第5話
「なんで退職が許されると思ったの?」
咲ちゃんと二人で上司の元に退職届の封筒を渡して返ってきた第一声はこれだった。
「今すぐではなくちゃんと引き継ぎを済ませてから辞めますが……?」
「はぁ、そういう事じゃないの。責任感とかないの?」
「責任は果たしてると思いますけど……」
「あなたねぇ……まぁいいわ。でも、100譲っても旭川さんの退職は認められないわ」
面倒そうに頭を押さえて咲ちゃんの分の封筒を突き返してくる。
「旭川さんには上も期待しているし、辞められてしまってはこのチームの評価にも関わるわ」
「そんな……」
遠回しに私には期待していないって言ってない?
「それは会社の都合……というよりチーフの都合ですよね?」
「……」
視線が交錯し続ける。ピリピリとした雰囲気を感じ取ってか、周りも静寂を保ってこっちの様子を伺っている。
「まさか辞めることすらさせないなんて害悪を通り越して虚無ですわね」
「西園寺先輩!?」
静寂を破るように後ろから声をかけられる。
「……西園寺ッ……ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ」
「あら、関係者ですわよ?この子達は未来のうちの社員ですわ」
そう言いながら私と咲ちゃんの肩にそっと手を置く。
「それにわたくしちゃんとアポイントを取りましてよ。直接社長さんに」
「……」
ぎりりと歯を食いしばるような悔しい表情を浮かべて
「わたし、やっぱりあなたのことが嫌い」
「そうですか。私意外と人に嫌われることが多いみたいですわ」
チーフと西園寺先輩にただならぬ雰囲気を感じる。まさに犬猿の仲とでもいうのだろうか。
「えっ……と、二人は知り合いなんですか?」そう、恐る恐る聞いてみると、
「よく覚えてませんが、確か一緒の大学に居た気もしますわ」
「……一緒の大学だったのよ」
どうやら二人とも同じ大学の同期だったらしい。西園寺先輩って確か相当いい大学行ってたはずだし、チーフも同じ大学だなんて知らなかった。
「大学も私すぐ辞めましたし、あまり記憶にありませんわ」
「いつもあなたってそうだったわよね。皆が欲しいもの全部持ってるのにたやすく全部捨てる。バカにしてるわ」
「私は“皆”じゃありませんもの、それに貴方だって私のこと見たことないじゃありませんの。今だって目どころが顔すらも見ようとしないじゃありませんの」
腕を組んでチーフの方を見る西園寺先輩に対してチーフは一切西園寺先輩の方を見ようとしない。
「……もういいわ。わたしも疲れたし、もう今日上がるわ。二人も適当に引継ぎしといて。これはちゃんと受理してあげるから。別に引継ぎが終わり次第来なくてもいいわよ」
立ち上がって私達の方を向いて、椅子に掛けた上着を着て鞄を持って部屋を出て行ってしまった。
「……ふぅ、では、私も社長さんに話をしに行きましょうかしら。それでは案内してくださる?」
西園寺先輩も他の社員に連れられて社長室へと向かって行った。
「ど、どういう関係だったのかな?」
「わからないけど……」
少なくとも二人とも互いにいい思い出は無い様子だったけど、とりあえずチーフも渋々かもしれないけど退職を許してくれたみたいだったし、結果良かったのかな?
(……西園寺先輩は前回からは想像もできないほど悲しそうな顔してたけど……)
「まぁ、仕事の引継ぎしようか咲ちゃん」
「……そうだね……うん」
自分のことで周りが揉めるのを好まない咲ちゃんは少し悲しそうな顔をして自分の席へ戻って行った。
―――
「終わったぁー」
「お疲れ様」
数日で自分の引継ぎ作業を済ませた後、私より引継ぎ作業の多い咲ちゃんの引継ぎ作業を手伝いやっと今日それを終えて咲ちゃんの疲れた声が出る。
時計を見るともう11時を回っている。終電もそろそろ近づいているので出ないといけない。
「一年だけだったけど、なんだか感慨深いね。この席ともお別れするのもちょっと寂しいね」
咲ちゃんが机に伏せながら話す。
私にとっても自分の席から咲ちゃんが見える自分の席は案外気に入っていた。少し離れてはいたけど遠くからでも一生懸命デザインに向き合ってる咲ちゃんの姿をあそこから見れなくなると思うと少し私も寂しい。
「……お疲れさま」
その声と共に一つの袋が差し出された。袋の差出人が誰かと思い、差し出された腕の方を見ると意外にもチーフがそこには立っていた。
「引継ぎ終わったみたいね。中にコーヒーが入ってるからこれ飲んで帰りなさい」
「あ……あ、ありがとうございます」
「……悪かったわね。退職届の受理を渋って。西園寺に貴方達を取られるのが嫌だったのよ」
少し目を逸らしてそう言葉を続けるチーフに咲ちゃんが反応した。
「そんな、わたしこそ急にやめるなんて言って……」
「いや、貴方は悪くないわよ。まぁ、凡人の私には貴方の気持ちもわからないけど」
少し皮肉ったような笑みを浮かべて咲ちゃんに笑う。
「西園寺先輩との間に何があったか聞いてもいいですか?」
「そうね……何もなかったかしらね……?まぁ、アレにでも聞いた方が面白い話聞かせてもらえるんじゃない?」
「アレって……」
少し私も咲ちゃんも苦笑いしてしまう。本当に相性が悪い二人なのかもしれない。そこまで西園寺先輩の方は嫌っている様子はなかったけど。
「……いや、まぁ貴方達はアレの元で働いた方がいいかもしれないわね。またアレに会ったら言っといてちょうだい。『二度と会いたくないわ』ってね」
何度もアレと言って半分嫌悪感と半分冗談のような微妙な表情で笑っている。
「戸締りは私がやっておくから早く帰りなさい。電車無くなるわよ」
「……本当に一年間ありがとうございました」
「ありがとうございました……」
会社の玄関までチーフが見送りに出てきてくれたのに対して、頭を下げる咲ちゃんに続き私も軽く頭を下げてお礼を言う。私はそんなにチーフのことが好きではなかったが、社会人一年目の右も左もわからないような新人の私達に色々と教えてくれたのは確かで……
そう思うともう少し頭が下がった。
「また何かの縁があったらいいわね。その時は貴方達が対応してくれると嬉しいわ」
そういって見送った後チーフは会社へと戻って行った。
外に出た時、春先とはいえ少し寒かったのでコーヒーを飲みながら帰ろうと思い、袋の中身を取り出すと普段私達が良く飲んでいたブラックコーヒーとミルクコーヒーが一本ずつ入っていた。
(意外と私達のこと見てたんだな……)
私は一つ遠いコンビニにしか売ってないブラックコーヒーを飲んで帰った。
―――
「ねぇ花。少し昔話をしてもいいかしら?」
「何かありましたか?百合子さん?」
一枚の布切れの隔たり無くベットで向かいあった私達のピロートークが始まる。
「昔から私って天才でしたの」
「あー、もう聞かなくてもいいですか?」
「真面目な話よ。聞きなさい。やればなんでも出来ますし、誰よりもうまく出来ましたの」
「……知ってますよ」
「だけど、周りは違うみたいですわね。だって私のことを見てる人なんて殆どいないんですもの」
「……」
「私が何をしようと何も変わらないんですもの。あまりにも才能に差があるとこちらを見さえしませんわ。私を異質に思ったのか知りませんが、2位の方を『実質的1位』なんて呼んでるのは流石に笑ってしまいましたわ」
「……知っていますよ。勉強では私が『実質的1位』さんでしたから。それでどうしたんですか?」
「日本のトップレベルの大学に行きましたわ」
「知ってますよ」
「これは前に話しましたわね。でも、私を見る目は何も変わりませんでしたわ。いえ、見ない目とでもいうんでしょうか」
「……」
「やはり、私っていくら周りが優れていてもても私より優れた人なんて居ないみたいですわね」
「でも……」
「誤解してもらっては困りますけど。もちろん私のことをちゃんと見てる人はいましたわ。年に一人くらいはお会いしますわ。」
「……」
「最近はずっと花に任せていましたけど。久しぶりに大学の人と会って、見ない人と会って。色々と思い出してしまって流石の私も疲れましたわ」
「……私は見てますよ。百合子さんのこと。この目で」
「ふふっ、知っていますわ」
優しい口づけを一つする。
「私見られることは好きですもの。花の視線はしっかり感じていますし、私もちゃんと花を見ていますわ」
「……私はあまり見られるのは好きじゃないです」
「私が花を見るのが好きなのですわ。我慢なさい」
「……まぁ、いいですけど」
「ふふっ、大好きですわ。花」
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