物語は背後から
「はぁ、なに?僕たちはいついかなる時もこんなへんてこりんな展開に巻き込まれなきゃ気が済まないの?」
シカもといトナカイの二足歩行での仁王立ち。
周りの人間たちの微動だにしない姿。
となりで「シカじゃない?」と未だに疑いの目を向けているトンチンカン。
立花宗則は不意に訪れた異様な光景に、深々と溜息をついてみせた。
「申し訳ございません。ですが、一大事なのです!あなた方は"英雄"の立花様と知里様ですよね?」
トナカイもといルドルフは、縋るような眼差しで立花の目を真っ直ぐ見つめている。
ルドルフの言う、英雄という敬称。
それにこのバカップルがあたるのかと言われれば、甚だ疑問の残るところではあるが、それは間違っていないのが事実。
人智を超えた身体能力と、特殊な気魄と呼ばれるエネルギー体を駆使し、地球を守る為に選ばれた人間。
それが英雄であり、彼らバカップルなのである。
英雄の使命でもある地球を守る仕事の息抜きにと、元いた世界であるこの人間世界は日本に、休暇として帰ってきていた二人は、思う存分平和をエンジョイしていた最中であった。
「いいえ?私は宗則と言います」
「ムネリン。ひでおじゃなくてえいゆうだよ」
「こんな時ばっかり普通に突っ込むんじゃありません!」
ていっ!とチョップ一閃。
背の低い知里の脳天へ華麗に手刀が振り下ろされた。
「立花様!事は一刻を争うのです!どうか真面目に聞いてください!」
怒涛のボケ倒しでこの展開を逃れようとする立花に、ルドルフは業を煮やしていた。
「はぁ、もうなによ?なんなのよ!?言えば!?言ってみるがいいさ!!」
終いには逆ギレである。
「そ、そんなに怒らなくても。ですが!ここは言わせてていただきます!僕の大切な、命よりも大切なサンタクロース様が、悪魔に攫われてしまったのです!!」
「ーーーーー」
完全なる静音。
脈拍すら止まったかのように、始終うるさい知里も黙りこけてしまった。
「え!?サンタクロース様です!ご存知でしょう!?」
「サンタって!ヒゲの!?」
やっと状況を飲み込んだ知里が、トンチンカンな認識ではあるが把握した模様である。
「そ、そうです!クリスマスの精霊、サンタクロース様です!」
「サンタクロースって精霊なんだー。へぇー」
未だに現実逃避出来るネタを探している立花。
「そのサンタクロース様が、僕の、僕のせいで、悪魔に」
先ほどの勢いは何処へやら、またもや弱々しい声になったルドルフは、蹄で涙を拭っている。
「言うてみてみてみ?」
「知里ちゃん!?」
ルドルフの垂れた頭を撫でながら、知里が優しく声をかけるのを立花は正気か?と目を見開く。
「ムネリン?」
しかし、知里のいつものポワンとした空気は外気と同じくらいにヒンヤリと変わり、未だに逃げ腰の立花を諌めるように鋭く睨んだ。
「ぐぬぅ」
英雄界で人類最恐、魔王と恐れられる知里に睨まれれば、さすがの恋人である立花も太刀打ち出来なくなってしまったようである。
「あ、ありがとうございます!!さすがは英雄様!!」
素直に奉られ、ついさっきの威圧も何処へやら。
にへらと笑って後ろ頭を掻く知里に、立花は呆れながらもルドルフの話を聞いてあげることにした様子で、もう何も言わなかった。
「元はと言えば僕が悪いのです。おかしいと思ったんだ。あんなにも早く時間が過ぎるなんて有り得ない」
目に溜まった涙を全て拭い去り、ルドルフは事の始まりから話し始めた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「おっちょこちょいとかの次元じゃないぞ」
「ですね」
「まるであわてんぼうのサンタクロースだね」
説明を聞き終えた二人は、呆れた様子で頭を垂れるトナカイを見ていた。
クリスマスから一ヶ月も早い十一月二十五日。
日にちどころか、月を間違えてやってきたサンタクロースとルドルフは、普段なら天使の護衛が付いているはずの行路を、全速力に単身で突っ走っていた。
事の発端は、神さまから貰ったカレンダー。
絶対に狂う筈のない、神さまの力がこもったカレンダーなのだが、ある事故によってそれは大幅に狂わされていたのだ。
ヤギのゴードンである。
ルドルフの親友であり、サンタクロースの住む森の住民。
心根の優しいただのヤギであるが、事今回の件においては最重要人物である。
サンタクロースとルドルフが慌てて飛び出したあの日の昼間。
ゴードンはサンタクロースに撫でて貰いに家にやってきたが、忙しそうにしているサンタクロースになかなか声が掛けられずにいた。
そんな時、ふとお腹が空いていたゴードンは目の前にぶら下がっていた"紙"のカレンダーに目を奪われ、少しだけ、少しだけと止まらず三十枚も食べてしまったのだった。
「神と紙ってか!こりゃうまいね!美味しいだけに!」
「「笑えるか!」」
立花とルドルフの声が、時の止まった世界に鳴り響いた。
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