第3話


 その日は、学校を休んだ。

 体調が悪かったわけではない。

 EGOがやりたかったわけでもない。

 ただ、体が重かった。それだけだ。

 布団から出るのもだるい。

 人によっては、これを体調不良だというかもしれない。

 それなら学校に言う理由としてはしっかりしている。特にヘイトを向けられることもなかっただろう。

 だが、正直どうでもよかった。

 動きたくなかった。

 そういう気分だった。

 この時期、一般的に学生はテスト期間というやつ。

 授業が早めに終わり、部活も禁止という決まりがあるので、数時間しか学校にいないのだ。

 それに授業は基本、自主学習。

 退屈の何者でもない。

 行く意味なんてないだろう。

 言ってしまうと、カイトは自頭がいいのだ。

 授業もまともに受けず、家でも勉強はしない。

 テスト前の数日の間に問題集を解くだけで、テストの平均点より上の点数を取れる。

 いつものことだ。

 今回もいつものことをしているだけ。

 そういえば、前々回のテストのとき、シロさんに怒られたっけな。


 ―シロ さんがログインしました―

 カイ こんばんは

 シロ こんばんは

 シロ あれ? テスト期間じゃないの?

 カイ テスト期間だよ

 シロ だよね

 シロ どうしてEGOしてるのかな?

 カイ 勉強よりもEGOが楽しいから?

 シロ 勉強しなさい!

 カイ 俺、勉強しなくても点数とれる

 シロ うぬぼれるな少年

 カイ はーい


 少し笑ってしまった。

 布団の中に冷たい風が入ってくる。

 一人で寝ていたいんだ。

 手を伸ばし、暖房のリモコンを取る。

 寒い。

 暖房をつけて、布団にくるまる。

 一人だと温いな。これが二人とかになると、布団に隙間ができて風が入ってきてしまう。

 違う。それじゃあダメなんだ。

 EGOをやろうにも、パソコンは布団の外にある。

 寒い空気にさらされている。

 スマホでEGOのチャットルームに入ろうとした。

 スマホも冷たくなっている。

 時間も見ずに、布団にもぐり込んだ。


 目が覚めた。日は落ちていた。

 別にいっか。もともと学校なんて行く気無かったし。

 あぁ、これからどうしようか。

 とりあえず顔が熱いから暖房を止めようか。

 リモコンはどこにやったっけ。

 あぁ、あった。

 暖房を止める。

 布団の中の足が少し湿っていて気持ちが悪かった。

 布団から足を出す。

 この後はどうしようか。

 喉が乾いたからなにか飲みたいな。

 布団から出て、机の上にあるジャスミンティーを手に取る。

 ジャスミンティーの香りが好きだ。

 パソコンの電源ボタンを押して、スリープを解除する。

 ホーム画面はすぐに点いた。

 椅子に座る。

 何も考えていないのに、勝手にEGOを開く。

 ご飯はどうしよう。朝から何も食べてないな。

 でもお腹は空いてない。

 EGOの起動を待つ間に一階に行って何かを探してくる。

 部屋の扉を開くと、かなり寒かった。

 冷たい風が体を触る。

 寒い。

 扉を閉めて靴下とパーカーを身につける。

 寒いのは好きだが、別に暑いのが嫌いなだけで、極寒となると話は別になる。

 冬の寒さは極寒という訳では無いが、ガクガク震えるほどの寒さはあんまりだ。

 部屋から出て階段を降りる。

 一段一段降りていくごとに寒さは増していく。

 一階につく頃には足先がキンキンしていた。

 冷蔵庫の中を漁るがめぼしいものは無い。

 何か食べたいな。

 冷蔵庫を閉じて、周りを見渡すと、テーブルの上にスナック菓子があった。

 それでいいや。

 部屋に持っていく。

 階段を少し速く登る。

 部屋につくと温い風を浴びる。

 机の上にスナック菓子を置き、布団にくるまる。

 あぁ、温い。

 ジャスミンティーが飲みたくなったが、布団の方が温かった。

 少ししたら取りに行こう。

 枕元においたスマホを取り出す。


 ─カイ さんがログインしました─

 シロ こんばんは

 シロ この時間に入ってないの珍しいね

 カイ こんばんは

 カイ さっきまで寝てたから

 シロ 学校は?

 カイ 休んだよ

 シロ どうしたの? 体調不良?

 カイ そんなもの

 シロ テスト期間だっけ? 大丈夫?

 カイ そうだよ。ご安心を

 シロ 安心しておくよ

 カイ どうも


 シロさんには言えないな。

 サボったなんて言ったらなんて言うだろう。

 きっと叱られるかな。


 シロ まぁカイくんは頭がいいからね

    その点は大丈夫だろうね

 カイ なんか照れるな

 シロ かわいいな笑

 カイ やめてくれ笑

 シロ この後はどうするの?

 カイ EGOやる予定

 シロ 勉強しないのか

 カイ 気分じゃない

 シロ そうか

    気分は大切だよな

 カイ うん

 シロ 特別クエストのチケットゲットしたから一緒にやる?

 カイ ぜひ


 シロさんはやっぱり凄いな。

 そのチケットはなかなか入手できるものではない。

 特定のクエストをクリアすると入手できるコインで、ガチャを回して、そこから色々出てくる中の一つだ。

 クエストもそこそこ難易度は高い。

 そのチケットを二枚も手に入れるなんて、四時間はかかるだろうに。

 カイトは布団から出て、机に向かった。

 ジャスミンティーを飲む。


 カイ 今日は仕事終わるの早いんだね

 シロ 彼氏が手伝ってくれてね

 カイ 素敵な彼氏さんだ

 シロ そうでしょ

 カイ 惚気んな

 シロ 惚気させろ

 カイ こちとら非リアだわ

 シロ ごめんごめん笑


 特別クエスト中のチャットの大半が惚気話になった。

 別に嫌ではない。それはシロさんも知っている。

 シロさんが彼氏さんの話をしている時は、何かとドロップ率がいいのだ。

 今回もそう。

 レアアイテムが何個かドロップした。


 シロ カイくんは何かない?

 シロ 面白い話とか

 カイ うーん


 学校では友達はいるが、休日に遊びに行く中ではない。

 ましてや、旧友なんて中学高校を卒業してから、ほとんど会っていない。

 面白いことなんて、特に思いつかない。

 強いて言うなら、帰宅途中に猫を見かけ、撫でたこと。

 それと、バイト先のパン屋で、少し菓子パンをもらったことか。


 カイ 特にないな

    猫を撫でただけ

 シロ うらやましい

 カイ 猫派だったっけ?

 シロ 犬も猫も好きだよ

 カイ そっか


 この話は何度目だろう。

 おそらく、二回は話した。

 その時もどちらも好きだと言っていたな。


 カイ 面白い話か

    シロさんは何かないの?

 シロ 私は毎日仕事だからなぁ

 カイ 彼氏さんとは?

 シロ 最近はあんまり会わないな

    仕事で会話はするんだけど

 カイ こんなこと聞いてごめん

 シロ なんで謝るのさw

 カイ 悲しくないの?

 シロ そんなことはないよ


 シロさんの文字からは何も感じなかった。

 慣れというか、諦めというか。

 彼氏さんが何かをしても、そっか。で済ませてしまいそうな。

 それでもきっと心の中では泣いているんだろうな。そう思った。

 まだ、別れたとは聞いていない。

 なんだか少し、気分が落ち込んだ。


 シロ カイくんこそ、彼女とかいないの?

 カイ いつも言ってるけど、僕は学校では何もしゃべらないからね

 シロ えーそんなの面白くない

 カイ 別にいじめられているわけではないよ

 シロ でも友達とゲームしたりするの楽しいよ

 カイ EGOをやっている人は把握してるよ

 シロ はなしかけないの?

 カイ したさ。マルチプレイもした

    でも、話が合わないんだ

 シロ プレイスタイルとかか

 カイ そう

 シロ それは仕方ないのかな

 カイ 向こうは効率が悪い

    何もかもが遅いんだ


 話している時も、ゲームをしているときも。

 話の内容だとか、ゲームの動き方だとか。

 もう何もかもがストレスになって。

 何度か妥協しようとしたさ。

 でも、ゲームは楽しむべきだ。楽しみに妥協はしたくない。

 EGOの世界は俺の物なんだ。

 この空は、この空気は、この大地は、この草木は、ぜんぶ俺の物なんだ。


 シロ カイくんの考えることはわかる気がするな

 カイ そうなの?

 シロ 私だって、カイくんとしかEGOしてないからさ

 カイ それもそうか

 シロ 職場にEGOをやっている人がいなくて

    旧友とは話もしてないの

 カイ お互い大変だね

 シロ そうだね


 なんだか気まずくなって、次のフィールド、岩と鉱石と暗闇のフィールドに行ったんだ。

 強い敵をバッタバッタと倒していったんだ。


 ゲームを終え、EGOを閉じ、電源を切らずにパソコンを閉じる。

 これからどうしようか。

 スマホを確認すると、時刻はすでに二時を回っていた。

 寂しい夜の始まりだ。

 布団にもぐり込む。

 やることなんてない。

 意識が消えるまで目を閉じるだけだ。

 意識が、消えたんだ。

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