第23話
「明日は記念祭! 特別に安くしてるよー! 寄ってって寄ってって!」
「あの親父の店よりうちのが安いからこっちの方がお得だよ!」
「なんだと!?」
「なんだい!? 本当のことだろう!」
出店の立ち並ぶ通り。
国に訪れた者がまず目にするであろうこの通りではあちこちで客引きの声が飛び交っていた。
「せっかくの祭りだ、いつもと違う服を着てみてはどうですか!」
「記念祭のために特別に取り寄せたんだ! 見てってくれ!」
まだ本番前日だというのにこの騒ぎ。
「ねぇ、祭りって何するの?」
「なんでも王様が厄災を払う何かをお披露目する予定なんだとか」
右後ろの辺りからそんな会話が聞こえてくる。
不思議そうな女の声に、やさしげな口調の男がその疑問に答えている。
男女はこの国の民ではないらしく、出店の品を物珍しそうに眺めていた。
近くの街か、村からでも来たのだろうか。
「俺は今日の内にでかい獲物でも探してくるかな!」
「でもお前、自慢の戦斧この間魔物と戦ったときに折ったとか言ってただろ」
「はっはっは! 景気良く武器屋に行って新しい奴に変えるさ」
「でも武器屋ならこの間からずっと閉まってるぞ」
少し見る場所をかえれば、路地に座り込み、通りの喧騒を眺めていたらしい大男と、その隣にいる頰のこけた男がそんなことを話している。
そう、今日は記念祭前日。
いよいよ作戦本番が迫るこの日。
俺たちは他の奴らと同じように、流れの一部となって歩いていた。
「しかし賑わってるな」
祭りごとというのは例えそれがどんな内容であろうと人が集まるものらしい。
近くに大きな国どころか小さい国すらないというのに一体この人はどこから来ているのか。
「私達も何か足りないものを買っておく?」
ごそごそと背嚢の中身を確かめているルシーが辺りの喧騒にちらりと目を向けながら言う。
「うーん、でもせいぜい布袋が古くなってるくらいだからなぁ」
「じゃあいっか」
さして買い足す必要のあるものはなかったはず。
「にしてもお前、今日は随分気分良さそうだな」
「え?」
「いっつもこの国に入るとむすっとしてただろ?」
大体いつも機嫌悪そうに眉を潜めて、口を尖らせるような態度を取っていた。
「そう? まぁもしいつもよりましに見えるなら明日の本番が楽しみだからかな」
この会話は一見するとただ記念祭を楽しむ観光客か祭りを楽しむ二人組にしか聞こえないだろう。
「まぁ元気そうなら何よりって感じか」
見たところ、当日を目前しても気負うことなく平然としているように見える。
そして俺たちは出店に興奮する人々の流れから外れ、路地裏へと入る。
幅の狭いこの場所を道なりに進み、通りから少し離れた家々の連なる場所へやってきた。
「じゃあ始めよう」
おうと返事をして、俺は背嚢から一つ布袋を取り出してその中身の半分をルシーに手渡す。
明日の本番を前に俺たちが行うこと、それは集めた素材の設置だ。
俺たちが今まで手に入れてきたものを今日中に国の各地に仕掛け、明日の本番に起動させる。
人がいないのを確認して、めぼしい場所を探す。
「どの辺りにするか」
この辺りはこの国の民たちが暮らす住宅地だ。
ここに仕掛けるのは、というか今回各所に仕掛けて回る主なものは今俺たちが手に握っているもの、爆牙だ。
強い衝撃を加えることで起爆し、周囲に爆発と飛び散る骨の牙の破片をばら撒く特性を利用して目立たない所へ突き刺して辺り一帯を爆破してしまおうという魂胆で今周囲を見回している。
地面に突き刺しておけば設置は容易な上、今回俺たちが大量に採取したもちもち草の粘液を使えば大抵の場所には貼り付けられる。
「グロストはもう旅はしないの?」
「そうだな、もう一回してみてもいいかもしれねぇな」
「パーティさえ組めばあの緑龍だってきっと倒せるぞ」
ばっと背中を向いて背負った剣を見せる。
「攻撃役は俺、補助に盾役がいれば何とかなる、だろ?」
「でも最後怒りまくってた緑龍は怖かったから私はもうこりごり」
ルシーが小さく首を振る。
「そう言えばあの時私の血を剣に吸わせてたよね」
「あぁ、この剣は血を吸わせると力を発揮するんだよ」
「へー」
呆けた様な声で相槌を打っていたルシーがふと何か思いついたらしく、ぱんと手を叩く。
「あ、じゃあまた私の血、必要になるかもーー」
「いや、俺以外の他人の血なら誰でもいいんだだから適当な奴を斬ればそれで事足りる」
「そうなんだ」
「あぁ。俺の長年愛用した相棒だからな」
これまでの旅でも何度も助けられた。
「ふふっ、すごいけどそんな凄い剣をキミ一回打っちゃったんだよね」
笑いながら痛いところを突いてくる。
それはもう忘れようとしていたというのに。
「あれは、あの時はもうこの手の依頼を受けることもないだろうと思ってな……」
本当に覚悟の上で手放したのだ。
金に困っていたわけでもなし、この剣を手放すことですっぱりと今までのことにケリをつけよう、と。
「私がその剣だったらしばらく許せないかなー、『都合の良い時必要としてー』って」
あははっ表情を崩し、ほんのり涙を浮かべて笑うルシー。
「そん時はまぁ大人しく詫びるさ」
「どうやって?」
「一回、依頼を受ける」
「国一つぶっ壊してください! なんて言われるかもね」
ぴっと目の前に指を指して言うルシー。
楽しそうにしているその姿。
初めて会ってから随分と距離も縮まった気がする。
「そんなこと頼んできたのはお前が初めてだよ」
「そっかぁ。ふふ、あはははーー」
とコロコロと笑っていたルシーが唐突に糸の切れた人形ののように口を閉じた。
「どうした?」
「ううん、大丈夫。いつもの事……」
「……」
あまりにも突然の態度の変わりよう。
どうしたんだ、と俺は首を傾げる。
さっきまでは普通に、楽しそうにしていたというのに。
ーーいつもの……
そんなことを思った時、ふと前に話していたことを思い出す。
『どれだけ楽しい気分でも、頭をよぎってーー』
そうだ、ルシーは滑り石の平原でそう言っていた。
私はどんな時も、楽しいときや嬉しいときでも急にあの時のことが頭に浮かぶと。
さっきまで笑っていたのが嘘のように表情は暗くなり、目つきも少し鋭い。
「ねぇ、私新しい服が欲しかったの。何着か買っていい?」
そんな時、知らない女の声が聞こえた。
振り向けば腕を組み合った男女が一つの家から扉を開け、出てきていた。
「あぁ、いいとも! 記念祭だからね。きっと君に似合うものがいっぱい売ってるよ」
「やったぁ」
「ははは、お祭りは楽しんでこそだからね」
男女はそんな会話をしつつ、嬉しそうに話していた。
その二人を見たルシーの顔が曇る。
嫌なことを思い出し、水を差されたところにさらに拍車をかけるような光景がルシーの目の前を歩いていく。
「楽しそう。何にも、この祭りがなんで行われるかあいつらは多分全く気にもしてない……」
一瞬にして暗くなった気分は視界にとらえた男女の会話を聞いたことでさらに淀む。
その後も住宅地の中を移動する間、祭りに胸を躍らせる奴らを見るたびにルシーの表情は暗くなっていく。
「許せない……私が、どんな――――」
住宅地には元々かなりの爆牙を仕掛ける予定だった。
そのため、こうして仕掛け終わっては次の家へと移動を繰り返しているのだが、さっき雰囲気が一変してからのルシーの表情も、声音も、どんどんと暗く、冷たくなっていた。
「なぁ」
「…………」
声を掛けるも、気づかない様子で自分の仕掛けた爆牙に向かって何か呟いている。
完全に自分の世界に、今視界に映るもの以外を見ている。
さっき俺が見ていたルシーの姿。
当日を前にしても平然としているように見えたのは勘違いだった。
内側にはしっかりとこれまでの恨みが、憎しみがこぼれそうになっていたのだ。
それが、また一つのきっかけによってこぼれかけている。
――――まぁ、良くねぇよな
明日の作戦は途中までは一緒に行動するが、それからは分担して各々行動するのだ。
仮に、この状態で明日当日を迎えればやってきた衛兵にすぐに捕まることだろう。
分かれた後、俺はとりあえず大丈夫だとしてこいつ一人では心配だ。
もしもルシーが捕まってしまえばそこで終わり。
だからどんな時でも頭は冷静でないといけない。
「おい」
「……」
「おいって!」
肩を揺さぶって大声を出すと、手に持っていた爆牙をぽろりとこぼし俺の顔の方を向いた。
「……あ、えっと」
「えっとじゃねぇよ……」
復讐……想いが強い程に考えられもしないような行動をとり、その執着心は常人に可能な範囲を大幅に超え、辛抱強く、強い意志を持ち続ける。
しかし、想いが強すぎれば視野は狭くなり、足元をすくわれる。
「意思の強さは力にはなるが、盲目的になりすぎるのも良くねぇ」
「うん。ごめん。私も、良くないって分かってる」
頭を振り、わなわなと声が震えている。
感情が渦を巻き、どうすることもできずにもがいて暴れているような、少し感情が溢れれば今にも泣きだしそうな、そんな声。
「でもふとした時に憎いって、そう思って。そうなっちゃうとどんどんそんな感情が込み上げてきて、あふれてくるんだ……」
これは、ルシーが自身の過去にケリをつけることで初めて無くなるものだ。
だから「国を潰す」、これを達成しない限り一生付きまとっていく。
「……」
だが、
目を伏せるルシーに俺は言う。
「ならこいつらに復讐するのを楽しいと思えばどうだ?」
それなら少し考え方を、その方向を変えればいい。
「楽しい?」
「これを仕掛けて事でこいつらがどうなるのか、想像して、どんな悲鳴を上げるのかを考えれば胸がスーッとしないか?」
「これを?」
その場しのぎに過ぎないことは分かっている。
だがこれから戦争を仕掛けようと言う人間がこの精神状態のまま戦うなんてことができるわけがない。
所詮は気休めだ。
だとしても、少しでもルシーの心を落ち着かせることで助かる場面があるかも知れない。
冷静に、周りを見る瞬間が生まれるかもしれない。
ルシーは今とりこぼした爆牙を拾い上げ、目を閉じて何かを想像している。
「なるほど」
少し表情が和らいでいる。
「ほら、ここに突き刺した爆牙が起爆して、辺りが吹っ飛ぶのを想像してみろ」
家を支える箇所、そのすぐそばに爆牙を張り付けて見せる。
「家は爆風で壊れ、中にいた奴らは泣きわめいて外へ逃げだすだろう。けらけらと人の不幸を楽しんでる奴らがあたふたとしながら家の外に出て逃げ惑う」
「っ……!」
ルシーの顔が紅潮していく。そして視線はどこか遠くを見たまま、頭の中に浮かぶ光景に夢中になっている。
「他の奴らもそうだ、壊れた家を見て、呆然とするやつ、訳も分からないまま怒るやつ。だがどいつもこいつも何もできずに次々に起こる爆発に頭を押さえて逃げるしかない」
そこで言葉を切ると、ルシーはうっとりとした表情をしていた。
心ここにあらずと言ったルシーはしばらくしてはっと我に返るとにんまりと口角を上げた。
「ふふ、楽しくなってきた」
「はっ、その調子だ」
そこでルシーは俺の服を引っ張り、
「でも、これってさっき私がぼうっとしてたのと何か違うの?」
そんなことを言うルシーの額を突く。
痛っと小さく声を上げたルシー。
「憎いじゃあキリがねぇだろ? その点この考え方なら想像の中の奴らが死ねばそこで終わる」
「私、毎回そこまで想像するの……」
「何より自分の気分が良くなる」
自慢げにそう言ってやるとルシーは表情を綻ばせた。
そんなこんなで俺たちは住宅街を練り歩き、目ぼしい場所へ爆牙を仕掛けていった。
なるべく人目につかないような、かつなるべく被害が連鎖するように。
まるで悪魔の所業。
――――いや、実際にやろうとしてることは悪魔よりひでぇか
だが同情するつもりはない。
俺はルシーについた。
この国の連中に対する情は、かけてやる情けはすでに期限切れだ。
水滴一つすら存在しない。
これは正義のための戦いではなく復讐のための戦いなのだから。
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