第13話

コツコツと足音が響く。

土を踏みしめる音ではなくまるで石畳の上を歩いているような、そんな音。

そこはその足音以外の音が聞こえない程に静かな場所だった。


「もう身体の方は大丈夫?」


ルシーと合流した俺が歩いているのは石の平原。

地面は土ではなく、薄く伸ばした石を敷き詰めた様な平らな土地。


横を歩くルシーと共にもう半日近く歩いているが生き物の気配が全くしない。


「あぁ、十分すぎるくらいだ」


いつでも戦闘できると意気込んできたもののこの様子では魔物に一匹遭遇するかどうかすら怪しい。

それなら良かったと微笑んだルシーはそこで俺から視線を切って、辺りをぐるりと見渡す。


「それにしてもこんなに静かな場所とは思わなかった……」


両手を横に伸ばし、とんとん、と踊るようにステップを踏む。


どうやらルシーも想定外だったらしく、魔物への警戒はずいぶんおざなりになっている。


「そうだな」


「これなら休息期間なくても大丈夫だったかもねー」


ゆっくりしすぎちゃったと、話すルシー。


そんな無邪気に見えるルシーの足取りはいつもより少し速い。

多少とばしたところで、この様子なら戦闘もないだろうから体力的には問題はない。

だが、ルシーが急いでいる理由はそれとは違うようだった。


「『滑り石』の情報まで間違ってないよな?」


「それは大丈夫だと思うけど」


ルシーが言葉を切って、俺に見せつけるかのように腕で平原を示す。


「いかにも転がってそうな場所でしょ? これでなかったら嘘だよ」


俺たちの次の目的は滑り石の入手。

この石の平原にあるというそれは巨大な岩だ。

魔力に反応してどこまでも転がり、勢いよくぶつかってくるのが特徴で、今回はこの岩を手に入れようとここにやってきた。


確かにルシーの言う通り、その石があるとすればここ以上にふさわしい場所はないだろう。

すぐそこに転がっていても違和感がない。

ちなみに何故岩なのに石という名前がついているのかというと、


「よそ見しないでちゃんと探してね! 育ってれば岩くらいの大きさだけど、成長する前は小さい石ころサイズなんだから!」


とのことだ。


静かな平原を二人してキョロキョロと首を動かしながら歩く。

その光景はこの何もない場所において相当珍妙な姿に見えるだろう。

滑り石との衝突を恐れて旅人が通らないのが救いだ。

変人の謗りを受けなくて済む。


そんな風にして滑り石を探しながら、俺は昨日のエルの言葉について考えていた。


『このままでは、きっと死ぬ』


暴れるだけ暴れた後、騒ぎに乗じてとんずら、危なくなったら逃げればいい。

そしてその手助けくらいならしてやろう、と軽い気持ちでいた俺にとってエルの言葉は冷や水をぶっかけられたようなものだ。


作戦が全部うまく運ぶとは思っていなかったにしろ、熱意に溢れるルシーに、素材集めも順調に進んでいる。

あの胸糞悪い国の連中に一発は手痛い一撃を食らわせられると今でも思っている。


だがエルの言葉通りなら俺がルシーに協力し続ければその先に待っているのは死……。


今もルシーが死地へ向かおうとする手伝いをしている事になる。


一撃いれようが、生きて帰ってこなくてはダメだ。


俺はルシーを死なせたくはない。


以前の少年のよりもずっとその気持ちは大きい。


共に冒険して、飯を食って言葉を交わした。


人となりを知った。もう知ってしまったのだ。


ならば俺は何をするべきか。


ルシーを死なせないために……。


エルからの情報を伝える……、意味がない。

あいつもよく知らなかったようだし、そんな曖昧な情報でルシーは言いくるめられない。


ーーってかあいつ、どうせならもっと詳しく教えろよっ


中途半端な情報に踊らされているこの感じ。


すごくイライラする。


そもそもあいつの言う隠しダネってなんだ。


あんな小さい国が持つものなんてたかが知れてそうなもんだが。


ーー誰か強力な用心棒でも雇ったか?


この一帯で有名な人物…………、出てこない。

数年この稼業から離れていたのもあって周りの奴のことなんて知らない。


何かの魔導具か……?


それならまだなくはないか。


だが魔導具といってもどんな効果が分かっていなければなんの対策も取れない。


ーーもっとちゃんとした情報持ってこいよ……


だが無視するのは一番マズイ。

あいつが忠告するということはそれなりに危険なものの可能性が高い。

それだけは経験則で知っている。


何か分からないが迂闊に突っ込むと殺される何かをあの国は所有している。


「うーん……」


唸っていると、視界にあるものが映った。


「ん?」


跡だ。


何かが通り過ぎた跡。


足場の石がごっそりと抉れている。

ここの地面は土ではなく、硬い石だからあんな跡はそうそう付かないと思うが……。


削れた跡を視線で辿る。


するとその先にある跡は一つだけでなく、同じような跡がいくつも地面を抉っていた。

削れた跡はまだ荒い。

雨風で表面が丸くなる前の状態だ。


ということは、この跡はまだ出来て間もないということ。


――――音がする。


答え合わせをするように。

ガリガリと石を削るような音が聞こえた。


岩だ。

俺の背丈を超える程の大きさの岩が地面を削りながら動いていた。


「当たり! そのでかいの欲しい!」


同じタイミングで滑り石を確認したらしいルシーが大声で叫ぶ。


欲しいと言われても。


持ってきた槌を握る。


「慣れねぇな」


滑り石を使うにはそれを砕く必要がある。

刃物以外の獲物は不慣れだが、


「ふっ」


滑り石はまだこちらに気づいていない。

重そうな音を立てながらゴロゴロと移動している。

どこが前だか後ろだかはわからないが、


――――一発で粉々にしてやる!


一瞬で距離を詰め、背面まで振りかぶった槌を叩き付ける。

槌が滑り石に当たる寸前、等間隔で転がっていた滑り石が加速した。


「っ!?」


予備動作もなく、唐突に加速した滑り石に驚いて振り下ろした槌は滑り石を掠めるに終わる。


「なんだ、急に」


大きく音を立て、勢いよく転がりだした滑り石が方向転換してこちらに突っ込んでくる。

その巨大な質量は人一人など容易く踏みつぶす破壊力がある。


だが、


「向かってくるならありがてぇ」


腰だめに槌を構え、突っ込んでくる滑り石に狙いを定める。

あの速度で突っ込んで来るなら芯を捉えて槌を振るえばまず間違いなく粉砕できる。


――――さぁ、こい


目を細め、溜めた力を爆発させるタイミングをうかがう。


「ん!?」


だが、滑り石は途中、その軌道を変えた。

俺に向かっていた軌道を曲げ、大きく幅を開けて俺の隣を通り過ぎていく。


「なんでこっちくるのーー!?」


通り過ぎた滑り石は俺の後ろにいたルシーを追い回す。

すぐに反転し、滑り石へと接近。

ルシーのことしか認識していないのか俺への警戒はない。


「らぁ!」


勢いよく振り回した槌がゴロゴロと転がる滑り石の側面へ入る。


衝撃音。


「ぐっ!」


握っていた槌ごしに強烈な反動が手に跳ね返ってきた。


なんだこの硬さは。


手応えどころではない。

渾身の一撃だったが、表面を傷つける程度にしか効いていない。

じんじんと痺れる手は危うく槌を手放しそうになるほどで、固まってしまったように指が動かない。


その間にも滑り石は執拗にルシーをつけ回す。


「……?」


そこであることに気づいた。


ーー遅ぇ……?


ルシーを追い回す滑り石の速度は俺の横を抜けて行った時よりもずっと遅く、動きも鈍い。

今もなおルシーが逃げ続けていられるのがそれだ。


なんだ?


と、そこで逃げ惑っていたルシーが躓く。


「あっ」


潰される……。

地面に倒れ込んだルシーへと滑り石が転がっていく。無防備に晒されたルシーの身体を無情にも滑り石は勢いよく踏み潰す……ことはなかった。


ピタリと。


滑り石はルシーのすぐ前で動きを止めたのだ。

明らかにルシーを潰さないようにして。


「ひゃぁーっ!」


バタバタと足を動かし、慌てて立ち上がったルシーが再び逃げ出すと静止していた滑り石も動き出す。


「どうなってるんだ?」


だがやはりいつまで経ってもルシーは滑り石に轢かれることなく、そんなことに気付いた様子もないルシーはひたすらに前を向きながら逃げ続けた。

俺は不可解だと首をひねりながらしばらくその様子を眺めていた。


「ーーはぁ、はぁ……」


静かな平原に、力付きて仰向けに倒れ込んだルシーの荒い息遣いが広がる。

その側に寄り添うように、滑り石はいた。


「随分懐かれたみたいだな」


地面に転がったままのルシーを見下ろしながら俺は声を掛ける。

恨めしげな顔をしながらこちらを睨むルシーが

胸に手を当て、息を整えながら言う。


「ふー、ふー……。途中から、助ける気なかったでしょ」


「最初はやばいと思ったが、大丈夫そうだったんでまぁ」


滑り石がルシーを引き潰すことはないと早い段階で分かったため、しばらく様子を見ていた。

じとっとした目をあえて見ないようにして、俺は動かない滑り石をコツコツと手の甲で叩く。


「にしても、なんでこいつルシーは引き潰そうとしねぇんだ?」


よろよろと疲労した様子のルシーへと問う。


「なんでって言われても……。そんな分からないこと考えるより、早くそれを割ってよ」


誤魔化すような俺の態度に不満らしいルシーは口を膨らませて、少し棘のある口調で言った。


「それなんだがよ」


俺は薄めのルシーに見せつけるように槌を構えると、背中までぐっと引っ張り、


「おぉぉぉあ!」


身体の回転を加え、可能な限りの破壊力を生み出さんと叩きつけられた槌が滑り石へと直撃する。

同時に硬い音が鳴り響く。


「くぅーー!!」


激しい手の痺れに槌を取り落とし、俺はまいったと伝わるように手をあげた。


「ご覧の通り。どうしようもない」


手抜きではなく本気の一撃でこれだ、ビクともしない。

砕ける光景が思い浮かばないほど、異常な硬さ。

どうしたもんかね、と目線で訴えてみるとルシーは顎に手を当て、何かを思い出すように地面の一点を見つめ出した。


「………あっ」


不意にルシーが声を上げる。


「何かわかったか?」


「確か、滑り石には強い破滅願望があるの」


「破滅願望?」


このでかい岩にそんなものがあるのか。

というよりなぜただの岩にそんなものが。


「気に入った相手を見つけると、その相手に自分を壊してもらいたがるんだって。その相手以外の相手には

自分を壊されないように身体を硬くして、その、意中の人には自分を壊してもらうまでつけ回すって聞いたような……」


「……」


俺とルシーは無言で見つめ合う。

すくっと立ち上がったルシーが滑り石を見つつ、一歩後退する。


すると滑り石も同じようにゴロリと僅かに動き、ルシーとの距離を埋める。

一歩歩いては距離を詰められ、二歩動いては跡をつけられる。


俺のことは眼中にないようで、滑り石はルシーの一挙手一投足に反応して動いた。


「気に入られたみたいだな」


ぱちぱちと拍手を送る。

俺の目は今どんなことになっているだろうか。

目の前で巨大な岩にじゃれつかれるルシーの姿を見て、俺は細かいことを考えるのをやめた。


「ってことは俺がこいつを砕くより、お前がこの岩を砕いた方が手っ取り早そうだ」


意中の相手がルシーならば俺にできることはない。


「キミが頑張って叩き壊してくれれば……」


「これ以上やったら手がいかれちまうよ」


ぷらぷらと持ち上げた手を振って見せる。


「私が、これを砕くの……」


俺の返事に肩を落としたルシーが自身の背丈の倍はある滑り石を茫然と見上げる。

慄くルシーの側で返事をするように、ズンと滑り石が音を立てた。

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