第19話 半醒半睡のレメディエーション
祭りから二日開け、
そんなことよりも晴生の心配どころは雪希の方だった。
クラスメイトが自分を
病院のベッドで天井を仰ぎ、晴生は一番護るべき筈の雪希の心を護れなかったことを後悔していた。
成長していない自分を責めたところで、晴生は身体を起こして、頭を掻きむしって負の感情を全て吐き出す。
晴生は成長していない自分という過去の事柄を悔やんでいながら、雪希をどうやったら心の傷から助けられるかという将来の不安に悩まされていることに気付く。
思い出すのは雪希のあの言葉。
――だって過去のことを気にするより、未来の事で不安になるより、今この瞬間を楽しくなる方法を考えた方がよっぽど有意義だと思わない?――
人間暇になると色々な事を考えるもの。
入院中、晴生は色々な事を考えることが出来た。
「退院おめでとうっ!」
退院は事件が起きた4日後の事だった。術後の経過が非常に良く晴生は予定より早く退院することが出来た。
退院には
盛大に祝られるとは思っていなかった晴生は、完全に不意を突かれ、度肝を抜かされた。
「これ俺からの退院祝いだ」
「大げさだな~別に大したこと無かったんだが」
少し感激した晴生は、元弥から渡される紙袋を快く受け取る。
「開けていいか?」
「ああ、厳選に厳選を重ねたからな楽しんでくれ、入院中できなかったろうからこれで発散すると良い」
初めて体験する出来事に嬉しさのあまり晴生は、完全警戒心が解けていて、元弥の意味深な発言に疑問を抱くことが無かった。
袋を開けて晴生は絶句する。その袋の中身は――
『和服美人女将●●』
『麗しすぎる華道家●●』
『喪服の美女●●』
『可愛い素人女子高生●連発』……etc
アダルトDVD詰め合わせだった。
「だぁぁぁぁぁっ!!!」
純情を完膚なきまでに叩き壊された晴生は、詰め合わせの袋を叩きつける。
乾いた音を立ててアダルトDVDの箱が病院のロビーに散乱していく。
「俺の感動を返せっ! 退院祝いにエロDVDを渡す奴がいるかっ!?」
「お気に召さなかったか?」
「お気に召すとか召さないとか問題じゃねーっ!」
「いやぁ、着物とか制服とかお前好きだろうと思って厳選したんだが?」
「僕が厳選した素人アニコスDVDもあるお。最後まで脱がないやつで、しかも半脱ぎも駄目ってマニアックすぎるでしょ常考」
「そういう問題でもねぇーわっ! 詰め合わせるなら菓子か果物を詰めてこいやっ!」
友情とは時に大変なこともあると二人の厚かましくも卑猥なお節介に晴生は声を荒らげていると、ドン引きする二人の女子の姿が目に入った。
「和服美人って、及川……雪希ちゃんをそういう目で見ていたんだ……」
「及川って『女体恐怖症』とか言っていたわよね……素人の女子高生……連発って……つまり制服を着ている私達をそういう風な目で見ていたってこと……」
「「変態」」
「……」
入院中、晴生の身体からせっかく取り戻した生気が一気に失われた。
身の危険を感じた弥音と椿花は身構えるようにして晴生から距離を取っていく。
「違うんだ……素人モノは本物の素人なんて使っていないんだ……無名の企画女優を使っているだけなんだ……」
せっかく退院したのに思わぬ仕打ちを受け、見も蓋も無いことをぶつぶつと呟きながら晴生は地面に膝を付く。
「なんだかんや言って及川も男のなんやなぁ~ でも残念やったな。鬼嶋さん、実は御祖母さんが危篤状態やって、暫く学校休むって連絡があったんや、事件の件はまぁ、ショックみたいやったけど、声からして今は落ち着いているようだったで」
「そうですか……それは良かった……です」
雪希がいない事には気付いていたが、弥生から雪希が思いのほか悩んでいない事を知って晴生は少し安堵した。
一度は安堵した晴生であったが退院後、雪希の席がぽっかりと空いた教室に、晴生は妙な虚しさを感じる。
玄関を出て雪希が休んでいることに気付き、バスを使う必要が無かったことが分かって、ロードバイクに跨るのが、随分と久しぶりに感じられ――
昼休みには母親の作った弁当を食べ、雪希の作った弁当の味と全く違うこと――
それが重なるにつれ空虚感は大きくなっていく。
まして3、4日も続くと晴生の心の真ん中がぽっかりと穴が開いたような気分になってしまった。
メッセージを送っても、『大丈夫だよ』『もう落ち着いたから』という回答だけで逆に不安になってしまう。
入院中に考えていたことを実行しようと意気込んでいた晴生は早々に出鼻を挫かれ、意気込みはどこか遠くの方へ行ってしまい怖気づいていくのが怖くなっていく。
そして一週間が経ち晴生は授業にも身にまともに入らなくなっていき、仕舞には椿花たち心配されるまでになっていた。
「及川、日に日に眼が死んでいくわね」
「今日は一段と死んでいるね」
朝、自分の席に着くや否や晴生は疲れ切ったように机に突っ伏した。
「……別に、大丈夫だ」
「雪希がいない事で、あの及川がこれだけ駄目になるとはね」
「……俺自身驚いているよ。どうにもこうにもなんかやる気が無くてな」
「一年生の女の子たちがたまたま話していたんだけど、雪希ちゃん、男子の間からはもう及川がいるから諦めたっていう声をよく聞くようになった」
「そうか」
事件の全容は校内で既に知れ渡っており、ストーカーから雪希の身を護った晴生は、男どもの矢面どころか、むしろ英雄視され――
とまでは行かないものの、晴生と雪希の偽装工作は思わぬ形で実を結び、もう二人の仲をそっと見守ろうという空気が生まれていた。
「……今川氏、よく聞き取れなかったので一年生の女の子たちがというくだりをもう一度――」
「え? 一年生の女子たちが……っ!」
「言わせないわよ変態……弥音も気を付けなさいよ。それにしてもアレ何だったのかしら、彼氏がいるっていうのに告白するなんて……いくら雪希が美人だからって、常識的にあれは無いでしょ? しかも男子ほぼ全員が」
「椿花ちゃん、それなんだけどね……多分……五十嵐先輩が言っていたんだけど」
雪希は菌が聞こえて会話ができるという能力を最大限利用して、体内のエクレール常在菌を活性化させ、増大した女性ホルモンにより、自分の美貌や容姿を最大限高めた。
相対的に増大したフェロモンに引かれて、男どもは光を求めて群がってくる蛾の如く次々と惹かれていったと、弥音は表現こそ悪かったが皆に分かるように噛み砕いて説明した。
「つまり、美容のドーピングってこと?」
「多分、そうじゃないかって」
「へぇ~、良いわねそれ。他人にも出来ないかなそれ、今度雪希に聞いてみよ」
相も変わらず発想がコスイ椿花に、聞き耳立てていた一部の男子にドン引きされる。
「それにしても弥音。島貫と今川はずっと同じクラスだけど一度も告白してなかったわよね?」
「椿花ちゃん。そんなの決まっているよ。だってこの二人の女性の趣味って……」
「僕の趣味は次元が違うからねっ!」
「俺の趣味も海を越えたところにあるからなっ!」
「あーそういう事……言っていることは変態だけど、妙に納得したわ」
馬鹿二人を流し目で見た椿花は呆れたように大きく溜息を付いた。
チャイムが鳴り、教室に弥生が入ってきたところでホームルームが始まる。
「みんなおはよう。早速で悪いんやけど、出席の前に、みんなに一つ連絡事項があります。長期欠席していた鬼嶋雪希さんですが、先日お祖母さんが亡くなったという事で、もうしばらく休むことになりました」
雪希のいない日常に空虚感を抱きながら、晴生は全く顔が見れない状態が続き、本当に平気なんだろうかと心配になっていた。
晴生も自分の中で雪希の存在が大きくなっているという自覚はあった。しかし一週間も続くと嫌でも晴生は再認識された。
昼休み――
いつものように生物室で昼食を取るが晴生の舌は何も感じなくなっていた。
「雪希ってば、このまま学校に来ないで、転校しちゃんうんじゃないかな」
「椿花ちゃん。いくら何でもそれは無いと思う」
「でもさぁ、あれだけの事件が起きたんだし、注目の的だよ。この町にはいられないって考えるかもしれないじゃん」
可能性としては低いが、あり得ない話でもなかった。そうでなくてもこのまま精神的に病んで不登校になるという可能性もあった。
「なあ、及川……鬼嶋さんが美容ドーピングまで使って綺麗になろうとした理由、本当のところ気付いているんだろう」
元弥から言われなくても晴生は分かっていた。初めて受けた他人からの直接的な好意に戸惑っていたのが本音。
晴生は覚悟を決めた。
「ちょっと雪希に連絡してみる。それで気持ちを伝えに行くよ」
やれやれようやくかと言った様子の四人に囲まれ、晴生はスマホを取り出し雪希にメッセージを送る。
晴生『話したいことがるんだが、今どこにいる?」
凡そ10秒ほどたったころ、雪希から返信が来る。
雪希『私も話があるんだけど』
晴生『何だ?』
雪希『もう終わりにしよ?』
雪希『彼氏彼女のフリはもう終わり、普通のクラスメイトに戻ろ?』
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