第24話

大通りを回りながらあらゆる路地を歩く。


仕掛けられそうなところには爆牙を。

比較的大きな建物にはもちもち草とふわふわ草を編み込んだものをくっつける。


人が多いため、基本的には消え水を使い、人気がなければ素早く設置して怪しまれる前に速やかにその場を離れる。


「しかしまぁ随分騒がしいな」


どこへ行こうとも絶えずどこかしらから人の声が聞こえて来る。


記念祭の熱気に充てられた人々は皆一様にいつもより興奮しているようだった。


「ちっ」


「抑えろ抑えろ、ほらさっきみたいに」

「そうだった……」


そんなやりとりをしながらある建物の前にたどり着く。


二階建てのそれは他の建物のと比べても大きい。

砂と石を混ぜた材質で作られた茶色く、ところどころ白い模様が混じっている壁。

いくつかついている木の窓は今は締まっている。


「ここか」


それは記念祭当日、俺たちの作戦を左右する場所。


衛兵の宿舎だ。 


何人もの衛兵が出入りする場所が一つ。

記念祭で人が多いせいか、ほとんどの者が忙しそうに駆け回っている。


「で、やるんだよな」


「もちろん」


今回の作戦の肝。

俺たちは人数が少ない。

それを補うためにこれまで有用な素材や、効果的な破壊をもたらすものを集めてきたわけだが。

結局、二人で立ち向かうには相手の戦力を削るのが一番手っ取り早い。


この国は周囲に敵対国や他の国が存在しないためにあまり兵の数がいない。


そもそも戦闘をそこまで考慮していないために兵の能力もそこまで高くない。


とはいえ、二人の人間を相手にしようと思えば数で押し潰すことくらいは容易にできる。


俺たちの主な目的、それはこの国を潰すことだが具体的に何をするかと言えばまず主要な建物、そして国民の済む住宅街、これを破壊しつくす。


当然そんなことをしようとすればすぐに衛兵がやってくる。


数十、数百はいるであろう衛兵から逃げ回ることになっては破壊の限りを尽くす前に捕まってしまうだろう。


そこで俺たちが考えたのは事を起こす前、奴らが俺たちがやろうとしていることを認識する前にこの国から隔離してしまおうという考えだ。


「もう少し頭を低く」


「こうか?」


「そうそう」


効果の切れた消え水をもう一度振りかけるために互いに消え水が入った水袋を手に持ち、互いの身体にかけて姿が消えているかを確認する。


人のいない路地裏でこそこそとする姿はひどく怪しいだろうが、そもそも誰にも見られていないのを確認してからやっているから何も問題はない。


お互いの姿が完全に見えなくなっているのを確認して、さらに布袋を一つ懐から取り出す。


「うっ、やっぱり何回見ても気持ち悪い……」


顔を青くして袋の中身を覗き見るルシー。

そこにはうねうねと身体をよじる虫がひしめき合っている。


これは消え水用に取ってきた水虫だ。


消え水には使用者の足元に水たまりができるという欠点があるため、それを見咎められて潜入がバレないようにするために用意した。


「採りに行くときも悲鳴上げてたよな」


自分の身を顧みない程危険なことをする割にこういうところは女らしいというか。


「キミ、よくそんなの平気で触れるよ、私は無理。巻くときもキミに頼むからね」


「はいはい」


とにかく異常な吸水性能を持つこの虫を足元にできた水たまりに落とし、水を消してしまうことで円滑な潜入ができるというわけだ。


今回は中の構造を調べるため、そして何か情報がないか探るために潜入を行う。


本番は明日、この宿舎に衛兵を閉じ込め、空へと隔離する。

扉をもちもち草で開けられないようにし、宿舎の外壁にふわふわ草を張り付けて吹き飛ばす算段だ。


本当は今日の内にもちもち草等を使って扉を塞いでおきたいところだが、記念祭当日にこの作戦を実行しなければ衛兵たちにバレてしまう。


外壁に張り付けるふわふわ草には消え水をふんだんにかけておけば一晩くらいは持つだろうが、入り口の扉が開かないのはさすがに気づかれる。


「くれぐれも静かにな」


「お互いに、だけど」


そう声を掛け合って俺たちは路地裏から出る。


足早に動き、宿舎の扉前まで移動する。


ーー気づくなよ……、


ここらは声を出さずに動かなくてはならない。


互いに目で合図をし、侵入のタイミングを伺う。


扉が勝手に開閉すれば怪しむものもいるだろう。

ここは誰かが扉を開けた際に紛れ込む。


「ーーっでよぉ、ひでえのーー」


俺たちの後ろ、つまり何処かから戻ってきた衛兵が二人、こっちにくる。

扉の前から音を立てずに一歩左右に避ける。


「すげぇ、人だよ。話を効かない奴は多いし門前だと乱闘騒ぎもあったらしいぜ」


「ったく、せっかく祭りなんだからもっと静かに騒げよなあ」


気怠そうに戻ってきた彼らは肩をぐるぐると回し、かなり疲れた様子だった。


がちゃりと男の一人が扉を開けた。


続いて後に続く男が閉まる扉に手を添えながら中へ入っていく。


そして男が手を離した瞬間、ひと回り背の小さなルシーが足を出して閉まるのを防ぐ。


中に入るルシーの後ろからはさらに俺が。


バレていない。


中に入ると、そこにはあちこちに衛兵の姿。


当然といえば当然だが、あらためて自分たちのやっていることを考えるといつバレるんじゃないかとヒヤヒヤする。


ぴたりと僅かな水音。


俺は急いでルシーと、俺の足元に水虫を一匹ずつ落とした。


一瞬で消失する水。


足元にできた水溜まりに着水した水虫が尋常ではない速さで水を吸収した。


これなら大丈夫そうだ。


後ろを振り返るルシーが俺の顔を見てくる。

一度大きく頷く。


するとルシーは安心したように奥へと進み始めた。


まず目に着いたのは広い空間に並ぶ机、そして椅子。

 

今は隅に片されているがここで食事でも取るのか。

角には階段が見える。

ここから二階に上がるらしい。


衛兵達はここでは立ち止まらず先に歩いていく。


奥にはさらに空間があった。


どこへ繋がっているのか、先の長い通路のようだ。


先ほどの二人が途中で姿を消す。


ーーちっ


衛兵達が曲がった先を尾ける。

扉があった。

開けたいが、さすがにそうする訳にもいかない。


と、周りを見渡すとこの先にも同じような扉が。


運が良いことに、その扉は開いたまま閉められていない。


そろりそろりと足音を消し、水音を鳴らす前に足元に水虫を放って進む。


ーーここは


狭い場所。


衛兵達の寝室だ。

狭っ苦しい部屋には四人分の寝台、荷物や衣類が散らばっていた。

部屋一つに四人。


長い通路の先に、全く同じ扉。


ずらりと並ぶ数は優に二十を超えている。


ーー多いな


心の中で呟く。

この宿舎を浮かせ、明日は一日隔離する予定だが中にこれだけ人がいるなら各々の部屋を密閉してしまえば多少の時間稼ぎになる。

とはいえこの量全てを明日やるとなれば、そうもいかない。


いくつか選び、素早く密閉するのが一番現実的か。


通路の先には何もなかった。


すれ違う衛兵達に気をつけながら俺たちは戻る。


広間まで戻り。


階段を上がった先の二階にも同じような部屋が並んでいた。

数は一階と同じかそれより少し多いかといったところ。

空き部屋もいくつかあったが、基本的な構造は一階と同じ。


全ての衛兵がここで寝泊りしているわけではないにしろ、この数。ここを隔離できれば相当こちらが有利になる。


二階の突き当たりまで確認したところで俺たちは目を合わせ、入り口まで戻った。


※※※※※※※※


深く息を吐き出し、そそくさと逃げ込むように路地裏へと入る。


「はー、バレなかったな」


「もう心臓痛い……」


ようやく声を出してもいい場所に来て、ほっと胸を撫で下ろす。

衛兵とすれ違う度に身体に当たらないように、神経を尖らせていたせいでどっと疲れた。


とにかくこれで目的は達成した。

後は宿舎の外壁にふわふわ草をつけるだけ。


「ーーはは! ーー! ーー」


遠くから大きな笑い声が聞こえてくる。

怒鳴り散らす声やそれを囃し立てる音もする……。


そこらの酒場で騒いでる誰かの声。


まだ陽は落ちていないにも関わらず、気の早い事だ。


「私達も今日の夜は飲もう?」


「いいな」


その声を聞いてルシーがそんなことを提案してきた。

もちろん断るわけもない。


「はぁ、最後の仕上げだな」


「魔法で軽くしようか?」


「頼む」


また消え水をかけなおし、軽くなった身体で宿舎の外壁をよじ登る。

下ではルシーが貼り付ける草を消え水の中へ浸す。

出来上がったそれを俺が受け取り、配置を考えながら貼り付けていく。


ふわふわ草ともちもち草を編みこんだ例の物体はここで使用するために準備したもの、らしい。


もちもち草をナイフで切りつけて中の粘液を滴らせ、ふわふわ草と宿舎の壁がしっかりと張り付くように押し付ける。


濡れていようと問答無用のこの粘着力。

穴ぼこ平原で苦労して取った甲斐があるというもの。


蜘蛛のように壁面を移動し、ふわふわ草が均等に宿舎を持ち上げるよう考えて張り付けいく。


「はぁ、はぁ」


ルシーの魔法のおかげでまだましになっているとはいえこの作業はなかなかしんどいものがある。


ーー風の棒の効力がまたま残っていればもっと楽だったんだがな


ぶちぶちと文句は出るがそれで早く終わるわけではない。


窓から出られる可能性もあるかもしれないと見かけた窓にも全てもちもち草で密閉していく。


そして消え水の効果が消える度に下へと降りてかけ直す。


きっとこの作業が肝になる。そう信じて黙々と作業を行っていく。


時間が経つ度に宿舎の中からもゲラゲラと酔っ払っているような声が聞こえてきた。


愉快に酒盛りをする衛兵達。


片や、蜘蛛男とかして草をへばりつかせる俺。

そしてその補助をするルシー。


やがて完全に陽が落ちた頃。


「終わった……」


「おつかれさまっ」


宿舎の外壁にぐるりとふわふわ草を貼り付け、準備は整った。


「あー、背中が痛ぇ」


「私はずっと上見てたから首が……」


二人して身体をさすりつつ、ひとまずの達成感に浸る。


「ともあれ、これで」


「うん」


互いに視線を合わせ、頷き合う。


「明日を待つだけ……」


これまでの苦労を思い出してか、少し感傷的な気分になっている様子のルシー。


俺からすれば数ヶ月前に手伝い始めた事だが、こいつに取っては何年も、それこそ例のあの日からコツコツと積み上げてきた事だ。


話していないような中にも、苦労は尽きなかっただろう。

悔しさがあっただろう。


それが今、実現せんと目の前に迫っている。


「……」


ルシーは少しの間、そこに立ち尽くしていた。


俺も、何も言わずルシーが再び口を開くまで隣に立ち待った。


「――――せ! ――――け!!!!」


と、宿舎の中の声がわっと大きくなり、何かが倒れるような音が。

これは、二階からか。


さっき見た衛兵たちの部屋で何か騒いでいる気配。


そして次の瞬間にはばきっと二階にあった窓の一つが壊れた。


「っ」


それはちょうど今ルシーが立っている場所の真上にあった窓だった。

壊れた窓の破片がぱらぱらと落ちてくる。


とっさに俺はルシーを押した。

立ち位置を入れ替えるようにルシーがいた場所へ。


瓶の割れる音。


そして俺の身体に落ちてきた何かが降りかかった。


「痛っ」


硬いものが身体にあたり、何かが擦れる感触。


それが俺を経由して地面へ落ちる。


「なんだ?」


落ちてきたものを確認しようとする前に身体が濡れていることに気づいた。


冷たい。


だがただの水ではなかった。

身体に被った液体の強い臭いが鼻を通る。


頭上から大きな笑い声が聞こえた。

顔を上げれば壊れた窓の淵で誰かがいる。


窓が壊れたことで中の声が良く聞こえた。


「痛ぇな、何すんだ!」


「ははっ、足にきてんじゃねえかお前。こりゃ俺の勝ちだな、明日の見回りはお前が変われよ」


「んだぁ? 負けてねぇ俺は! もう一杯よこせ!」


「今度は外に捨てねぇで自分で飲めよ!」


「おら準備しろ! 賭けるやつ――――」


二人の男が何か言い争う声。


そしてその二人を取り囲み、何人かが囃し立てるように笑っていた。


会話の内容から察するにこの液体は、酒か?


「ありがと、グロスト……。うわ、びしょびしょ」


頭から被ったせいで滴が伝い、足まで濡れている。

そんな俺を見てルシーが眉根を寄せた。


「お前、怪我は?」


「私はおかげさまで……」


濡れた俺の前髪を払いつつ、


「あいつら、私たちに気づきもしなかった!」


怒り心頭といった具合に壊れた窓へ視線をやり、怖い形相で睨みつけている。


だが衛兵たちはこちらを覗き込むこともなく、やいやいと彼らだけで盛り上がっていた。


ちらと視線を移し、通りの方を見ると陽が落ちてからが本番だと言わんばかりの人々の熱気。


夜の冷気と共に冷えていく自分とは対照的なその光景。


滴り落ちる滴が地面に染みを作り、ぶるりと寒気がした。


そして今の自分の恰好を顧みてため息が出る。


なんだか急に惨めな気分になってきた。


「早く帰って……」


ルシーがうっと声を漏らす。


「きっつい、何これ」


一歩下がり、鼻をつまんで距離を取るルシーの臭そうな表情を見て、俺はもう一度ため息を吐いた。


※※※※※※※※


「ったくひどい目に遭った」


濡れた服を脱ぎ、替えの服に着替えながらぼやく。


場所はルシーの隠れ家。


建物同士の隙間をどうにか人が住めるように改良したルシー渾身の空間。


そもそも二人入ることを想定していないのと、これまで集めた素材の残りが保管してあるため非常に狭い。


そして目を凝らさないと互いの顔がはっきりと見えない程にうす暗い。


「っし」


身体を小さくしながらなんとか服を着替え終わると濡れ冷えた身体を温めるために布に包まる。


「けっこうあったかいな」


ごわごわと粗悪そうな見た目の割には温い。


いや、風を通さないこの場所のおかげか。


「さらにこれがあれば完璧だね」


そう言って笑うルシーの手には一本の酒。


「おぉ、良いな」


「大事にとっておいたとっておきだよ、二人で飲もう」


ルシーは近くの窪みに手を突っ込み、杯を二つ取り出した。


――――そんなところに……


狭い空間を巧みに使いこなしていた。


ルシーはそれを布で軽く拭い、渡してくる。


「はい」


封を開けた酒を差し出され、受け取った杯を伸ばす。


こぽりこぽりと杯の中へと注がれる酒の香りがほのかに香り、空気にとけていく。


お返しにとルシーの杯に酒を注ぎ、


「「乾杯」」


杯に口をつけ、喉へと酒が流れていく。

胃に落ちた液体に反応した身体をじんわりと熱を帯びる。


鼻から抜ける酒精は何とも心地いい気分をもたらした。


美味い酒だ。


「ふふっ、当たりかも」


「あぁ、美味いな」


思わず飲み過ぎてしまいそうなほど、だが明日も早い。

気を付けなくては。


身体には程よく酒が回り、冷えた身体がぽかぽかと暖まる。


それからあっという間に二杯目を飲み干し、深く息を吐きだした。


「……いよいよ明日だな」


「そうだね」


ぽつりとこぼす言葉にルシーも静かにうなずく。


それから何を言うでもなく、ただ酒を飲む。


閉鎖的な場所故か、外の音はあまり聞こえず、俺たちが身じろぎする音がひと際大きく聞こえる。


くたびれた疲れを癒すように、ゆったりとした心地よい時間が流れる。


と、不意に視線がぶつかりルシーが口を開く。


「それでさ、キミへの報酬のことなんだけど」


穏やかだった表情を一変させて、少し言いにくそうにルシーが切り出した。


「あぁ、その話か」


そう、報酬。

はじめの酒場で言っていた俺に対する報酬の話。

確か私の身体をつけるとかなんとか。


これまでの素材集めの冒険でそれどころではなかった為すっかり忘れていた。

しかし、ここでその話をするということはこいつが払ってくれるつもりがあるというーー。


頭の中に浮かんだ邪な妄想に思わずゴクリと生唾を飲み込む。

酒のせいか、なんなのか身体が少し火照ってきた。


「楽しいって何なのか教えてあげる、そんなことを言ったけど結局私はキミに対して何にもしてあげられなかった……」


ーーあぁ、そっちの話か


一気に冷えた身体、いや頭がルシーの話を冷静に処理していく。


しかし少しがっかりしたような気持ちになるのはふと期待してしまった悲しい男の性か。


「聞いてる?」


「あぁ」


少し聞き流していたとバレないように努めて真面目な声音で返す。

本番を控えているというのにこんなことで信頼関係にヒビが入ってもまずい。


「……まぁ聞いてるならいいや」


少し口をむっとさせたルシーだったが俺を咎めるでもなく杯の中の酒に口をつけた。


しかしそうだった。

あの時の俺は何をしても何を食べても味気なく、怠惰に毎日を過ごしていた。


ーー楽しさ、か。


こいつに会って、依頼を受けて。

それから今日までの日々は随分と早く過ぎ去っていったように思う。


危険なことをしでかすルシーにハラハラして、今までにあまり見ないものをたくさん見て、自分の身体が思いの外鈍っていることに少し落ち込んで。


危うく命を落とす場面もいくつかあった。

久々に味わう高揚感は生きている感じがした。

一つの目的のために身体を酷使し、命懸けで取り組んだ。


「ははっ」


笑いが溢れる。


楽しかった。

ルシーとの冒険は。


依頼人とその護衛のような関係ではあったが共に冒険し、共に飯を食い、共に戦い、共に逃げ回った。


そうだ、これを楽しいと言わずに何を楽しいと言うのか。


「ん? 何?」


突然笑い出した俺をルシーが怪しいものでも見るように覗き込む。


「酔っ払っちゃった?」


「いいや」


視線を上げ、こちらを覗き込むようにしていたルシーの目を見つめる。


「俺は充分、楽しかった」


だから、既に報酬は貰っている。


「でも、私ーー」


驚いたようにぱっと目を見開き、何かを言おうとしたルシーだったが、言葉を飲み込むように途中で口を閉じる。


しかし、一度目を閉じ一瞬何かを考えると


「ううん、そう思ってくれたなら私嬉しい」


そう言って手に持った杯を目で指してくる。


俺は意図を汲み取り、傍の机に置いていた杯を持ち直し、ルシーの杯をへとーー。


「ーーなら私からもう一つお礼」


妖艶に微笑んだルシーは俺が差し出した杯を素通りし、突き出した腕をくぐって近づいてくると背中に手を回した。


「っ」


唇に柔らかい感触。


鼻先同士が触れ合い、少し酒の臭いが香る。


どくんと、心臓が慌てて五回鼓動した所で金髪を靡かせながらルシーは離れた。


「お前……っ」


「ふふっ、びっくりした?」


驚いた俺の顔を見てしてやったりと、悪戯っぽくルシーが笑う。


「これ、前払い。残りは全部終わってから」


ーー覚えてたのか


夜の光が差し込み、ルシーを照らす。


「顔、赤いぞ」


「キミよりはまし」


先程までは少し見えづらかった顔色が光に照らされたことでよく見えた。


「じゃあ精々死なないようにしないとな」


照れくささを誤魔化すように片手を持ち上げる。


「大丈夫。絶対」


鏡に映ったように同じ動作をとるルシー。


互いに口元を緩めながら改めて杯を鳴らす。


「「成功を誓って」」


夜が更けていく。

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