第3話

「「……」」


 私たち二人は西園寺先輩に連れられて高級レストランへと連れられた。一応ちゃんとした格好をしてきたつもりだが、なんだか私だけ浮いてたりしないかすごく心配だ。

 あまりにも心配だったから咲ちゃんの方をちらっと見ると咲ちゃんも緊張で顔を引きつらせていた。

 丁寧で清潔感のある一流のウェイターさんから手渡された飲み物の書かれたメニューには聞いたこともないワインの銘柄が並んでいた。何処にも値段が書かれていないのが余計に怖い。


「フフッ、そんなに緊張しなくてもいいですわ。支払いも今日は私が持ちますから好きにお飲みになって下さい」

「それで緊張を解こうとしてるなら一生一般人とコミュニケーションをとるのをやめた方がいいですね。急にワインと言われてもわからないですよね?飲みやすいものを持ってきてもらいましょうか。赤か白どっちがいいですか?」


 河内さんが助け船を出してくれる。今日の河内さんこの前に会った時はスーツ姿でしっかりしたイメージだったけど、今日は煌びやかなドレス姿を身に纏いとても綺麗で思わず見とれてしまう。もちろん、隣にいる西園寺先輩も派手なドレスでありながら上品さがにじみ出ており、そもそも身体のラインがくっきりと出るドレスを完璧に着こなし、まるでモデルだと錯覚してしまう。

 後、職業柄のせいか、全身のトータルコーディネートにかかっている額が大体わかってしまい頭がパンクしそうになる。


「わ、私は赤で!」

 思わず声が上ずってしまった。誤魔化す様に咲ちゃんへ目線を飛ばすと「私も赤で」と答えた。


「じゃあ、赤で飲みやすいのを2つ頼みますね。料理はコースなのですがアレルギーや、苦手なものはありますか?」


 河内さんがほんとに頼れる人なのが良くわかる。西園寺先輩の秘書が務まるだけはある。


「私は特にはないです。咲ちゃんはエビがアレルギーだったよね?」

「う、うん」


 河内さんの落ち着いた姿を見ていたらこっちもだんだんと落ち着いてきた。咲ちゃんはまだ緊張してるみたいだけど、私はいつもの調子に戻ることができた。

 それを聞いた河内さんが店員さんと視線を交わすと店員さんが近くへと寄ってくる。注文とアレルギーの話を通してくれているようだ。


「河内さんすごいですね」

「そうでしょう。そうでしょうこの私が選んだパートナーなのですから」


 河内さんを褒めたら河内さん以上に西園寺先輩がうれしそうだ。


「まぁ、因みにうちの河内もなのですけどね」


 にやりと笑って私達にそう告げる。


「えっ、河内さんも花空高校出身だったんですか?!ご、ごめんなさい。私そうとは知らず」


 一つ上の学年とはいえ同じ高校に通っていたことに対する驚きと知らなかったことの申し訳なさで頭を下げる。


「いやいや!別にいいですよ。私そんな目立つ方じゃなかったので。というかこの人が目立ちすぎてただけかもしれないですけど」


 西園寺先輩を指さして河内が笑う。


「それで本題ですがウチに来る決心がついたそうですね」

「っ……はい」


 急に西園寺先輩が話の核心をついてくる。

 私達を見定めるような鋭い目つきへ変わる。

 一挙一動を見逃さない視線に負けないよう、姿勢を正ししっかりと見返す。


「……よろしいですわ。旭川さんはどうですか?決心がつきましの?」


 咲ちゃんを見つめる西園寺先輩の視線は獲物を見つめる蛇を幻視する。


「私は……最近の作品に自信が持てない、です。でも……」

「解決法は分かっていますし、それはあなたも一緒でしょう?」


 二人の視線が交差するのを黙って私は見届ける。

 一瞬だけ咲ちゃんが私をみた気がする。


「……好きに作ってもいいですか?」

「もちろんですわ。そのための会社ですもの」


 そのための会社……?

 河内先輩の方に目をやると綺麗な所作で前菜を口にしていた。


「やります。やらさせてください」

「もちろんですわ。私は二人を歓迎しますわ」

「……話も纏まったようですし。皆さんも食べましょう、美味しいですよ」


 河内先輩は前菜を既に食べ終わっていた。


「ふふっ、そうですわね。私もそう思いますわ」

「そ、そうですね」


 え、えっーと、確かフォークとナイフは外側から……そんなふうにたどたどしいさまをみて優しく西園寺先輩が声を掛けてくれる。


「そんなに緊張しなくてよろしくてよ。テーブルマナーはこれから覚えていけばいいですわ」

「すいません……あまりこういう店に来ることなくて……お二人はいつ頃覚えたんですか?」

「幼稚園……でしたかしら?」

「私は去年覚えました」

「お二人とも凄いですね河内先輩も凄く慣れてらっしゃいますし」


 テーブルマナー完璧な幼稚園児西園寺先輩……安易に想像が出来る。


「そうですね、先生が厳しかったからですかね」

 そう言いながら西園寺先輩の方をみると、「あら、素晴らしい先生がいたようですわね」と言って笑って返していた。

 

 ……ホントに二人とも仲が良さそうだ。

 とりあえず、少し肩の力を抜いて一口食べる。


「あ、おいしい」

 何だろう、オリーブオイルでもかかってるのかな。あと塩が効いていて素人じゃまず出せないような高級な味がする。


「ふふっ、まだ前菜だけですのよ。ならメインも期待していいですわよ」

「はい、すごく楽しみです」


 ―――


 凄かった……初めてあんなお肉食べた……

 横で咲ちゃんも夢現状態になっている。


「今日もおいしかったですわね」

「そうですね。本当にここのお店はおいしいですからね」


 河内先輩もここのお店をすごく褒めている。それにワインもすごく飲みやすかった。ちょっといつもより飲んで少しほろ酔い気分だ。


「それじゃあ少し会計しますわね」


 店員さんを視線で呼び、チェックでとだけ言う。

 すぐさま伝票を持って駆けつける。


「御会計金額こちらになります」と丁寧に伝票をこちらには見えないように差し出す。


「あら、意外と安く済みましたわね」値段を見て西園寺先輩は言う。

「……本当にご馳走になっても大丈夫なんでしょうか?」


 割り勘をするのはこういう店では流石に見栄えが悪いのはよくわかるが、全額出してもらうというのも気が引ける。


「問題ありませんわ!というところですが、そうですね。では、これからの働きで返して下さる。というのでどうでしょうか?」


 冗談なのか本気なのかわからないような笑顔でそう言うとクレジットをウェイターに渡してサインをサラサラっと書き流す。


「あまり遅くまでお二人を拘束していては二人の仕事納めにも影響が出るでしょうしそろそろお開きといたしましょうか」


 西園寺先輩の言葉を合図にそれぞれが椅子を引いて席から立つ。

 数名のウェイターに見送られながら店を出る。


「今日はありがとうございました。今の仕事の引継ぎを終えたらもう一度連絡しますのでもう少しだけ待っていて下さい」


 小さく頭を下げる。入ってばかりの私だが立つ鳥跡を濁さずとも言うようにちゃんと仕事の引継ぎだけはしておきたい。それに退職届を出しても2週間は辞めれなかったはずだし。


「お、お願いしましゅ」


 咲ちゃんにはワインの度数が高かったのだろうか呂律が半分以上回っていないし、顔もよく見たら真っ赤になっている。まっすぐ帰れるか心配だ。


「大丈夫なんですの?良ければうちまでお送りいたしましょうか?」


 西園寺先輩に心配そうに言われる。


「そうですね……どうする咲ちゃん?」

「大丈夫でしゅ。ひゅうちゃんに送ってもらひますから」


 私もよってはいるが咲ちゃんほどではない。咲ちゃんを送り届けるくらいは出来るだろう。

 なんだったらうちに泊めてあげてもいい。大丈夫綺麗にしてるはず。

 酔ってる咲ちゃんが倒れてしまわないように肩を抱く。


「ふふっ、仲睦まじくて。羨ましいですわね。じゃあ帰りましょうか。花さん」

「そうですね。では、また連絡お待ちしています」


 河内先輩が少し会釈すると二人して車へと乗りこんでいった。

 運転手の人がいるのだろう。後部座席のドアを閉めると車が発進して走り去っていった。


「じゃあ私達も帰ろうか……って、もう咲ちゃん限界みたいだね」


 横目で咲ちゃんを見るとすでにうつらうつらしている。幸い明日は日曜で仕事も休みでゆっくり出来る。うちで寝かしてあげよう。


(……そういえば咲ちゃんがウチに泊まるのいつぶりだろ?)

 コンクールの一緒に作品を作った日だった気がするから1年くらい前になるのかな?なんだか学生に戻ったみたいでちょっぴりドキドキしてる。

 肩に抱いた咲ちゃんはいつもより小さくて可愛かった。


 ―――


「咲ちゃん着いたよー。服だけ着替えないと皴になるよ?」

 ホントは化粧も落としたいけど私もベットへダイブしたい誘惑の方が強い。最低限服くらいは着替えてから寝ないと明日後悔することになる。


「ぅんー」


 寝ぼけながらも服をスルスルと脱いでいく。サイズが全然違うけど裸で寝るよりは、マシだろうと私の寝間着を渡す。

 一人暮らしの1LDKの部屋を大きく占領するダブルベット。シングルサイズのベットだと上手く寝付けなくて高校の時からずっとダブルに寝ているが、咲ちゃんが泊まるたびにダブルでよかったと思う。


「……すぅ」


 着替えを終えベットへと倒れこんだ、小さな寝息を立てる親友の顔を私は覗き込んだ。

 同い年には見えないほど童顔で小さな女の子。それなのに私には見えない景色がいっぱい見えて西園寺先輩にそれを見初められてスカウトされて……羨ましいとは思わない。それが私の自慢だから。自慢の親友と一緒に会社に入って一緒に転職したけど、西園寺先輩は咲ちゃんのスカウトをするのに私も一緒にスカウトしたほうがスカウトしやすいと思ったのだろうか。現に私と一緒にスカウトされた咲ちゃんはスカウトを今回は受け入れた。うぬぼれるつもりは無いけどちょっぴりちょっぴり、凄く嬉しい。

 だけどそれと同時にすごくプレッシャーでもある。足を引っ張ってるんじゃないか、重荷なんじゃないか。やっぱり天才の咲ちゃんは天才の西園寺先輩と付き合って行くのがいいんじゃないか。先輩だけじゃない、世界には咲ちゃんの才能を欲している人はいくらでもいる。


(いや、やめとこ。せっかく好きな子が横で可愛らしい寝顔で寝てるのに一人でうじうじマイナス思考で馬鹿みたい。きっといい夢が見れるのに寝ないなんて損じゃない)



 どうか、どうか願いが叶うなら。ずっと咲ちゃんの横に立って居られますように。

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