第15話


「はぁぁぁ!」


甲高い咆哮と共に一歩踏み込み、勢いよく腰を捻る。

連動して振られた腕が腰の回転と共に鋭く空気を裂いた。

軸はブレていない。


生み出した力が全て綺麗に腕に伝わり、回転するエネルギーごと滑り石に勢いよく槌を叩きつける。


数日前であれば、ここで打ち損じたような高い音が鳴っていた。

跳ね返された槌が地面に落ちる音共にルシーの呻く声も。


だが、今日は違った。


繰り出された一撃は鈍い音と共に滑り石の芯を捉えた。


直撃の瞬間、衝撃に負けずに槌を振り抜いたことで接触した部分にのみ力が集中した。


結果。


「ーーーー」


槌の一撃を食らった場所からひび割れ、崩壊した滑り石は石故に、鳴き声ひとつあげることなく崩れた。


だが、これが奴の望みだったのだ。


良い一撃だった。


言葉が喋れれば、顔があれば、きっと晴れやかな顔をしていたに違いない。


あれからわずか二日。


驚異的な呑み込みの速さで身体の動かし方を習得したルシーはそれまでとは比べものにならないほどに成長した。

少し足りないかもしれないと思っていた筋力は気合いと、尋常でない熱量で強引に何とかして見せた。


ただ教えただけではこんなにすぐには変化しない。

この異常なまでの成長速度はそれだけ、ルシーの想いが強かったことに他ならない。


一方で、滑り石を砕いた当の本人はポカンと口を開けていた。

まるで今ので壊れるとは思っていなかったと、そんなことを思っていそうな顔だった。


「砕けた……?」


何が起こったのか分からないと固まっていたが、徐々に頭が理解すると緩んでいた顔を弾けさせ、嬉しそう

に笑った。


「やったーー!!!!」


ばっと飛びついてきたルシーを受け止める。

何やらくるくると俺を回そうとしていたようだったが、重いのかぐいぐいと引っ張るだけに終わった。


「やったな」


にやりと、文字通り手を上げて喜ぶルシーに笑いかける。


ルシーはその辺のか弱い少女とは違う。

魔物の出る場所へ、俺が付いているとはいえ同行できる基礎的な身体は出来ていた。


正しい身体の使い方、力の入れ方、ちょっとした技術を伝えて、教えてやればご覧の通り。


特に俺が協力してからのルシーの頑張りは並大抵の者では出来なかっただろう。

彼女の努力が、執念が、今回形となってあらわれたのだ。


ぶんぶんと子供のように首をふり、頷いているルシーが砕け散った滑り石の側へ近寄った。

水でも掬うように、散らばった破片を集めて掌へ載せる。


ん、と突き出してきた掌に載った滑り石の破片は見た目はただの石ころ、岩の欠けらにしか見えなかった。

この実物を見るとこの小さいのがあの国の壁を壊せるのだろうかと疑いの目で見てしまう。


しかし、ルシーは塵ほどもそうは思っていないようで、 


「今のでかい滑り石まで成長するには少し時間がかかるけど、ある程度の大きさだったらすぐだよ、すぐ」


訝しむ俺にいつものように、そう、いつもと同じ表情で説明してくれる。そこにはあれだけの剣幕で怒りを露わにしていたルシーの姿は感じられない。


砕けたこの小さな滑り石の破片はそれぞれがまた今の巨大な滑り石と同じ大きさまで成長できるのだと言う。


あまり小さすぎる破片には成長する力はないが、ある程度の塊には周囲のものを自分のみひくっつける力があるのだと言う。


球場の滑り石はゴロゴロと地を転がることで身体にあらゆるものを付着させ、自身の重さで押しつぶして身の回りに固めてしまうのだという。


時間共に身の回りにくっつく物が増えて大きくなる。

ある程度の大きさまでは直ぐに大きくなり、年月と共にその質を硬く、強固にしていくらしい。


使い方はこの破片を地面にばら撒くだけ。

後は滑り石本来の特性、魔力に反応して転がっていくあの特徴を利用して国の中心まで勝手に転がってもらおうという算段だ。


何にせよ、ルシーが大丈夫だといつなら俺はそれを信じる。


ぎゅっと握りしめた滑り石の破片を見ながらルシーはつぶやく。


「これで、次の場所に行ける……」


――――そう、まだやることはある


早くも次のことを考えているその切り替えのに脱帽しながら、俺は飛散した欠片を残さず布袋に入れていった。


※※※※※※

それから、俺たちは記念祭の日に向けて、あちこちを回った。

残された期間は一週間と少し、その間にできるだけの装備を、準備を進めた。

素材集めは順調に進んだ。


中には入手が大変だったものもあったが大体ルシーの目当てのものは揃えることができた。


爆発を起こす役割として、衝撃によって起爆する性質を持つ爆牙の生える魔物、「散狼」を狩りにいったときには冷やっとした場面もあったが、滑り石を砕く際に教えた身体の使い方が意外な役立ち方をした。


バラバラだった身体の動かし方を学んだことである程度の事には対応出来るようになったのだ。


具体的に言えば魔物に襲われたとき、今までなら俺が守らなくては容易く殺されていたところを、少しの間なら攻撃を躱したり、逃げのびたりすることができるようになった。


爆牙を持つ散狼は群れで動くことが多いため遭遇したときには数が多く、一度ルシーから目を離してしまった瞬間があった。


だが、ルシーは死ななかった。


狼たちの動きをよく見て、自分がどう動いたら良いか身を守る動きを取った。


護衛としては情けない限りだが、護衛対象が少しでも自衛できるかどうかは格段に戦闘を楽にした。


他にも、消し水をしようした際に問題になる足元の水についても対策を練った。

当初は適当に足で引き延ばしてしまえば良い。


なんだったらそのままにしても問題ないでしょ、と楽観的だったルシーへ俺がその考えをあらためるように口を出した。


何か方法はないかと探った結果。


「水虫」と呼ばれる虫を使えばどうにかなるんじゃないかという話になった。

この水虫という虫は水分を吸収し、身体に溜め込んで栄養とするらしい。


その水分を吸収する速度がこの虫一番の特徴で、干からびた大地に水を撒くかの如く。

水たまり程度の水なら一瞬で吸収してしまうという。


そして俺たちはその虫が生息している樹があるという場所へ向かった。


その樹は古く、朽ちかけること意外に何の特徴もなかった。

ボロボロと擦るだけで崩れ落ちる幹を必要以上に傷つけないよう注意しながら、二人で手分けして探す。


大きく繋がった木の皮を引っ剥がしたところで張り付いていた水虫がボロボロと地面を転がった。


ぶよぶよとした虫を想像していたが、実際に見た水虫は硬く、乾燥しきった果物でも触っているかのようだった。


しかしルシーにとってはやはり虫であることには変わらないらしく。


絶叫し、喚くルシーがそれでも唇を噛みしめて布袋に水虫を詰め込んでいる姿は少し面白かった。


やっていたのは素材集めだけでない。


どこに何を配置して、どこを効果的に破壊するか。

それを見極めるために数日に一度国の様子を調べるため、衛兵の巡回時間や、人数。

こちらとあちらの戦力差を改めて確認しつつ、少しでも情報を集めるべく手分けして歩き回った。


――――衛兵の宿舎を何とかできれば俺たちだけでもやれるな。


目的はただ一つ。

完膚なきまでにあの国を破壊しつくすこと。


復興できなくなるほどに、国そのものに打撃を与える。


だが冷静にみて、どうしても後一手が足りないように思える。


記念の準備は着々と進んでおり、すでに後一週間を切った。


残りの時間で、何ができるか。


「ぴよー」


何を用意できるか。


「ぴゅー」


そんなことを考えている横ではルシーが口にくわえた笛を鳴らし、気の抜けるような音を出していた。


首から下げた紐につなげられたそれは以前欲しいとねだられて譲ったもの。


魔法都市の出の逸品だと村の者から買った紛い物。


「まだ持ってたのか」


機嫌が良いのか悪いのか、真顔のままぴーぴーと音を立てている為に判断がつかない。


が、声を掛けるとピクリと反応し、こちらを向いた。

表情が柔らかいから別に機嫌が悪いというわけではなさそうだ。


「ごめん、ちょっと考え事してた。何?」


「あぁ、いや。ただその笛まだ持ってたのかと思っただけだ。」


「笛?」


そういうと、ぶらさがる笛を掴み首を傾げた。

そしてあっ、と何か気づいたように口を開く。


「どうした?」


聞くと、ルシーはふふっと笑みを携えながらやや挑発的な顔をする。


「そういえばキミはこの笛について何も知らないんだよね?」


知らないも何も唯の笛だろう。

何を言ってるんだ? とその挑戦的な視線を見つめ返すとルシーは愉快そうに、俺の正面に躍り出て、


「何を隠そうこの笛が私の切り札、いわゆるとっておきというやつなんだよ」


ぴっと指差してそう言うルシーだったがおれには何の話なんだかさっぱりわからない。


「……とっておきってその笛が? そんなガラクタで何が出来る……、ってかそもそもその笛をやったのは俺だろ?」


何か勘違いしてるんじゃないかと問うがルシーの態度は変わらない。

俺が困惑する様子を見て楽しそうに笑っている。


「ふふっ、そもそも私がなんでこの笛をちょーだいって言ったかわかる?」


そんなの知るわけがない。

てっきり暇つぶしの道具が欲しかったか、装飾が気に入ったもんだと思っていたが、この分だと違うらしい。


わからんと、首を振るとルシーは指差した人差し指を左右に振り、「分かってないなー」と一言。


だからわからねぇって言っただろと言いたい気持ちはひとまず飲み込み、ルシーの言葉を待つ。


「それはねー」


いやにもったいぶるな。

などと考えていた俺の思考は次のルシーの言葉で吹き飛んだ。


「これが正真正銘、本物の魔法都市産の魔導具だから!」


どうだと自慢げな顔のルシーを思わず見つめる。

魔法都市産の、魔導具……。


本物の?


「嘘つけ、だってそれは吹いてもただ間抜けな音がなるだけでーー」


「それは使い方、正確にいえば必要なものが揃ってないから効果を発動しないだけ」


必要なもの……?

そんなの魔力以外に何かあるのか。


確かに俺には魔力がない。

だが村にいた魔力持ちの男に代わりに吹いてもらった時も何も起きなかった。


事実魔法が使えるルシーが今笛を吹いていても何も起きていない。

だからてっきり使えないガラクタだとばかり思っていたが。


「そもそも私がキミに近づいたのだってこの笛を持ってたからだしね」


「どういうことだ?」


この笛を目当てに?

あの酒場でわざわざ俺に近づいてきたのは理由があったから……。


「私はその笛をずっと探してた。何年か前から、それこそ私が復讐を誓った頃、この辺りに強力な魔導具があるって噂を聞いたの。調べたら魔法都市って呼ばれる所から出た魔導具はどれもこれも強力な力があって、それ一つで国と渡り合うくらいの力を持つものもあるって」


言われて見ればこいつは俺の腕を知って依頼してきたわけではない。

国潰しの為に人手を集める金がないのにも関わらず、俺一人に、依頼を頼むのも変な話だ。


「それまで魔導具ってあんまり知らなかったけど魔法を使える私ならもしかしたら使えるかもって思って。それからその魔導具について調べてたの。でも全然見つからなかった。その魔導具についての情報、使い方とか、どんな力を持ってるのかってことは耳に入ってきたんだけど肝心の魔導具がどこにあるのかわからなかった」


そこで再び俺のことを指差し、にこりと微笑む。


「そんな時、キミがあの村から笛を加えながら出てくのを見たんだ! だからこっそりキミの跡をつけてどうしようか考えてたの」


あの村からついて来てたのか。

それで酒場で一息ついたところを……。


と、そこまで言ったところで立ち止まる俺に向かって一歩踏み込み、すぐそばまで距離を詰めて来たルシーが照れ臭そうに俺の胸を小突く。


「あの、勘違いしないで欲しくて。あの時はもちろん笛だけ手に入れれば良かったんだけど、今は違うからね? その、キミに頼んでよかったなーって思ってるし、キミが手伝ってくれるから、私はーー」


「何もごもご言ってんだ。わざわざそんなこと言わなくても良いっての」


途中で目を伏せてそんな言葉をつらつらと並べ立てるルシーの頭をがっと鷲掴みにして多少荒めに撫でる。


「わっ、何!?」


わしゃわしゃと動かした手を小さな悲鳴を上げて払い除けたルシーは恨めしそうな目でこちらを睨みつけた。

俺はその視線を笑い飛ばして、言う。


「今更そんなこと気にしたって仕方ねぇだろ。この俺が最後まで手伝ってやるんだ。今はどうやって作戦を成功させるかに集中してな」


「え、最後まで……?」


ルシーがきょとんと耳を疑うような顔をする。


「俺も言ってなかったがな。素材集めだけじゃなく最後まで、まぁお前に協力してやるよ」


「最後までってつまり?」


「はじめにお前が言ってただろ? 一緒にあの国ぶっ壊そうぜってことだ」


「……!」


今まで口ではなんのかんのと言っていたが本当に共に戦地に来てくれるとは思っていなかったのかルシーが嬉しさを溢れさせんばかりに破顔する。


「とは言っても人数は二人だ。苦しい事には変わりねぇ」


「それでも、これまでの倍の戦力だよ!」


ルシーはぴょんぴょんと跳ねながら喜びを表現するかの如く俺の周りをぐるりと回っている。

その姿に少し苦笑しながら俺は聴きそびれていた部分へ話を戻す。


「それで、その笛が本当に魔法都市のものならどうやって使うんだ?」


これまで準備して来た素材達に、俺とルシー。

決定打に掛けると思っていたところだ。

魔法都市の魔導具なら使いこなせれば相当に強力な武器になる。


「必要なものがあるって言ったでしょ。この笛にはあるものを入れる為にここに穴が空いてるの」


言いつつ見せられた笛の部分には確かに何かを入れる為の窪みのような穴があった。


「ここに入れるのはある生き物の血」


「血?」


魔導具に血……。

その話には少し思い当たる節がある。


「もう記念祭まで一週間を切ってる。だから次に向かうのが時間的に最後になるかな。そしてその素材がある場所は」


そう言ってルシーが示すのは風が強く吹き付ける方向。


あの場所は。


「龍の谷。この笛を起動させるにはあそこに住む龍の血が必要なんだ」

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