第12話


身体の傷を治すため、少しの間休息期間を取ろうという話になった。

穴を掘るだけでひーひー言ってるようでは肝心な時に命を落とす。

時間に余裕はないけど、ここは慎重にいこうとルシーが言い出したのだ。


『キミが思いのほか強かったから、採取予定だった素材たちも全部集まりそうだし』


とのこと。


もちもち草とふわふわ草をあれだけ採取できたのは大収穫だったらしい。

大収穫と言えば獣車へ戻った後、思わぬ拾い物を見つけた。


『俺の剣じゃねえか……!』


武器屋に打った後買い戻そうとしたらすでに売られていたと聞いていた俺の相棒が木片の残骸の中から出てきたのだ。

刃が欠けているというわけでもなく、売ったときと同じ状態で荷台の中に埋もれていた。


『売られたってのは嘘だったのか』


あの時、あの下衆ジジイは買い戻されまいとハッタリを言っていたのだ。

そんなところから騙されていたとわかり、あの下衆ジジイへの怒りがさらにましたが、ひとまず武器が戻ってきたことに安堵した。


『そうしてるとなんだか、「剣士」って感じだね』


『そうか?』


感じも何も剣士なわけだから、そう見えるのも当然といえば当然だ。

逆に今までそうは見えていなかったと、そういうことなのだろうか。


『だってナイフを使う剣士なんていないでしょ?』


それはそうだ。

剣士だからどうというわけでもなし、そういうことにしておこう。


『やっぱり馴染むな……』


期間で言えば手元を離れていたのは精々数週間だというのに。

肩に背負った重みがもはや懐かしさすら覚える。


『そんなに大事ならはじめから手放さなきゃいいのに』


ポツリと溢れたルシーの言葉が耳に痛かったが、何はともあれこうして俺の装備は整った。



門を通り過ぎ、気のせいか少し気だるそうなルシーと並んで歩く。


「どうしたの? あ、もしかして私と別れるのが寂しかったり?」


「んなわけ」


傷を治す期間を設けようと言ったのはルシーではあるが、


ーー我慢、してるよな


時間は有限だ。


おまけに祭りまでに準備することはまだまだある。


ここで足止めを喰らうのはルシーとしてもかなりもどかしいはず。

なのにそれを俺に気取られないように振る舞っている。


「……」


もしも俺が剣を手放さず、もちもち草との戦闘にこの剣を使えていれば。


もしも俺に数年ぶりの戦闘でなければ。


こんな怪我はせず、次の素材を調達に行けたというのに。


「なんか、元気ないね」


「……」


ーー情けねえ


パーティで狩るような相手だったとしてもここまで無様を晒すこともなかったろう。


「……」


「その割にはこっちをじっと見て……」


今も、俺を気遣うような視線を送ってきている。


「ちょっと……」


こんな目を向けられるのはいつぶりか。


「なに……?」


なんとも自分がふがいない。


「もう!」


「うぉ!」


突然大声を上げたルシーに少し驚いた。


「じろじろなんで見てくるの?」


「いや、別に」


そんなに不躾に見ていただろうか。


ぼぅっとしていたせいでよく覚えていない。


「とにかく、早く治してね!」


ルシーはついに俺の視線に耐えきれないとばかりに、さっさと合流日を伝えると大通りの方へと行ってしまった。


「……」


身体が痛いのは事実だし、依頼人がこういうのであれば俺としては反対することもない。

重い身体を引きずって、以前泊まった宿へと歩き出した。


米米米米米米米米米米


ーーそれから3日が経った。


「暇だ……」


寝床に腰かけたまま、独りごちる。

何もやることがない。


身体の調子は良くなってきているが、このまま宿に引きこもっていたら今度は頭がおかしくなってしまう。


もう何日かすれば全快するだろうし、今のうちに次の素材集めの準備をしておくか、と俺は壁にかけておいた外套を着て外へ出た。


「武器は……いいとして」


身につける防具も今のところ壊れてはいない。

食料はまだ買うには早いから、使えそうな道具でも探すか。

必ず役に立つ道具というのは案外存在しない。


たまたま持っていた道具が思わぬ使い方で活躍した、なんてことがざらにあるため、

これを持っておけば間違いないという道具はそこまで多くないのだ。


あらかじめ向かう場所がわかっていればその付近に出現する魔物の情報や、地形の知識。

天候状態から持っていくものを決めるのだが次に向かう場所を俺は知らされていない。


だから何を準備しておけばいいかわからない。

そこで、ひとまず先の二回、消し水の森と、穴ぼこ草原で消耗し、無くなったナイフを買いに来た。


本来ナイフは武器として使うのではなく、素材の剥ぎ取りや食料を切り分けたり、雑多な用途で使うことが多い。


次にどこへ向かうのか知らないがあって困ることはない。

まう開くことのないだろう武器屋を一瞥し、素通りして店の立ち並ぶ通りを歩く。


がやがやとした喧噪が耳にはいってきた。


ーーうるせぇ


この間目にした光景と、草原でのことがちらついて妙に喧騒が癪に触る。

当初、ルシーと出会う前、家でも構えようと思っていたとは思えないほど居心地が悪く感じた。


ーーなんでだ


どうして今さらそんなことが気になったのか。

考えながら道を歩く。

見方を変えれば目に映る光景はまるで別のものになる。

ルシーに出会う前、何とも思わなかった笑い声が、今では酷く不快なものに聞こえる。


眉間に皺を寄せながら、店の扉を開く。

入ってきた客を迎えるため、こちらに向けられた視線。

それにはどんな感情が込められているのか、ささくれだった感情が、その視線を向けられるのを嫌った。


さっとナイフを選び購入して、足早に店を出る。

時間を潰すつもりが、ものの数分で出てきてしまった。


ーー気分悪りぃ


空を見上げながら、ぎゅっと目を瞑る。

今は何をしても気が晴れなさそうな気がした。


そういっても宿に帰りたくもない。


目的もなくぼうっと、足の向くままに歩き続ける。

どうしたらこの気持ちがスッキリするか、何をすれば、何をするか。

ぐるぐるとそんなしょうもないことを考える。


ふと、

正面からやってくる二人組が目に入った。


お互い何の話に夢中になっているのか時折りケラケラと笑い、何か話している。

周囲の喧騒など関係ないと、互いに身振り手振りをしながら笑いあっている二人を見て、


ーーあいつがいれば、少しは


「…………っ!」


今、何を考えた。


我に返って思わず立ち止まる。

後ろを歩いていた男が邪魔くさそうに横から抜けていく。

しかしそんなことはどうでもいい。


今脳裏をよぎった考えが、自分でも信じられなかった。

何だか妙に恥ずかしさを感じて、身体が熱くなる。


コロコロと鈴のように笑うルシーの声がしないから。

俺をからかってばかりいるあいつが隣りにいないから、こんなに周りがうるさく聞こえるのか?


ーーそれじゃ、本当に寂しがってるみたいじゃねぇか!


いくらしばらくぶりに人と接したからといって数日離れただけでもの寂しく感じるとは。


そんな情けない自分を認めなくて、しかし実際否定し難いのもわかっていて。


「ぐ、んぅぅぅ」


ぐっと悶えていると、


「何してるんですか? こんなところで」


聞いたことのある声が掛けられた。

それは久しく、あの時パーティを抜けた時から聞いていない声。


「エル……?」


顔を上げたそこにはやはり見覚えのある顔。

かつてのパーティメンバー。

エルシードルが意外なものを見る目でこちらを見ていた。


※※※※※※※


「酒二つーー!」


椅子に座りながら、大声で注文を頼む。

通りから場所を変え、座れるところを探した結果の酒場『膝崩れ』。


相変わらずざわざわと騒がしい店だが、その騒がしさすらもこいつと一緒にいると懐かしく感じる。

以前は大体打ち上げやら作戦会議やらをするのには必ずこんな感じのうるさい酒場で、顔を赤くしながらやいやいと酒を飲んだものだ。


「僕は別に飲む気はなかったんですが……」


苦笑しつつ、向かいの席に座ったエルが仕方ない、と言いたげに話しかけてくる。


中肉中背。

ほっそりとした身体つきはとても素材屋として活動している人間とは思えない程華奢だ。


喋り方も相変わらず真面目腐った口調で、まるで変っていない。


「三年振りくらいか」


俺がパーティを抜けてから皆とは一度も会っていない。

今口にしてみてもうそんなに時間が経ったのかと、月日の流れを感じた。


「もうそんなになりますか、早いもんですねぇ」


エルも俺の話に同調するように喋る。


「それにしてもまさかこんなところでお前に会うとはな」


「それはお互い様じゃないですか、あなたこそこんな国で何をしてるんですか? 往来でぼーっと立ったたりしてかなり目立ってましたよ」


「俺はまぁなんとなく流れてきたというか、ぶらぶらしてたら辿り着いたっていうかそんな感じだ。」


呆れた顔で話すエル。

あぁ、こんな喋り方だったそうだったと懐かしみながら適当に返事を返す。


ふむふむと相槌を打っているエルはさして追求してくることもなくうなづいている。

元々俺は適当な性格をしてることはわかっているから、おかしいとも思わないのだろう。


だが俺は一つ気になることがある。

こいつがここにいるということは、近くにあいつらもいるのだろうか。


「お前はどうしてこの国に? あいつらはどうしたんだ?」


そう思い、運ばれてきた酒を口に含みながら聞くと


「いませんよ。パーティはもう解散しました」


エルはこともなげにそう、口にした。


静かに話された言葉に、俺は「そうか」と返す。


予想はしていた。

おそらく、俺が抜けた後、さほど活動することなく解散したであろうことは想像に容易かった。


パーティとは一人欠ければそれだけでぽっかりと埋めにくい穴が空くもの。そしてそれが違和感となってパーティの形を歪にする。


その穴は代わりの人材や、互いの絆を深めあって埋める場合も存在するが、大抵の場合は生まれた違和感を消すことができずに、元の形を求めるうちに瓦解していく。


「…………悪かったな」


パーティを抜けたいと言ったのは俺の意思だ。

俺が抜けることで、あのパーティを壊してしまったという罪悪感。

勝手な真似をしたという自覚から、そんな言葉が出た。


「何いきなり謝ってるんですか、気持ち悪いなぁ。別に誰も気にしてないですよ」


そういってため息を吐いたエルは続けて


「はじめから各々自由にするのが僕たちの方針だったじゃないですか。当然辞めるのだって自由ですよ。解散したのはまぁ、タイミングが噛み合ったからですって」


それだけです。と話すエルの口調には含みや嘘をついている感じはしない。


ただ、事実だけを述べているだけ。

俺の勘違いでなければ、そう聞こえた。


エルはこちらを一瞥したあと、話を変えるように口を開く。


「しかしこの国はひどいですね。大通りであんなに堂々と人攫いが起きてるのを皆平然とした顔で見てるんですよ?」


あの胸糞悪い光景をこいつも見たらしい。

嫌なものをみた、と語るその表情は苦いものを食べたような顔だ。


エルはなみなみと注がれた杯を傾け、口に入れると渋い顔をして口元をぬぐう。


「うわ、何ですかこの酒……」


「この国ではまだマシな方だぞ?」


「えぇ、本当ですか? 早いとこ違う国に行きたいなぁ」


ぼやくエルの言葉が引っかかる。

行きたいなら好きな時に行けばいい。

だが、それはまるでしばらくはこの国にいるような口ぶりだった。


「なんか用でもあるのか?」


ここに留まらないといけない用事が。


「あぁ、そういえばまだこの国に来た理由を話してませんでしたね」


忘れていた、とエルが続ける。


「こんな辺鄙なとこに来たのはですね、なんでもこの近くに魔法都市から出たという魔道具があるらしいんですよ」


「魔法都市の……」


魔法都市産の魔道具……なんだか聞き覚えがある。


「わざわざ谷を迂回してくるのは面倒だったんですけど、あの魔法都市の魔道具が目にできるかもしれないと思ったら、足くらいはこんでもいいかと思いまして」


大変でしたよ、と語るエルに俺は躊躇うことなくはっきりと言った。


「その情報、間違ってるぞ」


笑みを浮かべて、実にわくわくした表情をしているエルには悪いがおそらくそれは嘘だ。

つい先日国近くの村で似たような謳い文句の笛を買った。


あれは普通の笛だった。


そう、ただの笛だ。

無駄にわくわくさせられた俺の気持ちと共に、あのやるせない音色はまだ耳に残っている。

目を丸くしているエルにそう伝えてやると


「……じゃあ僕がここ2週間探し回ってたのは無駄だったってことですか」


はぁ、と溜息をつくエルは今日一番のがっかりした顔で卓に突っ伏した。


「ならわざわざ記念祭までこの国にいる理由もないですね……」


そしてすぐさま上体を起こし、やけだ、と言わんばかりに杯に残った酒を一気に飲み干した。


「記念祭まではいるつもりだったのか」


「えぇ。先日この国の王様にぜひ見ていくよう言われまして」


さらりと出てきた単語に俺は目を見開いた。


「あ? 王様だと?」


「そうです。衛兵に連れられて王居の中まで行きまして、言ってしまえば勧誘ですね。俺に雇われる気はな

いか、と」


国の王自ら呼び立てるとは……こいついつからそんなに有名になったんだ。


「そんな不満そうな顔をされましても。あなたいっつも怪我やらなんやらで公の場にいなかったんですから名前が広まってないのはしょうがないですよ」


別に不満そうな顔をしていたつもりはないが……。


「なんて返事したんだ?」


「断ったに決まってるじゃないですか。誰がこんな感じの悪い国に住もうと思うんですか」


当たり前でしょう、と憤慨するエルの言葉が耳に痛い。


「だ、だよなぁ」


良かった。

早まって家なんて買わなくて良かった。


「あの王にして、この国ありといった風に勘に触るおっさんでした。こんな小さな国であれだけ威張られてもこっちだって反応に困りますよ」


どうやら王もだいぶクソ野郎らしい。

かなりイラついたらしく、エルはしばらくぶちぶちとその時の愚痴を吐き続けた。


その後、互いの思い出話なんかを思い出しながら酒を飲み交わした。

あれだけ酒に文句を垂れていたエルも酔ってしまえば細かい味の違いなど関係ない。


もはや水と同じと、飲み干した杯が積み重なっていった。

卓が空の杯で埋まる頃、顔を赤くしたエルが先ほどよりも少し大きな声で言う。


「そういえばさっき言っていた笛はどこにあるんですか、見せてくださいよ」


ずいっと差し出された手に俺は


「今はねぇよ、連れに渡しちまったんだ」


今はルシーが持っている。

この間、野宿しているときにいらないならくれと言ってきたので渡してしまったのだ。


あいつは酒場でピーピーと情けない音を出していたのをみていたはずだが、何故あんなのが欲しいのか。

女ってのはよくわからない生き物だ。

残念がるかと思ったが、エルが反応したのは別のところだった。


「ん? 連れ?」


手を差し出したまま意外な言葉を聞いたと言うようにこちらを見てくる。


「誰かと一緒に行動してるんですか?」


「依頼人だよ。金髪の女なんだがな、こいつがよぉーーーーーーーー」


酔っ払いとは口の軽くなる生き物である。

気分が良ければ良いだけ、その分だけいつも抑えていた部分を取っ払ってしまうのだ。


特にシラフでは話てはいけないと思っていることでも、ふわふわとした酩酊感がどことなく夢の中にいるような気分にさせる。


「でな、その為に俺が素材を集める依頼を受けてるってわけだ」


「一人でやるつもりなんですか、その娘。あなたが一緒にってことは?」


「いやぁ、ねえよ。小国つっても国だぜ? さすがにそこまでは手伝わねえ。まぁ逃げるってなったらそれくらいは手伝ってやろうとは思ってるがな――――」


俺は気づけばベラベラとつい最近のことをあらかた話してしまった。

そしてこの手のは大概言い終わった後に気づく。


ーーっやべ。迂闊なこと言っちまったか?


今俺がどんな依頼を受けているのか、そのために何をしてるのかまで喋ってしまった。

途中から相槌を打つばかりで何も言わなくなってしまったエルを恐る恐る見る。


さすがにこれがきっかけであいつの計画が破綻したら申し訳が立たない。

久しぶりに再会した仲間に気が緩んでしまったなどとは言い訳にならない。


「や、今の話しはよ、ここだけの話に……」


咄嗟に口止めを頼もうと手を合わせたところで、伸びてきた手が俺の行動を遮った。


「はは、大丈夫ですよ」


微笑んだエルは


「随分と、いい顔をしてますね。グロスト」


動きの止めた俺を確認して、腕を引いたエルはどこかしみじみと、そう言った。


「そうか?」


いい顔、とはどんな顔だ。

首を傾げながら俺は機嫌良さそうに口元を緩めるエルを見る。


「パーティを抜ける時よりもずっと良い顔です。自分でわかりませんか?」


そう言われても、鏡の前で過ごしているわけじゃないんだから自分の表情など、朝見るくらいにしか見ない。


「まぁ、楽しそうで僕は良かったです」


そう言って薄く笑みを見せるエルはどこか寂しそうにも見えた。

その表情を見て思わず口をつぐむ。


きっとエルは今の俺を見て勘違いをしている。


別にお前らとの冒険が楽しくなかったわけではない。

いろんなところに行って、いろんなものを見て、数えきれない魔物や敵と戦った。


あの日々は間違いなく俺の宝だ。

だが、人は慣れる生き物だ。

どんなに甘美な刺激でも取り続けていればいずれ慣れる。それまで感じていた感動は半分になり、やがてそれは限りなく小さなものになっていく。


俺たちは強かった。

近辺で名が売れる程には。


もちろん壁もあった。

勝てない敵に見舞われることも数えきれない。


だが、俺たちはそれらを乗り越えた。


乗り越えてしまった。


いつしか魔物を倒すのに心は踊らなくなり、半ば作業のように敵を倒し、各地を回った。


もしかしたら、こいつも他の奴らもまだ楽しんでいたのが知れない。

刺激に慣れてしまったのは俺だけで、他の仲間はそうではないなかったのかもしれない。


でも、俺はダメだった。


一匹の魔物がいた。


なかなか手強いやつでもうその辺の魔物など容易く屠る程成長していた俺たちですら少し苦戦を強いられた。

しかし苦戦といっても誰かが死にかけたわけでも重傷を負ったわけではない。


ただ少し倒すのに時間がかかったというだけ。


その魔物を倒した後だ。

半日近くかけて倒した魔物を目の前にしても俺は喜ぶわけでもなくただ、


「やっと終わった」


そう感じるだけだった。


そしてその死体に無言でナイフを突き下ろし素材を刈り取っている自分に気づいた時に、気づいてしまった。


ーー自分の心が何も反応しないことに。


かつて自分が倒した獲物の素材を剥ぎ取り、笑いながら自慢気に声を上げていた。

苦戦を乗り越えた先に待つ爽快感に酔いしれていたあの瞬間が、いつの間にか訪れなくなっている。


肌の張り付くような、自分の全てを使い戦うあの感覚が鈍くなっていった。


俺たちはやがて危険を侵す依頼を受けることをやめた。

そんなことをしなくてもある程度の依頼をこなしてしまえば満足する生活を送れたから。


無理をして、怪我をする事を避けるようになった。

リスクを避け、安全な選択肢を選ぶ。

満たされない欲求が、ゆっくりと乾いていって……。


そうなってからしばらくして、俺はパーティを抜けた。


だが、決して仲間達と過ごした日々がつまらなかったわけではない。

あの時のことを忘れたわけでもない。


そう、目の前のエルに伝えようと思い口を開こうとしたが、言葉は何も出てこなかった。

口を開いたまま、固まっている俺を見てエルは言う。


「本当に、いいんですよ。僕はあなたが自分の思うままにやっているとわかって安心しました」


「思うままってなぁ、俺は別に」


「そろそろいい時間です」


がたっと音を立ててエルは椅子から立ち上がった。

言いたいことは言ったというように、すっきりした表情。


エルはそのまま卓に金を置いて出て行こうとする。


が、扉を開けるその直前。

思い直したように立ち止まり、こちらへ振り返った。


「最後にひとつだけ、言い忘れてました」


「なんだよ」


少し表情を引き締めてエルは言う。


「さっきの女性の話ですがおそらくこのままじゃ失敗すると思います」


「どういうことだ?」


その口ぶりは何か確信している物言いだった。


「あの王居には何やら隠しダネがあると耳にしました。あなたがどうするか僕には決めることはできませんが、今聞いた感じですと逃げる間も無く殺されるでしょう」


嘘、ではないらしい。

いつのまにか顔の赤らみは消え、いつもの冷静なエルの面になっている。


王居。


王に会った時に何か聞いたのか。


隠しダネとは何なのか。


問い詰めたいが、こいつがはっきり言わないということは詳細はわからないのだろう。


死ぬ……あいつが。


その言葉の響きは池に石を投げ込んだ時のようにゆっくりと頭に広がった


そりゃそうだ。

いくら小国とはいえ国相手に一人で立ち向かえば結果は死以外ありえない。

俺だってあいつに会った時にそう思った。


ここしばらくあいつにあてられていたせいでおかしくなっていたが、普通に考えればそうだ。

改めて指摘されて、熱が引くように頭が冷えていく。


「……」


黙り込んだ俺を見て、ふぅとため息をついたエルが近寄ってくる。


真面目腐った目でこちらの目を見たかと思えば不意にニヤリと表情を変えた。


「あくまで、一人なら、ですがね」


とん、と俺の胸を突き、エルはわざとらしく挑発するような言い方をすると今度こそ扉を開けて去っていった。


――――一人なら、ね。


アイツが何を言いたいかくらい長い付き合いだ、理解できる。

ただ、ここまでわかりやすく伝えてくることは今まででもあまりないことだ。


エルの言葉が頭の中で繰り返され、ぐるぐるとうずまく感情が身体の中を巡る。


ぽつぽつと浮かぶ考えがまとまらないのは酔っているからなのか、それとも違う理由からか。


結局すぐには答えは出ず。


俺はさらに二杯酒を流し込んで席を立った。

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