貴方の好きと私の好きは違うから

麻井奈諏

第1話

「咲ちゃん……私、ずっと咲ちゃんのこと好きだったの」


 咲ちゃんの困惑したような。いや、気持ち悪いものを見るような目。


「……きもちわるい……近寄らないで」


 ―――

「はっ!……はぁ」


 清々しい朝なのに嫌な汗でパジャマがぐちゃぐちゃになっている。


「いや、いやいや。咲ちゃんそんな子じゃないでしょ……私一体どんな風に咲ちゃんのこと見てるのよ」


 幼稚園の頃から今まで一緒に過ごしてきた幼馴染の『旭川 咲』に私『才川 優』は恋愛的感情を抱いている。

 別に咲ちゃんに告白がしたいわけじゃない。ただ咲ちゃんの隣に立っていたいだけ。

 運よく私は咲ちゃんと一緒の会社に入ることができた。とは言っても、私はスカウトされた咲ちゃんの会社に勝手についていっただけなのだけれど。


「……今日の朝は簡単なものでいいか」


 小さめの食パンを2枚と目玉焼きに醤油をかけて頂く。これにサラダとベーコンとヨーグルトを取るのが日課だが、今日は夢見が悪かったから軽めの朝食にしておく。

 食パンをオーブントースターへと入れ込み軽くシャワーを浴びる準備を整える。新しい下着にジーンズに白いワイシャツ今日の着替えを風呂場へ持って行く。シャワーを浴びる前にコーヒーのお湯も沸かしておく。

 なんてことはないルーチンをこなして私は朝の支度を整える。


 ―――


「おはようございまーす」


 挨拶は大事だ。毎朝私は出社時そこをよく気を付けている。私は別に営業職ではないが、デザイン職だって人間関係が重要になってくることだってよくある。


「あっ、おはよー優ちゃん!」


 可愛らしい声が私を迎えてくれる。咲ちゃんは私の挨拶が聞こえるとわざわざこっちを向いて手を振って挨拶をしてくれる。

 やっぱり咲ちゃんは可愛い。小動物的可愛さとでもいうのだろうか。咲ちゃんが挨拶を返してくれるとやはり一日の仕事のやる気が違うというものだ。

 でも……


「おはよ。咲ちゃん。どうデザイン固まって来た?」

「それがあんまりいい案が浮かばなくて……」


 咲ちゃんはデザインを描き始めたときは私の挨拶も聞こえないくらい集中しているのだ。最近のところずっとデザインを悩んであまりいいものがかけていないらしい。この会社に入ったあたりからスランプ気味で、もしかしたら会社に入ってデザインを任されて緊張してるのかもしれない。


「私は素敵だと思うよ、その衣装」


 この言葉は本心だ。咲ちゃんのデザインした服は私が描いたものよりも断然おしゃれに見える。そして、当然のように咲ちゃんのデザインされたものは商品となる。だけど、咲ちゃんの才能はこんなものでないのは私、いや同じ専門学校に通っていた人なら全員知っているだろう。


「うん……ありがと」


 引きつったような笑顔がその作品も自分の納得するラインには達していないのだろう。


「「……」」


 お互い気まずい空気が流れる。私だってデザイナーの端くれなのだから何かいいアドバイスができればいいのだけれど……いや、自分のデザインすらもまともに作れていないのに私が何を言おうというのか。


「きょ、今日のランチ良さそうなとこ見つけたんだ!優ちゃん一緒に行ってくれない?」

「そうだね!じゃあ、私はそれを楽しみに午前中がんばちゃおうかな!」

 空気を変えようと話の流れを断ち切ってくれる。そういうところも咲ちゃんの良いところだ。新しい流れに乗るように私も腕まくりをするようなしぐさをして少しおどけてみせる。


「ふふっ、頑張ってね優ちゃん」


 ひらひらと軽く手を振って私が咲ちゃんの席から離れていくのを見送ってくれる姿はすごく可愛い女の子らしいというか、少し憧れてしまう。ちっちゃくて可愛い咲ちゃんと違って私は平均的な女性よりも少し身長が高い。そんな私を咲ちゃんは羨ましいなんて言ってくれたりするけど、女の子~って感じで可愛いお人形さんみたいな咲ちゃんの方がいいに決まってる!

 少し離れた自分の席に座って自分のデザインをまとめる。もうそろそろ方向性くらいは固めたい頃合になので自然と焦りと気合が入る。


「よし、がんばろう!」

 小さなガッツポーズと掛け声で自分に言い聞かせる。


 ―――


(頑張っても無理なものは無理ぃ)

 お昼のベルが社内に鳴り響く。全然案が浮かばなかった。いや違う、ある程度の案は出ているのだ。でも、それがいいものかどうかの自信がない。というより、これを私の作品として世に出したくないのだ。


「……とりあえず、咲ちゃんとお昼行こっと」


 自分の椅子の背もたれに大きく体重をかけながら咲ちゃんの方に目をやると自然と目が合った。

 うーっ、と背伸びをしてから椅子から立って、「お昼行こっかー!」と声を掛ける。


「今日は何食べるの?」

「駅の近くに新しいパスタ屋さん出来たんだって、そこ行こうかなって」


 あー、そういえば聞いたことがある。最近ちょっと噂のランチの時間にしか営業していないイタリアンがあるらしい。なんでも本場のイタリアで修行して大きな大会でも賞を貰ったことがあるらしい。


「へぇ、楽しみ!」

「うん、お昼終わる前に早く行こ」

 駅まで5分の駅近オフィスなのでレストランもきっと近いだろう。

 社員証と小さなカバンに財布等を入れて身軽な格好で出かける。咲ちゃんもお揃いのカバンを持って一緒に隣に付く。

 このカバンは専門学校を卒業前に一緒の会社に入れたお祝いにお揃いの物を買った思い出の品だ。あれからずっと大事に毎日使っている。


 ―――


「意外と時間かかっちゃったね。早く頼んじゃおうか」


 店に着くのは早かったけど、予想よりかなりの行列ができていて入るのに時間が掛かってしまった。


「ごめん優ちゃん~。こんなに時間かかると思ってなかった~」なんて言いながら、料理を注文すらしていないのに胸の前で両手を合わせ泣きそうな顔で謝っていた。

 待ち時間はお店の人が先にメニューを渡してくれたので先にメニューを選んだり、道行く人たちのファッションを見ながら次の流行の話や今描いているデザインについて喋っていたので全然苦にはならなかった。


「もういいってば、いいから食べちゃお」


 席について注文をするとすぐにサラダと茹で上がったパスタが出てきた。

 咲ちゃんは揚げ茄子のトマトスパゲッティを選択して、私はイカスミのパスタを注文した。


(イカスミ口周りに付けたままにしないようにしなきゃ。出る前にお手洗いで口周りチェックだね。あ、あと匂いのしないニンニクを使ってるって言ってたけど一応ブレスケア忘れないようにしなきゃ)


 今から家に帰るわけではないのできちんとやるべきことを頭で復習する。


「「んー、おいしー」」


 口元を抑えながらお互いパスタの感想の声がハモる。

 小皿をスタッフの人が持ってきてくれたので、自分のパスタを少しだけ取り分ける。

 お互いに少しだけ交換するのだ。


「あっ!優ちゃんのイカスミおいしー。私もイカスミにすれば良かったかなぁ」


 それは多分そうだろう。きっと咲ちゃんが好きだろうと思って頼んだのだから。


 別に交換の為に咲ちゃんが好きそうな物を頼んだわけではない。ただ私が日常的に生活する中で咲ちゃんが好きそうだなというものを考えて選んでしまうのだ。いつからかは忘れたのだけどいつの間にか咲ちゃんが私の心の中で住んでいて心の咲ちゃんに動かされるのだ。


「もう少し食べる?咲ちゃん?」

「でも、優ちゃんの食べる分減っちゃうし……」

「じゃあ、もうちょっと咲ちゃんの方と交換しよ」

「ほんと!じゃあもうちょっとだけ交換しよ」


 ほんの気持ち小皿に多く盛り付けてあげる。

 おいしそうな、幸せそうな顔をする咲ちゃんの顔を眺めていると私も幸せな気持ちになってくる。


(あー、ほんと。私って奴は。咲ちゃん大好きなんだなぁ)


 自分でもヤバいと思う。この感情は明らかに友人に持っていい感情じゃない。もっと一緒に居たい。ずっと一緒がいい。もっともっともっと。

 だけど、結局私にはこの距離感が一番なのだ。思いを告げて咲ちゃんに嫌われてしまったら。私は死んでしまうだろう。そんなことは別に構いはしないが、それで咲ちゃんが気を病んでしまうだろうから。咲ちゃんはやさしいから。


「ふぅ、美味しかったね。優ちゃん」

「……そうだね、咲ちゃん」


 やはりこの笑顔を失うのだけは私には考えられない。


「や、やっと見つけましたわー」


 声に驚いて目をやると店の入り口付近でがこちらを指さしているのが見えた。

 ずかずかと歩いてきて、私達の座っているテーブルの横で止まった。


「『旭川 咲』さんと『才川 優』さんですわね?」

「えっと……」


 驚きを少し隠せない顔でこちらに目をやる。とりあえず手に持った紙ナプキンを咲ちゃんに渡して「口にイカスミついてるよ」とだけ教えてあげる。


「はい、私が才川ですがどちら様でしょうか?」


 とりあえず落ち着いて話す。その間にお店のスタッフに目配せをして手元で小さなバッテンを作り会計の準備をする。


「ふぅ、失礼しましたわ。『西園寺 百合子』ですわ」

「西園寺……あぁ!もしかして花空高の出身の」

「そうですわ。覚えて頂けたなんて私も感激ですわ」


 咲ちゃんも「あっ!」と思い出したような顔をする。

 花空高というのは私達二人の出身校でもある。そして、一つ上の西園寺先輩と言えばちょっとした。いや、かなりの有名人だった。

 西園寺グループと呼ばれる大企業の娘で、普通に生活していたら西園寺グループの物に触れないのは無理だと言われるほどに大きな会社だ。

 すごいのは家柄だけじゃない。本人もずば抜けていた。文武両道で模試試験では毎回満点を取り、身体測定では運動部顔負けの成績で色んな部から勧誘を受けていた。

 高嶺の花のような存在だったが、そんな人がなんで私達を探していたというのだろうか。


「私、貴方達をスカウトに来ましたの」

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