第2話

「ここは……」

 


 葵が目を覚ますと、目の前には白い天井があった。

 周囲を見渡せば、ここが我が家でも病院でもないことが分かる。

 


「エルミーヌ様お目覚めになられましたか?」

 


 メイドの格好をしたおばさんが話しかけてくるが、誰だか分からない。

 


「あなたは誰?」 


「エルミーヌ様?」


 

 メイドは医者を呼びに行き、そこへ男女もかけつけた。品の良い優し気な二人だった。

 


「頭を打たれておりますから、一時的な記憶障害かと思われます」


「そうですか……。分かりました。ありがとうございました」

 


 男女は医者を見送ると、葵に向かって話しかけてきた。


 

「怪我は治癒魔法で治っているから、大丈夫だろう。明日はとりあえず学校を休みなさい」

 


 葵は、エルミーヌという名で公爵家の令嬢として、生を受けたらしい。先程の男女は両親であったようだ。

 両親から何故意識を失ったのか、事の顛末を聞く。どうやら、魔法学校に在籍しているらしく、魔法の練習中にほかの子から魔法を受けてしまい、記憶を失ったということになっていた。








 翌日もエルミーヌとしての記憶は戻ることがなく、見舞いに一人の少年と少女が来た。

 


「エルミーヌ、オスヴィン君が見舞いに来てくれたよ」


 

 父がそう説明すると、オスヴィンは胸に手を当ててからベッドのほうへと歩いてきた。

 その後ろにひょこひょこと少女が歩いてついてくる。


 

「シャレット公爵、この度は誠に申し訳ございませんでした。私の不注意でエルミーヌ様にお怪我をさせてしまって……」


「いいんだよ。魔法の練習中にはよくある事だ。うちの娘もきっと油断していたのであろう」


 

 葵は首を傾げていると、また父が説明してくれる。

 


「こちらのお嬢さんは、マリー・ビロンさんだ。そして、今回君が練習中に彼女の魔法を受けてしまったらしい」

 


 葵は頷くと、マリーに話しかける。

 


「そうだったんですね。でもお気になさらないでください。お父様が言っていたように私の不注意だったんです」

 


 葵はにこりと微笑めば、マリーとオスヴィンには驚かれ、二人とも父親の顔を見た。

 


「どうやら、記憶をなくしているらしい。前より明るくなったし、いいだろ?」


 

 父親は寂しそうに笑うと、ゆっくりしていってと二人を部屋に残し、部屋から出た。

 

 

 

 

「そんなに、僕に未練があるのか?」

 


 父がいなくなるとオスヴィンの態度が大きく変わった。マリーとの距離も近くなっている気がする。

 葵が首を傾げていると、オスヴィンが続ける。

 


「記憶喪失のフリをして、急にしおらしい態度をしても無駄だ。僕は君との婚約を破棄する」

 


 オスヴィンはマリーの腰に手を回す。葵はそういう事かと納得する。

 


「家同士の婚約ですけれども、やっぱり好きな人と結ばれるべきですよね。私それとなく父に婚約が解消できないか打診します」


 

 二人は唖然として、葵の顔を見る。

 


「家同士の婚約だからお前のお父上に打診するタイミングを見ていたというのに……。本当に記憶がないのか?」


「はい、今の私では貴族としてのルールも何も分かりません。もし、私の父の説得ができなければ、あなたがその事を自分の父親に言えば、いいのではないでしょうか? 社交のできない妻は、貴族にとっておそらく致命的なのでしょう」


 

 葵は前世の記憶しかないため曖昧であるが、貴族のイメージで伝える。

 


「オスヴィン様……」

 


 マリーがオスヴィンの胸に体を預ける。葵はそれを見て微笑み、マリーに話しかける。

 


「本当に、好きなのですね? オスヴィン様絶対に彼女を泣かせるような事はしてはいけませんよ」


「お前が今までずっと彼女を泣かせてきたのであろう。無表情で心無いことをずっとしてきた! なのに拍子抜けだ。なんだ! その演技は気に食わん。婚約破棄の件は父上に相談させてもらう」

 


 にやつくマリーを抱きしめたまま、オスヴィンは部屋から出て行った。

 すると、部屋には父が入ってきた。

 


「エルミーヌはあれでよかったのかい? オスヴィン君のことが本当は好きだと思っていたから、関係が修復するのを父さんたちは待っていたんだぞ?」


「今となっては記憶がありませんからね。お父様、これから私が生き直すために、貴族のことや常識を教えていただけませんか?」


 

 父は悲しそうに頷くといろいろと話をしてくれた。今週は学校をお休みして、いろいろなことを学び、来週から学校は再開することとなった。

 

 

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