第4話

「……あ、れ?」


 ここは何処だろう?どこかで見たような気がするけど頭が少しずきずきとする。


「昨日は……思い出した」


 優ちゃんと先輩達と食事に行ったんだ。それでワインを昨日先輩達と別れたところまで覚えてるけど……あっ、ここ優ちゃんのおうちだ。


「……すんすん」


 優ちゃんの匂いもするし優ちゃんのパジャマだ。ちょっと私には大きいけど服が皴にならないように貸してくれたんだろう。

 キョロキョロと周りを見渡すと私の服がハンガーにかけてあるのを発見する。


「……いい匂い」


 匂いにつられて寝室を出ると、そこにはエプロンを付けてキッチンで食事を作っている優ちゃんがいた。


「おはよう、優ちゃん」

「あっ、おはよう。咲ちゃん。はい、お水。頭痛くない?」


 透明なコップに入ったお水を注いで渡してくれる。


「ありがとー、そんなに痛くないよー」


 少し痛いけどそこまで大したことじゃない。お酒凄く美味しくて思わず飲んでしまった。酔いつぶれるなんて学生の頃以来だ。


「とりあえず、二日酔いに効く物で作ってみたけど」


 シジミのお味噌汁にご飯に卵焼きにサラダにヨーグルト。お盆に載せて机へと運ばれてくる。


「わぁーありがとう」


 優ちゃんは料理を並べ終えた後、水差しにお水を注いで机へと置いた。


「じゃっ、食べよっか。いただきます」

「いただきまーす」


 二人して手を合わせて食事の挨拶をする。


「学生の時から朝はしっかりとってたもんね」

「あー、習慣になってて朝食べたいんだよね。優ちゃんは確か朝はコンビニでパン刈ってたよね?」

「そうだよー。あーこんな美味しい朝ごはんが毎日食べれるなら私、優ちゃんのとこの子になるー」


 いつも菓子パン一個買ってそのまま自分の席に座って食べながら家で描いたデザインをまとめるのが私の日課だけど、優ちゃんと毎朝朝食を食べてから仕事するのもいいかもしれない。流石に優ちゃんに迷惑だろうし冗談だけど。


「そういえば前はよく優ちゃんの家来てたけど久しぶりだねー」

「そ、そうだね!大体1年ぶりくらいかな?」


 水差しの水を中身の減った私のコップへと注いでくれる。


「もうそんなに経ってるんだ」

「あっという間だねー」


 社会人になってからの一年がすごく早く感じる。学生の頃はいくらデザインを描いてもまだ時間があって、次から次へと描けていたのに


「今日どうしようか、優ちゃん今日の予定は?」

「私は何もないよ」

「わたしもーじゃあ久しぶりに一緒に出掛けない?」


 同じ会社にいるのに休日に一緒に出掛けるなんてそれこそ学校卒業してから無かったんじゃないかな?もちろん会社の帰りに軽く寄ったりはあったけど。休みの日に二人で出かけるのは初めてだと思う。


「それじゃあどこ行く?いつもの百貨店にでも行く?」


 わたしと優ちゃんの定番のお出かけコースは百貨店で色んな雑貨を見て回ることだったりする。


「そうだね。久しぶりに優ちゃんと回るのもよさそう。あっ、でも服どうしよう」

「あー……」


 優ちゃんの顔色が曇る。優ちゃんの家だから、私の服がない。流石に昨日来ていたドレスを百貨店に来ていくのは少し場違いに感じるし、優ちゃんのぶかぶかの服を着ていくわけにもいかない。


「じゃあ……咲ちゃんの家まで車で行こうか」


 思いついたかのように優ちゃんは顔を明るくして提案する。


「近くにレンタカーがあるんだよ。そこで車を借りて咲ちゃんの家に寄ってからそのまま車で行こう」

「優ちゃんそういえば免許持ってたんだっけ?」

「まぁ……車持ってないけど便利かなと思って取っといた」


 そういえば学生時代にわたしがコンクールの作品の提出してる時に自動車学校行ってた気がする。


「じゃあお願いしていい?優ちゃん」

「じゃ、とりあえず朝ごはん食べて着替え取りに行こっか」


 ―――


「……久しぶりでうまくできるか心配だけど」


 そう言いながらも車のエンジンをかけハンドルを回す姿にためらいは感じられず、手慣れた手つきで車を発進させ、スムーズにギアを操作している。


「ちょっとラジオ掛けるね」


 今流行りの曲がラジオから流れてくる。それを軽く口ずさみながら運転をこなす優ちゃんはカッコ良く見える。

 優ちゃんはわたしと違って背が高いから大人びて見える。実際大人っぽいなぁと思う瞬間は学生の頃からあったけど、最近は特に多い。


「……わたしも免許取りに行こうかなぁ」


 そんな風に思ってしまう。ちょっとでも大人っぽくなりたい気持ちはあるけど。


「何か車使う用事でもあるの?」


 優ちゃんは運転中なのでこっちに目を向けることはないけど返事はしっかりと返してくれる。


「……ないけど……」

「じゃあ電車でいいと思うよ。この辺で車使うより全然便利だし。何だったら言ってくれれば私が車出すし」


 車が運転したいわけではないので思わず言葉に詰まる。大人っぽくなりたいって思う事自体が何だか子供に思えてきちゃう。……それじゃあブラックコーヒーを飲めたら大人と思っていた小学生とあまり変わらない。


(実際わたしは砂糖三つ入れるんだけどね)

「……羨ましいなぁ」

「ん?ごめん咲ちゃん今の聞き取れなかった。なんて言ったの?」

「……ううん、別にこの曲ってなんの曲って聞いたの。よく掛かってるよね」


 砂糖一つ派の優ちゃんにはきっとわからない悩みだから。


 ―――


「じゃあ着替えてくるね。ちょっと待ってて」


 車のなかで優ちゃんには待ってて貰うことにした。だって流石にうちの中は今見せれる状態じゃないから。


「……」


 マンションの鍵を開けて中を見る。散らかり切った部屋。部屋の中が私の描いた失敗作で溢れてる。ゴミ箱にすら入りきらない丸めて捨てた設計図。

 自分のデザインを踏みつけるたびに心が軋む音がする。


「…………ふぅ」


 目を閉じて一度深い深呼吸をする。

 スランプなんかじゃない。優ちゃんはスランプと思ってるみたいだけどわたしのデザインは元々そのくらいでしかない。しいて言うならが作れるというくらいでしかない。

 デザインを描いても万人受けする作品がなかなか出来ない。。それじゃ駄目。


「……とりあえず服探さなきゃ」


 ドレスを床に投げ捨てて。新しい服を箪笥から取り出す。


「リフレッシュしなきゃ。せっかくの優ちゃんとのお出かけなんだから」


 黄色いワンピースを身に纏って少し鏡で髪を整える。お気に入りのワンピースだ。気分を変えたい時は好きな服に包まれるのが一番だよね。


「……隈見えないよね?」


 デザインをする考える時間が足りなくて、夜遅くまでデザインを考えることもある。

 玄関の鏡の前で目元をよく見る。今日は隈が出来てないからよかったけど出来ていたら化粧で隠さないといけない。優ちゃんが心配しちゃうから。

 少し心配性な親友の下に少し早足で向かう。車の運転席で目をつむりイヤホンを使って何かを聞いているみたいだ。


「おまたせー」

「大丈夫だよー」


 ドアを開けて車に乗り込むと優ちゃんはわたしがシートベルトを付けたのを確認すると再びエンジンを掛ける。


「じゃあ行こうか……そのワンピース似合ってるね」


 優ちゃんはわたしのこと本当によく見てくれてると思う。もう運転を始めてこっちを見てはいないけど一目見ただけなのにしっかり褒めてくれる。


「ありがとー。最近のお気に入りなの」

「凄く可愛くていいと思う。どこで見つけたの?」

「これはね~」


 百貨店までの道のりを優ちゃんとお喋りしながら過ごす、こういう何気ない日常が私は好きだったりする。


 ―――


「やっぱり他の人のデザインって刺激になるね」

「そうだねー」


 自分ならこうするだったり、他人のデザインを参考に新しいデザインを生み出す。わたし達が日常的に一人でやっていることだけど、やっぱり優ちゃんと一緒に喋りながらデザインを見て回るのは楽しいし何より一人で回るより参考になる考えが浮かんでくる。

 一通り見て回ったあと大手コーヒーチェーン店の新作ドリンクを買って席へと着く。


「今回の新作はイチゴソースのかかったクリームがトッピングされてて咲ちゃん好みな感じだね」


 一緒にドリンクを並べて写真を一枚とる。学生時代から続く習慣でわたし達の写真フォルダには数えきれないほどの思い出の写真が詰まっている。二人ともSNSをやっている訳でもなく誰に見せるでもない写真を撮っては二人で共有しあって取っておく。


「んー、甘ーい!」


 嫌なことすらも溶かしてくれそうなほど甘いドリンクが疲れを取ってくれる。


「久しぶりに食べると美味しいね。咲ちゃんはよく食べてたみたいだけど」


 わたしは一人でもよく買って飲んだりしているが、優ちゃんが一人で飲んでいるのは見たことがない。


「そういえば優ちゃんは一人では来ないね。なんで?」

「えっ、んーなんでって言われても……」


 少し考えるそぶりを見せてから一口ドリンクを飲んだ後、

「咲ちゃんと来るってイメージが強いからかな?」なんて言って笑った。


 わたしは毎日でも来たいくらいなのに優ちゃんにはそんなことは無いみたい。


「そうかなぁ」

「甘い飲み物はたまに飲むくらいが私にはあってるんだよ」


 長いストローでクリームと中のコーヒーをかき混ぜながらそう答えた優ちゃんがやさしい目をしてそう答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る