第7話

「そうですわね……まぁまぁですわね」


 あれだけ熱心にスカウトしてきた西園寺先輩の評価は意外にも厳しかった。

 今日は西園寺先輩一人で、河内先輩は別件でどこかに行っているらしい。

 数着デザイン画を起こして試作を作ってみたのを仕事の合間を縫って西園寺先輩に見てもらっている。


「まぁまぁ、ですか……」


 咲ちゃんも確かな手ごたえを感じていた作品なだけに疑問に思う。


「確かに、デザイン性は悪くはありませんが、着心地の悪さは頂けませんわね。腕周りの動かしにくさが気になりますし。新ブランドの顔となる第一作目がこれでは少々物足りなさを感じますわね」


 パタンナーがいないことがやはりというべきか、足を引っ張っている。


「パタンナーはやっぱり他の人に頼った方が……」

「もう一度チャンスを下さい。腕周りの改良には目途が立ってるんです。次こそは着心地とデザインを両立させた作品を作りますから!」


 咲ちゃんが深々と頭を下げる。すると、西園寺先輩は口元に手を当て少し考えたような素振りをみせ


「そうですわね……才川さん、貴方そのパタンナーというの出来ないのかしら?」

「わ、私ですか?」


 西園寺先輩に指名されるとは思っていなかったせいで素っ頓狂な声が出てしまった。


「出来ませんの?」

「……はい、私は咲ちゃんの手伝いをしていたのでやはり同じようなものが出来上がると思います」


 実際私と咲ちゃん二人掛かりで作業したようなものなのだ。私がパタンナーをやってみることに意味は無いように思える。


「手伝いですわよね?なら、貴方が主導で作業を進めなさい」

「えっ、でも」

「そうですわね……パタンナーの仕事は一人で進めなさい。一旦、自分だけで終えてから旭川さんにアドバイスを貰いなさい。いいかしら?」

「は、はい」


 有無を言わさぬ雰囲気を醸し出されると断ることができない。


「……あと、旭川さんは仕事少しは休みなさい。はっきり言ってどんどん悪くなっていますわ」

「……大丈夫です」


 口では否定しているが、目を伏せて俯いている。


「……こっちを見なさい」

「……」


 ゆっくりと顔を上げて西園寺先輩の方をみる。二人の目と目が合った後、西園寺先輩が一つの大きなため息をついた。


「はぁ、何もわかってませんわ。これじゃ何の意味もありませんわ……才川さん、旭川さんを数日泊めて下さる?」

「ど、どうしてですか?」


 私的には願ってもいない申し出だが、意図が読めない。


「見張っといていただけるともう少しマシにはなると思うからですわ」

「だ、大丈夫です!」

「これは業務命令ですわ。努力することはいい事ですが、無理することとは違いますわ」

「無理なんて……してません……」


 語気が先ほどまでより弱くなったのを見るにやはり無理してる部分があるのが否めないのだろう。


「咲ちゃん……ホントに無理してない?私に出来ることがあるなら手伝うよ?」


 咲ちゃんが何を気にしているのか。正直私にはわからない。咲ちゃんは少し意地っ張りなところがあって私がこんな言葉を掛けたところで納得して引き下がってくれるような子でもないのは知っている。そんな意地っ張りなところも私は好きだ。いつもは周りを見て空気を読むのに、ここぞという部分は自分を通そうとする。それこそが咲ちゃんの天才たる所以で私が凡人たる所以なのかもしれない。


「私は「旭川さん?」……わかりました。優ちゃん、いい?」


 西園寺先輩に圧力をかけられ、渋々頷く。確かに私は咲ちゃんのやりたいと思ってることを否定することがなくて無理しててもやらせてあげたいと思ってしまう節がある。咲ちゃんの為を思うなら止めた方がいいかもしれないけど、私は咲ちゃんの手伝いをした方が合ってるのだ。


「も、もちろんいいよ!咲ちゃんだったら、いつだって大歓迎なんだから!」


 自分の家に咲ちゃんが泊まりにくる喜びで少し挙動不審になって、「ふふっ」って可愛く咲ちゃんに笑われてしまって恥ずかしい。


「じゃあ……よろしくね?」


 首を傾げてお願いする姿に思わず、また恋に落ちそうになる。


「では、まとまったようですし、私はここらで失礼いたしますわ」

 西園寺先輩は鞄に荷物をまとめて席を立った。


「あ、ありがとうございました」


 私もすぐに真似をするように席を立って頭を下げる。


「また次のパターンが出来たころに顔を出しますわ。ではお先失礼しますわ」

「「お疲れさまでした」」


 もう一度深々と頭を下げて西園寺先輩を見送る。


「……」


 エレベーターの扉が閉まるのを見計らって、咲ちゃんの方を横目でみると、咲ちゃんもこちらを横目で見ていて目が合った。


「咲ちゃんホントに良かったの?迷惑じゃない?」

「もう、ほんとに大丈夫だって、今日、一旦帰ってから準備してからくるよね。レンタカー出そうか?」

「うーん、そんなに荷物無くても大丈夫だと思うし……うん、大丈夫。電車で行くよ」

「そう?」


 数日分の荷物をまとめて運ぶとなるとそこそこの荷物になると思うけど。


「じゃあ、とりあえず晩御飯の準備して待ってるね」


 もしあれなら買い物のついでに迎えに行ってもいいかもしれないし、今日はレンタカーを使って買い物に行くことにしよう。


「じゃあ、わたしは次のデザイン作り始めるね!」

「そうだね。私もパターン作り始めなきゃ」


 自分一人でパターンを作るのは初めてのことで早めに取りかかって少しでも多くの試作を作りたい。

 イメージを作るデザインと違ってイメージを形にするパターンでは色々違うところも多い。


(……でも、出来る限りを尽くさなきゃね。咲ちゃんのデザインを生かすためにも)


 この日初めて試作パターンを一人で作ったにしては我ながらよく出来たと思った。


 ―――


「うん。いい感じ」


 もうそろそろ咲ちゃんが出かける準備を終えたころだろうか?

 パスタのソースと具材を作って後は茹でて一緒に混ぜるだけまで夕食の準備を済ませた。

 サラダは冷蔵庫に入れてあるし。飲み物もお茶やオレンジジュース、軽いお酒なんかも買っておいた。


「もうそろそろ迎えに行ってみようかな?」


 携帯のアプリにで咲ちゃんに連絡を取ると後30分後くらいに家を出るそうだ。


「あ、スタンプ可愛い」


 咲ちゃんが送って来た焦ってるスタンプを即購入しておく。上着をきて玄関で運転しやすい履きなれた靴を履く。


「やっぱり一日で車借りててよかった」


『今から車で向かう』と連絡をとると『ありがとー』と可愛い一つスタンプを送って来た。また一つ私のスタンプが増えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る