第2話

「スカウト……ですか?」

「ど、どうしよう優ちゃん」


 咲ちゃんならともかく私までスカウトなんて初めての事だ。

 どうしようもなにも入ったばかりの会社を辞めるというのはあまりにもおかしな話だ。それに自分で言うのもなんだがスカウトされるほどの結果も出せていない。


「すいませんが、まだ転職というには会社に馴染んでいないので、申し訳ありませんが」

「あら、馴染んでない方がやめやすいのではなくて?」


 不思議そうな顔を見せる西園寺先輩が続けて「それに、今の会社で二人の才能を潰すのは惜しいと思いますわ」


「……それは先輩の会社に転職すれば優ちゃんのスランプが脱却できるということですか?」

「スランプ?あれがですの?」


 西園寺先輩は何を言っているかわからない様子で首をかしげて優ちゃんの方を見る。その視線を遮るように身体を出す。


「うーん?スランプと言えばスランプなのでしょうね?でもすぐに脱却できますわ」

「何を根拠に言ってるんですか?」

「それは咲さん自身が一番よくわかっているのでは?」

 私の後ろの咲ちゃんには思い当たる節があるのか少しばかり目を伏せる。

「一つアドバイスするなら、それは創作者として私はそれをいい事とは思いませんわ」

「百合子さん、とりあえずこの店の邪魔になるので外に出ましょうか」


 先輩の後ろからゆっくりと姿を現した西園寺先輩より少し小さめの女性が、たしなめるよう場を制す。西園寺先輩とは違いスーツ姿に髪を短く切って真面目そうな人だ。先輩に親しげに喋っているから部下の人だろうか?


「それはそうですわね」


 西園寺先輩もそれは同意するようだ。軽く頷いてこちらをもう一度見据える。


「会計は……もう済ませたみたいですね。では、一旦外に出ましょうか」


 続けて会話の合間に店員へ渡して会計を済ませたカードがタイミングよく手元に戻って来たのを見計らって外へと一旦出ることを促す。

 店員さんにごちそうさまでしたとだけ言って軽くお辞儀をしながら店を出る。


「休憩時間のようですし、出来ればお仕事が終わってからでもいいのでお時間頂けますか?」

「いや、申し訳ありませんが今のところ転職を考えてはいないので……」

「それはもちろん無理にとは言いません。では話だけでも聞いてもらえる気になったら連絡いただけますか?」

 そう言いながら『河内 花』と書かれたおしゃれな名刺を差し出される。


「今日はうちの西園寺がご迷惑おかけしました。じゃあ、百合子さん。帰りましょうか」


 ぺこりとお辞儀をした後、河内さんが西園寺先輩へと向きなおして手を引く。


「ちょ、ちょっと花さん!待って下さいまし。全然私のアピールが出来てませんわ」

「はいはい、そのアピールは後で私が聞いてあげますから。ただでさえうちの仕事が止まってるんですから仕事片付けながらなら聞いてあげますよ」


 手を引かれて引っ張られていく様子は部下と上司というよりは親と子供にしか見えなかった。


「……なんか、嵐みたいな人だったね。学生のころからそんな感じだったみたいだけど、生で見ると圧倒されるね」

「そ、そうだね」


 少し咲ちゃんも圧倒されたようだ。昔から学校の中でも台風の目のような人だと噂されていたのをよく聞いていたけど、実際目の当たりにしたらそのことがよくわかる。


「って、こんな時間、早く会社に戻らなきゃ」


 時計を見ると予定より少し遅くなってしまっている。会社に戻るころにはギリギリになってしまうだろう。


「い、急がなきゃ」

「大丈夫だよコンビニ寄る時間はないかもだけど十分始業時間には間に合うから」

「そ、そう」


 一応まっすぐ帰れば始業5分前には会社に戻れるから問題はない。予定ではコンビニによってコーヒーでも買おうと思っていたけど、会社の薄いコーヒーで我慢するしかないようだ。


「……」

「咲ちゃん?」

「!な、なに?!」


 普通に声を掛けただけなのに大げさに驚いたように声を上げる。いかにも心ここにあらずといった様子だ。


「……やっぱり、転職の話気になるの?」

「そうじゃないけど……」


 口ではそうは言ってもやっぱりさっきの話が気になるのだろう。咲ちゃんは考えていることが顔に出やすいからよくわかる。


『スランプと言えばスランプなのでしょうね?でもすぐに脱却できますわ』

『一つアドバイスするなら、それは創作者として私はそれをいい事とは思いませんわ』


 西園寺先輩の言葉が私の中で反芻する。西園寺先輩は咲ちゃんと交流したことはないはずだ。あるとすれば咲ちゃんの作品を見たことがあるくらいだろうか。


(咲ちゃんの作品を見ただけで、咲ちゃんのことがどこまで理解できたっていうの)


 私は幼稚園の頃から一緒に居るのに私より、咲ちゃんのことをわかっているような風だった。天才って言うのは何か別の世界が見えてるの?


(別に今の会社に不満があるわけではない。満足もしてないけどやめる程じゃない)


 それに私がデザイナーとして入社することのできた唯一の会社だった。それに合わせるように咲ちゃんが同じ会社に入ってくれたということになる。


(もし……もしもそれが咲ちゃんにとってあってない会社に入ったせいで才能を無駄にしてるんだとしたら……)

「優ちゃん……どうしたの?」


 咲ちゃんに呼び掛けておいて今度は私がぼーっとしてしまった。


「いや、午後の仕事もがんばらなきゃなーって思ってただけ」


 凡人の私が出来ることなんて努力しかないんだから。咲ちゃんの横に並んで恥ずかしくないように。


「全然駄目ね」


 私の努力は虚しくも上司チーフの手によって吐き捨てられてしまった。


「うちでこのデザインを出すわけにはいかないわ」


 頑張って出したデザインをやり直すのはホントに心が折れそうになる。

(そもそもなんで私デザイナーになりたかったんだっけ?)

 咲ちゃんの方を見るとミルクと砂糖がいっぱいのコーヒーを飲んで自分のデザインをじっくりと見ている。

(……学生気分のつもりはないんだけど、また一緒に作品作りたいなぁ)

 思い出した。私、咲ちゃんがデザインをやり始めてその手伝いをしてたら私も楽しくなってきてそれで、専門学校まで行ってデザイナー目指したんだ。

 私には咲ちゃんほどの才能はなかったけどそれでも咲ちゃんといろいろ言い合いながら一つの服を作るその作業はとっても楽しかったから。それを続けたかったから私はデザイナーになったんだ。


 ―――


「……優ちゃん私、先輩の話受けようと思う」


 咲ちゃんに話があると言われて会社の帰り夕食がてら近くの居酒屋のカウンターでそう切り出された。


「……そう。じゃあ私も西園寺先輩のとこいくよ」

「えっ、いいの?」


 驚いた顔をして聞き返す優ちゃんの表情は少しうれしそうに見える。咲ちゃんからすれば一緒に行くとは思ってなかったのだろう。

 でも、私からしたら咲ちゃんのいない会社にいる意味は無い。

 先輩の話を断っていたのは咲ちゃんが今までああいったスカウトは断っていたからだ。私がいる場所はいつだって咲ちゃんの近くじゃなきゃダメなのだ。


「優ちゃんありがとう!」


 隣の席に座っていた私は咲ちゃんにガバッと抱き付かれる。こんなに喜んでもらえるならいくらでも転職するというものだ。


「でも、いつも断っていたのに何で急にスカウトされる気になったの?」

「えっ、いやっ、その……最近、のデザインが好きになれなくて……西園寺先輩のとこなら何か変わるかなって」


 西園寺先輩は確かに何かを変えてくれるそんな雰囲気がある。スランプを脱却させるのが私じゃないというのは正直嫉妬しそうなほど悔しい。だけど、咲ちゃんのスランプが抜けれるのならそんなこと言ってられない。


「じゃあとりあえず河内さんに電話だけ入れておくね」


 連絡をするなら早い方がいいだろう。電話を取り出して名刺に書いてあった番号をスマホに入力する。プルルルと発信音を3回ほど鳴った後名刺をくれた河内さんの声が聞こえた。


『はい、もしもし』

「もしもし、河内さんですか?才川です。今日断った日にお電話するのもあれなのですけど」

『あ、才川さんですか?いえいえ、お電話下さるだけでもありがたっってお電話代わりました西園寺ですわ。引き抜きの話でしたら今度の休日にでもゆっくりお話しさせて下さらないかしら?』


 向こうで河内さんの電話を奪いとり代わったのであろう西園寺先輩の後ろで叫び声が聞こえる気もする。もう咲ちゃんが西園寺先輩の会社に転職すると決めたのだ。今更、断る理由がない。


「いや、あの……いや、そうですね。一度お食事でもしましょうか」

『ふむ、いい返事ですわ。やはり、ますます貴方が欲しくなりましたわ。ぜひうちに来て欲しいですわね』


 胸の前で腕を組んでのけぞっている満足そうな先輩が今にも目に浮かぶようだ。


『日程ですけどそちらにこちらが合わせますわ。ご都合の良い日をおっしゃってください』

「えぇっと、咲ちゃん明後日の土曜日大丈夫?」


 電話のマイクを片手で軽くふさいで予定を聞く。すると、咲ちゃんが両手で小さな〇を作って了承のサインを伝えてくれる。可愛い。


「明後日の土曜日で大丈夫ですか?」

『大丈夫ですわ!何っ?お黙りなさい、このスカウトいじょうに大切な案件など抱えていないのですわ!では、土曜日の夜7時に銀座駅で待ち合わせをお願いしますわ』

「そ、そうですね。では、よろしくお願いします」


 後ろで何か河内さんの声が響いていた気もするが気にしてはいけないと私は強く思った。

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