったデザインを見せる。

 じっくりと観察をするように服をみる。

 モデルとなっているのは河内先輩だ。服を着てゆっくりと動き回る。


「動きやすいですね。デザインも可愛いですし、素人目ですけど凄くいいと思いますよ」


 河内先輩も褒めてくれる。着心地もこだわって作ったので褒められるとやはりうれしい。


「……ふむ、後は数がもう少し欲しいですわね」


 それは私達も思っていた。パターンも私達でやる関係上どうしても時間がかかってしまう。


「そこまで時間に余裕があるわけじゃありませんが水増ししたようなデザインでは意味がありませんわ。この調子でよろしくお願いいたしますわ」

「わかりました」


 そう返事をすると、西園寺先輩が咲ちゃんの方を見る。


「……ん、以前より旭川さんもだいぶ良くなっていますわね……ところで私の言ったことは理解出来たのかしら?」

「あ……いえ、わたしには……」


 西園寺先輩に訊ねられ首を横に振る。少し残念そうな顔をしたとおもったら


「そうですか。才川さんは……やっぱりあなたのデザインしたものが少ないですわね……パターンもしている以上仕方ありませんが本職はデザイナーであることを忘れてはいけませんわよ」


 釘を刺される。私も一応咲ちゃんのついでとは言え西園寺先輩にデザイナーとして雇って貰ったのだ。もっとデザインしなくちゃいけない。じゃなきゃ、今やってるパターンだって本職パタンナーに交代させられるかもしれない。


「……ホントは"その勘違い"も訂正しておきたいのですが、如何せん時間が足りませんわね」

「……?どういう」


 思わず首を傾げる。


「いや……気にしなくていいですわ。また時間を作ってからお話しますわ……そうですわね……」

 鞄から取り出した手帳をペラペラと捲る。

「あぁ、この日ですわ。この日は作業は一旦中断して少し出掛けましょうか。その時にゆっくりとお話しましょう」


 手帳に記された赤い丸を見せる。約二週間後ほど先で普段ならいつもどうりデザインを描いていることだろう。


「わかりました」


 素直にうなずき、自分の手帳の方にも日付に丸を付けておく。


「そうですわね、旭川さんも来てください。いい勉強になると思いますわよ」

「勉強?……ですか?」


 咲ちゃんが首を傾げて聞き返す。

「そうですわ」そう言って鞄を持ち「河内は着替えたらゆっくり追いかけてきなさい。私は先に次の職場へ向かいますわ」


「あ、了解しました。社長」

「約束の日はきっといい経験になると思いますし、楽しみにしてるといいですわ。それではお二人ともお疲れ様ですわ」


 私達の頭に疑問符を残したまま西園寺先輩はオフィスから颯爽と立ち去ってしまった。


「……本当に全然説明しない人ですね。そうですね……」


 河内先輩が頭を押さえて少し考える素振りを見せる。


「社長もゆっくり追いかけろと言っていましたし、少し説明してから行きましょうか」


 衣装を少しずつ脱ぎながら手元のタブレットを操作していく。片手でも見事なほどにスムーズに何かを入力していく。


「これですね」そう言って見せてきたのはこの業界で知らない人がいないほど大きなファッションショーだった。

「これに社長が招待されたんですよ」


 淡々と説明をしているが、一流のモデルやデザイナー、カメラマンなどとんでもない大物たちが集まるファッションショーで世界中から著名人が集められる。招待されるなんて宝くじを買って一等を当てるくらいすごいことだ


「そ、それは凄いですね……それと私達に何の関係が……?」

「それの見学をするんですよ。裏側も含めて」

「……えっ?…………」


 見学?いやいや流石に場違いが過ぎる。優ちゃんと作った作品が賞を少し取ったことがあるだけの素人に毛が生えたような私が行っていい場所じゃない。横で咲ちゃんも固まってしまっている。


「いや、あの……流石にそれは……」

「まぁ、仕事だと思って行けばいいと思いますよ。私には凄さはよくわかりませんけど憧れるデザイナーも多いらしいですし、見ておいて損はないんじゃないですか?」


 そう言い終わるころにはいつものスーツ姿の河内先輩になっていた。タブレットを回収して鞄へと納めた。


「今から緊張しても仕方ないと思いますよ。まぁ、当日までには心の準備をしておいてくださいね」

「……」


 流石に無茶が過ぎる。草野球選手がプロ野球選手に交じってプレイするくらいに変な話だ。今もうすでに少し胃が痛い。


「それでは、私も先に失礼しますね。お疲れ様です」

「えっ、ちょっと」


 私の掛ける声も虚しく河内先輩は西園寺先輩を追いかけるようにオフィスから出て行ってしまった。


「ど、どうしよ。咲ちゃん」

「わ、わかんないよ!」


 断った方がいいかもしれない……いや、でももう一生参加できる機会なんてないかもしれない。というよりないに違いない。


「「どうしよ……」」


 声をハモらせてからお互いが一度落ち着いて目を合わせる。目を逸らしては目を合わせては数度繰り返しとても長い沈黙が場を支配する。


「……咲ちゃん、正直行きたくない?」


 その沈黙を破るように最初に私が声を掛ける。


「……うん……すっごく行きたい」

「……」


 そりゃあ、そうだ。私みたいなデザイナーの端くれですら行きたいと思うような大きなファッションショー、咲ちゃんが行きたくないはずがない。

 私も心の中で「だよねー」と大きな声で同調しながらも、場違いな自分を想像して足が竦む自分もいる。

 少し目線を上へと逸らして一つ大きくため息をつく。


「……行こっか」

「……うん」


 私も腹を括った。私はこのデザイナーの道に入った時から。いや、咲ちゃんと出会った時から決めていたはずだ、「咲ちゃんのことを助ける」って。それが、断って丸く収めていたら咲ちゃんの為にもひいては私のためにも良くない。この見学は確かに大きなスキルアップにつながると思う。専門学校の時に凄く小さなファッションショーを見たことはあったけど今度のは規模がまるで違う。


「…………」

「…………」


 二人して何も喋らないまま自分の作業へと戻って行った。何か他のことで一瞬でも早く気を紛らわせたかったのだろう。いつもより重いペンに振り回されるようにデザインを作り上げていく。そう簡単には消えてくれないプレッシャーに押しつぶされそうになりながら。


 ―――


 気が付いていたら21時を回り終業時間なんてとっくに過ぎてしまっていた。


「さ、咲ちゃん!もうこんな時間だよ!」


 慌てて咲ちゃんにも声を掛ける。


「えっ、ほ、ホントだ」

「どうしよ咲ちゃん何も夕ご飯準備できてないよ」


 流石に今から準備していては食べるのが23時を回ってしまう


「んー、何か適当に食べてから帰ろっか」

「ごめん咲ちゃん、そうしてくれるとすごく助かる」


 両手を合わせて深く頭を下げる。


「別にいいよー。毎日準備してくれてるんだからたまにはこういう日があっても全然いいよ」


 全然気にしてないことをアピールするようにそう言ってくれて凄く助かる。


「じゃあ、いつもの居酒屋でもいい?」


 いつも咲ちゃんと二人で飲む居酒屋なら軽い食事もできるし何より少し今日は飲みたい。

 お酒を飲んで私の何かが変わるわけじゃないのはわかっている。

 それでも私にはお酒で誤魔化したいことが今日は多かった。

 前進することが出来なくても足踏みして進んでる錯覚くらい私に許して欲しい。


「そうだね。じゃあ、行こっか」


 荷物をまとめて手早くオフィスを出る。早く出ないとビル自体が閉まってしまって大変なことになる。

 オフィスを消灯して、居酒屋へとまっすぐ向かった。


 私達は今日あったことにお互い触れず、酒に泥酔するわけでもなく楽しい夜を過ごした。互いに心の内を隠しながら。

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