第10話

「……うん。凄くいいよ」


 お昼を取ってから優ちゃんの作品を見ると私の想像してたより数倍いいものが出来上がっていた。

 その上でデザインで私の表現したいことを分かってくれている。腕周りの動かしやすさも格段に改善されている。


「シルエットが凄く可愛いし……生地の肌触りもいい」


 わたしが作ったパターンとは比べるまでもなく出来がいい。それにこんな良い生地なんて知らなかった。


「この生地どこで見つけたの?」と聞くと「生地の資料をまた一から探してたら、知り合いの生地にこれがあって少し回して貰ったんだ」と優ちゃんは答えた。

 優ちゃんは昔から顔が広くてわたしの知らない交友関係もたくさん持ってるに違いない。わたしは人見知りする部分もあってお世辞にも顔が広いとは言えない。今思い返すと小さな頃からわたしは優ちゃんの後ろを付いて回っていた気がする。わたしの友達のほとんどは、まず優ちゃんが最初に友達になった子でわたしだけが特別仲の良い友達って言うのははいないと思う。


「……うん、直すとこはないね」


 一度パターンを見直す。パターンは基本的にそのデザインを作った人とパタンナーが二人一組で作り上げるのが普通だけど、優ちゃんは一人で完成させてしまった。わたしが何かを言って変えてもそれは蛇足にしかならないとすら思う。わたしの手伝いなんか必要なかったのだ。


「ほんと?良かった。じゃあ、これで私達の一作目が完成だね」


 笑いかける優ちゃんにわたしも笑顔で返す。

 わたしのデザインがこうやって形になって優ちゃんと二人で服を作ったのなんて専門学校以来――あの時はデザイン画を二人でやってパターンは別の友達につくって貰っていたけど――だった。

 ただ……少し優ちゃんに悪いことしてしまったとは思う。わたしがパタンナーをやるっていって最終的に優ちゃんがやっている。私の我儘だったはずなのになにも文句も言わずに全力でこんなにいいものを仕上げてくれた。


「……ありがと、次の作品もわたしがんばるからね」


 優ちゃんに聞こえないくらい小さな声で呟く。優ちゃんがこうやって支えてくれてるからわたしは脇目も振らずにデザインを考えていられる。

 わたしも優ちゃんに頼ってばかりじゃダメだから、親友としてわたしも優ちゃんを支えてあげなきゃ。


「優ちゃんの方のパターンはどうするの?この前いい感じのデザイン描いてたと思うんだけど」

「あぁ……うーん、どうしようかな。デザインは優ちゃんが上げてくれるなら私はパターンに集中しようかな?」

「……わたしで良かったら手伝うよ?」


 自分のデザインすらうまくパターンに出来ないわたしだけどわたしは優ちゃんのデザインも好きで優ちゃんがデザインをしたものも展示会には置いて欲しい。


「ほんと?じゃあデザインもがんばるね」


 少し嬉しそうにしている優ちゃんをみるといつも思うことがある。優ちゃんはわたしのことをいつも天才だと言ってくれるけど、わたしは優ちゃんこそ天才だと思う。優ちゃんはデザインも出来るし、パターンも出来る。私生活で言うなら料理に掃除も出来る。わたしにはデザインしか出来ない。それも一部の人にしか刺さらないせいで万人受けとは程遠い。すこしそう思うと優ちゃんが羨ましくなってくる。


「……よしじゃあ次の作品に向けて頑張ろっか」


 親友を羨んでいても仕方がない。今の私に出来ることをやらなくちゃ。


 ―――


 終業を知らせる合図のチャイムに集中を途切れさせられる。


「んー咲ちゃん今日のところは切り上げて帰ろっか」


 優ちゃんの方から声をかけられる。よく見るとデザインを着々と進めているのが見える。


「……そうだね」


 本音を言うならもう少しデザインを描いていたい。優ちゃんと一緒の生活をしている以上ここでわたしだけが残業をするわけにはいかない。それなら優ちゃんの家でした方がいい。きっと西園寺先輩はわたしがそう考えることも見越してわたしに同居を勧めたのだろう。


「貴方に必要なのは努力ではなく“気付き”ですわ」


 西園寺先輩がわたしに言った一言だった。それはわたしにとって今までの努力を否定された気分だった。今思い返しても西園寺先輩の言った意味は分からない。それでも優ちゃんとの同居はわたしにとてもありがたい事なのは間違いない。ただ優ちゃんはきっと迷惑してるとは思う。優ちゃんのやさしさに甘えてわたしはずるずると同居させてもらってる。はっきり言ってわたしは家事は一切できないし、優ちゃんが家事をしている間もわたしはデザインを描いている。一人暮らしをしていた時は、お弁当を買って食べてお風呂に入ってその後は寝るまでずっとデザインを描く生活をしていた。ほとんど家具のない部屋で机と椅子の周りに散らばった没デザインに囲まれて。


(もしかしたらそういうところからもわたしの何かが変わったのかな)


 ―――


「じゃーん、かき揚げ!」


 今日も優ちゃんの手料理はおいしそう。わたしには凄く手間暇かけた料理に思えるけど優ちゃんはいつだって「そんなに手間かかってないよ」と言って笑う。もちろん手際の良さもあるのかもしれない。一つの料理を作りながら他の料理を作るなんて芸当私には出来ない。

 毎日おいしいご飯を食べさせてもらえてわたしは一体優ちゃんに何をしてあげれるんだろう。

 優ちゃんがして欲しい事なんてわたしにはわからない。少しでも家事を手伝おうとしたこともあったけど、余計に優ちゃんのテンポを乱してしまい。いない方が良かったまでおもったことがある。優ちゃんはありがとうとは言ってくれていたけど、不揃いな野菜などどう考えてもわたしが切ったと丸わかりになっていた。


(最近優ちゃんって何が好きなんだろう?)


 優ちゃんとずっと一緒に居るけど、あんまり趣味とか聞いたことがない。料理もどうせやるなら美味しい方がいいから練習しただけとは言ってたし、もともとデザインだってわたしがやりたいって言ったことに合わせてくれてた気がする。そう思うと優ちゃんってわたしにいろんなことを合わせてくれきた。どうしてそんなにわたしに合わせてくれるのかわからないけど、親友としてとてもありがたいし、うれしく思う。だからこそわたしもなにか優ちゃんに恩返しというと大げさだけど、お返しをしたい。

 そう思って優ちゃんのかき揚げを食べながら顔を見ていたら


「どうかした?口に合わなかった?」

「う、ううん。今日もとってもおいしいよ」


 そう返すとにっこり笑って、「そう?よかった」と言って食事に戻る。


(あ……今朝の味噌汁と少し味付けが違う……)


 新しい味噌でも買ったのかな?やっぱりわたしは味付けが濃い方がやっぱり好き。朝の味噌汁もおいしかったけどやっぱりこのくらい濃い方がわたしには合ってる。

 味噌汁に口をつけていると優ちゃんと目が合った。


「優ちゃんデザインの方はどんな感じ?」

 目が合って何となく今日の出来を聞いてみる。

「うーん、どうだろ。やっぱり咲ちゃんの横に並べる作品ってあんまり納得いかなくって……」


 そんなに肩ひじ張らなくてもいいのに、とは一瞬思ってしまったけど、わたしもそんなに肩の力を抜いてデザインを毎回かけてるとは言い難い。

 確かに誰かと比べてではなくわたしは自分の作品に納得がいかないだけだけど、それでも作品を発表するのには勇気がいる。それはどれだけ私自身が成長してもそうなのかもしれない。


「……展示会には一作くらいは一緒にデザインして一緒にパターンした作品を出したいね」

「あ、出したい!出したい!」


 学生の頃にやったような作品作り。学生気分と言われればそれまでかもしれないけど、もう一度あんな作品を作りたいなとはずっと思っていた。


「取り合えず、作品を数点お互い作ってから余裕があったら一緒に作ろうか」


 優ちゃんとデザインするのはやっぱり楽しいんだから。

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