第2話

 朝。

 日の光が瞼を貫通して焼いてきた。

 布団をかぶると目覚ましの音が聞こえる。

 時計の音だけを止めて、布団にくるまる。

 さすがに布団までも貫通してこないでほしい。

 寝返りをうつ。

 目覚ましが再び鳴りだす。

 それを止める。

 ようやく静かになり、眠りにつく。

 あぁ、心地よい。

 布団が体にフィットして、離さない。

 沈む感覚に身をゆだね、眠りに堕ちる。

 意識が消えうせた。

 あぁ、意識が消えるときはどうしてここまで気持ちがよいのだろう。

 臨死体験と近しい何かを感じる。


 また、あの目覚ましが鳴った。

 充電コードを刺したままのスマートフォンの音を止め、布団の中に招き入れる。

 画面を付け、ぼんやりと確認する。

 時間を確認して、もぞもぞと布団から顔を出す。

 あぁ、面倒くさい。これから学校に行かなくてはならない。

 そう考えるだけで、体が重くなる。

 布団をどかし、冷たい風を浴びる。

 頭の中が徐々に鮮明になっていく。

 ベッドから体を起こし、靴下を履く。

 あぁ、寒い。

 眠たい瞼をこすりながら、学校指定の制服に着替える。

 朝ごはんは食べないでいいか。


 家を出て、歩いていく。

 射すように寒い風に流されるように歩く。

 コートのポケットに手を突っ込む。

 スマホが邪魔だが、ズボンのポケットに入れると歩く時に不快だから、考えないようにして、風を凌ぐ。

 さすがに寒くなってきて、我慢するのも面倒くさく思い始めたから、クローゼットの中からスヌードを出したんだ。

 布一枚で思っている以上にあったかく感じる。このスヌードは綿糸でできているが。

 スヌードに顔をうずめてまだ歩く。

 周りに同じような制服の人が増えている。

 あぁあ。引き返せなくなった。

 面倒くさい。引き返すのも面倒くさい。

 校門をくぐる。


 教室の扉を開ける。

 ゆっくりでもはやくもない。静かでもうるさくもない。そんな力加減。

 教室には半分ぐらいの人がいた。

 教室の真ん中で集まってだべっている人。

 教室の端でイヤホンをして本を読んでいる人。

 教室の前の方で、すでに勉強をしている人。

 カイトは教室の後ろでスマホをいじる人だった。

 カバンを机の横に落とし、コートを脱ぐ。それを机の上に雑に置き、椅子に浅く腰掛ける。

 コートのポケットの中をまさぐり、スマホを取り出す。

 一緒に入っていたイヤホンも出てくる。

 そういえば、音楽聴いてなかったな。

 

 いつも教室はうるさい。

 人の声だけじゃなく、人の存在も。

 音楽は流さずにイヤホンを付ける。スマホでEGOを開く。

 EGOは対応しているプラットフォームがかなり豊富だ。

 家庭用ゲーム機やパソコンだけでない。スマホや携帯ゲーム機でもプレイできる。

 前者は自由にプレイできる。できないこともほとんどない。

 だが、後者。スマホや携帯ゲーム機では、できないことがある。

 スマホではチャットをメインにプレイする人が多い。

 カイトはチャットルームに入った。

 

 ―カイ がログインしました―

 カイ こんばんは


 返事が来なかった。

 それもそうだ。平日のこんな時間はみんな学校か仕事だろう。

 仕方がないことだ。でも寂しい物は寂しい。

 帰りたい。帰ってパソコンでプレイしたい。


 ―カイ がログアウトしました―


 スマホをするすると操作し、音楽プレイヤーを起動、EGOのサウンドアルバムを流した。

 軽やかな音楽が鳴る。低音と高音のテンポのいい音楽が鳴る。重低音の重たい音楽が鳴る。

 カイトは夢を見ていた。とても楽しい夢だった。


 何度目かの居眠りから目を覚ますと、窓の外は橙色に染まっていた。

 ちょうど、帰りのホームルームをやっているところだった。


 教室から人がいなくなるまで、スマホをいじり、時間をつぶす。

 教室から人がいなくなった。

 校庭のほうから野球部の声が聞こえる。

 カイトは教室が好きだった。誰もいない教室が好きだった。

 清々しい感覚。風が抜ける感覚。スマホから顔を上げ、教室を見渡す。

 教室の照明は消えていたが、真っ暗ではない。少し薄暗かった。

 ぼんやりと教室を眺める。

 少し前までここにたくさんの人間がいた。

 でも今は、自分だけ。

 そんな感覚が、カイトは大好きだった。


 今日一度も開けなかったカバンを持つ。

 コートを羽織り、ポケットにスマホを入れる。

 教室を出ると、冷たい風が吹いた。

 少し寒かった。カバンからスヌードを取り出し、首に巻く。

 さぁ、帰ってEGOをやろう。

 イヤホンからEGOのサウンドアルバムが流れている。


 ―カイ がログインしました―

 カイ こんばんは


 まだ返事は来ない。

 シロさんは社会人なんだ。

 きっと今日も残業をしているのだろうか。

 カイトはため息をついた。

 一人で素材集めでもしようか。

 カイはフィールドに降り立った。


 岩と土と草木のフィールド。

 何度も見た、ずっとあるフィールド。

 いろんな敵がいて、いろんなアイテムがあって。

 自由に駆けることができる。

 空だって飛べる。

 穴を掘って落とし穴を作ることだってできる。

 カイはゆっくりと、地を歩いていた。

 することなんて素材回収ぐらいしかない。

 だがそれも、倉庫の中にたくさんあるんだ。

 カイは空を眺めながら、歩いていた。

 すると視界の端で、チャットが表示された。

 シロさんからだ。


 ―シロ さんがログインしました―

 シロ こんばんは

 カイ こんばんは

 シロ 私もやりたいな

 カイ 今日も残業なの?

 シロ うん。今は休憩中

 カイ お疲れ様

 シロ ありがとう

 シロ それじゃ、仕事戻るね

 カイ 頑張って

 ―シロ さんがログアウトしました―


 カイはチャットウィンドウを閉じた。

 座っていた岩から腰を上げる。

 ゆっくりと歩きだす。

 あぁ、空が広い。地が広い。

 世界はこんなにも広いんだ。空だって飛べる。

 EGOは自由だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る