第3話

皆が休みの魔法学校に来て、特別に魔法の補講をする。

 


「魔法の使い方すら、忘れているとは……。ちょっと大変ですね」

 


 黒いフードを被っているため、よく顔が見えないが、この学校の先生らしい。

 


「はい、オスヴィン君、婚約者のためだから頑張って」

 


 建前上まだ婚約者であるオスヴィンは、どうやら婚約を破棄することをまだ認めてもらえないようで、家長である父から命を受け、休日なのに付き合ってくれているようだ。

 オスヴィンはキリっと先生を睨むと、空中に魔法陣を描き、魔法を発動させる。

 


「我、汝と契約する者なり、人を覆う水の球を我が手に……。水球ウォーターボール!」


 

 オスヴィンの手から水の球が飛び出し、的にぶつかった。

 葵はそれを見て拍手をすると、オスヴィンから睨まれた。

 


「これしきの魔法で、称賛なんていらない」

 


 オスヴィンは膨れっ面で、的の前から退いた。

 先生がクスクス笑いながら、葵に一枚の紙を渡すと、一歩下がる。

 そこには、魔法陣が描かれているようだ。

 


「このように、精霊に呼びかけて、魔法陣を描くことで魔法を発動します。確かシャレット家は雷の家系でしたね? 雷の精霊に向けて、呪文を唱えてみてください。」


 

 葵は見よう見真似で、杖を手に取ると、魔力を乗せて魔法陣を空中に描き始めた。

 魔法陣や呪文は先生に手渡されたものを見る。

 


「我、汝と契約する者なり、雷鳴轟かせ、我が手に雷を……。雷球サンダーボール!」

「…………。」

 


 葵が魔法を発動すべく、恥じらいながら、呪文を唱えるも、見事に魔法は発動されない。

 


「ダメですか。オスヴィン君帰っていいですよ。婚約者の義務は果たしました。これからつきっきりで、魔法の練習をしますから……」


「ふん。魔法も発動できないとは、益々、父上を説得できる材料が増えたようだ」


 

 オスヴィンが帰る支度をすると、葵は一つの袋を渡す。

 


「これ、少しですけど……」


 

 オスヴィンは袋の中を見ると、首を傾げる。

 


「なんだ? これは?」


「せめてもの、お礼です。父からあなたが来ることは伺っていましたから」

 


 オスヴィンはふんというと、その場を去った。葵はもう一つの包みを先生へと手渡す。

 


「私の分もあるのですか?」


「はい。先生にもお世話になりますから、せっかくですので、少し休憩してからにしませんか?」

 


 葵達は修練場の隅で、腰を下ろし、クッキーを食べる。

 


「それにしても、記憶を無くすとは大変なことなのですね。魂の性質そのものが変わってしまったのか」

 


 先生が袋を開け、中に入っているクッキーを食べた。

 


「この味、まさか……」

 


 先生のクッキーを食べる手が止まる。

 


「お口に合いませんか? 一応自分で作ってみたのですよ。

 メイドたちには怒られてしまいましたが、お世話になる方々にお返しするものくらい、自分で作ったものを渡したいじゃないですか?」


「おいしくないわけではないのです。ただ、懐かしい味がして……」

 


 先生は葵の手を取る。


 

「プリンを今度作ってもらえませんか?」


「プリン?」


「はい、どうしても食べたいのです」


「分かりました。今度の放課後にお持ちします」

 


 その後は先生に付き合ってもらって、練習したが、魔法を発動させることはできなった。

 

 

 

 

 次の登校日、葵は一人魔法学校にいた。

 

 どうやら、記憶を無くす前から一人で学校にいたらしく、こそこそと記憶を失った事について、噂されているようだ。

 

 目の前には婚約者であるオスヴィンが、マリーを連れて訪れる。

 

「ふ、そんな下手な芝居をしても、誰も憐れんでなどくれんだろう?」


「オスヴィン様、言い過ぎですよ」

 


 葵は先生から借りていた魔法の書から目を離す。

 


「ご心配いただいてありがとうございます。魔法はまだ使えませんが、皆さんに追いつけるよう勉学に励みます」


 

 クラスにいた者たちが、葵の言葉に面食らっている中、オスヴィンは鼻で笑うと、自分の席へと着いた。


 

「では、魔法陣の授業から開始する」

 


 教室には先生が来て、どうやら、新たな精霊と契約を交わす方法を学んでいるようだ。

 基礎的な魔法陣の書き方すら、分からない葵にとっては、話がかなり難しい。

 とりあえず、板書された内容を紙に書き込んで、書きとどめておく。

 

 

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