第17話 忘憂之物のコンテインメント

 6月3日。


 雪希は父、新次郎が送り迎えすることになり、暫くの間は放課後デートはお預けとなった。


 晴生、元弥、秀実ほずみの三人はストーカーの正体を探るべく、ネットに詳しい秀実の家に集まって情報収集に勤しむ。


 秀実の部屋は意外にも綺麗に整頓されていた。


 てっきりフィギュアやゲームなどが散乱していると先入観を抱いていた晴生は、秀実の一面を見て驚嘆する。


 晴生には何のアニメだかゲームだか分からなかったが、等間隔にフィギュアを配置され、漫画雑誌は床に散乱していることは無く、几帳面に収納されていた。


 机の上はパソコンのディスプレイが三台というだけで他に何もない。


 一見、スタイリッシュでオタクの部屋とは思えなかった。


 そのことを秀実に伝えると、そんなことをしたらフィギュアや本が傷むと一蹴され、返って納得した。


「鬼嶋氏と接点がある人物を洗っておいたお、中学の時の担任教師、部活動の顧問、鬼嶋酒造の関係者。その他もろもろ……でも及川氏、警察に任せておいた方が良いじゃない? 僕たちだけでやるのは限界があるのよね」


 晴生もそんなことは分かっていた。だが警察だけには任せておけないのが晴生の心情。


 雪希だけの問題ではない。逆恨みで晴生自身が狙われることは十分にあった。さらには家族に火の粉が降りかかる可能性さえある。


 ようやく落ち着いてきた妹、鶲の精神にも影響を及ぼすかもしれない。


「俺自身の身の安全も危うくなってきたからな。それも含めてマークしておきたいんだ。逆恨みで俺が刺されたら、雪希も目覚めが悪いだろう」


「……及川。お前たち本当に付き合っていないのか? 最近疑わしいんだが? 一昨日は鬼嶋さん泊まったらしいじゃないか?」


「先週まで苗字で呼んでいたのに、今日から名前呼びって休みの間に何かあったとしか思えないっしょ?」


「いやいや、そもそも告白していないから付き合っていないだろう? 泊めたのはストーカーに着け狙われているのに、家族が不在の家に帰らせるわけにもいかないからだ。名前呼びについては、その……なんだ……付き合っている感をもっと出した方が良いって思ってだな」


「今までも十分出ていたと思うが? まぁ~及川の事だから結局手を出せなかったっていうことは分かるが、何かあったんじゃないかって勘ぐってしまうだろうな~」


「島貫氏の言う通り、男子の家に女子が上がり込むって、普通の関係じゃないっしょ? それって何となく付き合い始めた的なやつじゃね?」


「……」


 晴生は雪希に頬へキスをされた一晩の出来事と、怯えきった雪希を思わず抱きしめてしまった件を思い出す。


 初めてちゃんと触れた女子の身体の柔らかい感触が腕に残っていて、それを悶々と思い出してしまった晴生は頭を振り払う。


「ちょっと及川氏、その間なんなん?」


「本当に何もなかったのか?」


「な、何もないっ! それよりやっぱり小野寺っていう男が怪しいんじゃないのか?」


 先日の出来事を言うと更に冷やかされそうだったので、晴生は早々に話題を変える。


 秀実の調べによれば小野寺と言う去年の晴生達のクラスの担任は、北高に移った後、そこでも辞めてしまったとのことだった。


 亀窪西高校を退職した原因は表向きには精神的なものと肉体的なものから来る過労という話だった。


「正直、良い先生だったし疑うのは忍びないんだけど……」


先入観バイアスが掛かっているかもしれないという自覚がある。他に怪しい人物と言えば中学三年の時の大滝という男と、依然通っていたという元塾の講師、松浦という男か?」


「なあ、及川。すこし思ったんだが、鬼嶋は犯人に心当たりがあるんじゃないのか? まだ俄かには信じがたいのだが、菌の声が聞こえるんだよな?」


「それがどう関係があるんだ?」


「皮膚常在菌とかで特定できているんじゃないのか? そうじゃないても菌なんてそこら中に漂っているだろう。聞きまわればおのずと分かるんじゃないのか?」


 確かに元弥の言う通りだった。


 よくよく思い出せば雪希は特に一度も振り返らずに振り付けられていると言っていた。


 気配からと言えばそれまでだが、帰宅生徒の多い中ではっきり分かるのかと言えば晴生も自身が無い。


 だとしたら何故、名前を言わないのか晴生は気がかりでならない。


「闇雲に探しても、結局はらちが明かないという事か……」


「一先ずその三人の顔写真を印刷するから、それとなく聞いてみると良いんじゃね? 多分鬼嶋氏はストーカーに気を使っているか、それともそう思いたくはないんじゃないんだと思うんだ常考」


「もしそれが確かなら尚更なおさら触れたくない話になるな」


「そこは仮にも彼氏である及川の出番だ。言い包めるの得意だろ?」


「元弥。お前、人聞きの悪いこと言うんじゃ――」


 晴生が言いかけた途端、スマホが震えだす。


 雪希からの着信だった。電話とは珍しい。


 いつもはメッセージなのに……


『あ、ハルくん。私ね。お祭り行けることになった』


「は? ちょっと待て、あのお義父さんが許したのか?」


『うん、だけど条件出された』


「条件って?」


『ハルくん達と一緒にいる事』


「……は? それだけか?」


『うん、まぁ、それだけじゃないんだけど、今度うちに挨拶に来いって言ってた。なんかさ、お父さん、帰ってきてからなんだかハルくんのこと気に入っちゃったみたいで』


「……それ何の挨拶だ? もしかしてお義父さん、盛大な勘違いをしているんじゃないのか?」


『それは大丈夫だと思うよ。ちゃんと説明してあるから』


 晴生はちゃんとという含みに疑念を抱くが、晴生の心配は別のところにあった。


「まあいいや、それより大丈夫なのか? 雪希の方は怖くないのか?」


『……怖いけど、皆と一緒にいればなんか大丈夫な気がする』


 あまりうじうじ悩まない雪希の性格には、晴生は本当に憧れた。


 色々とやんで考える晴生には眩しく思えた。


「その様子じゃ大丈夫だな。分かったよ、約束通り護衛を後二人雇って連れて行く。というかこれ、別にメッセージでも良かったんじゃないのか?」


『電話じゃやなの?』


「別にそんなこと無いが?」


『じゃあ、いいじゃん。それじゃあ、18時に集合ね』


 といって電話を切られた。


 晴生は元弥と秀実の二人から、28が描かれたもしくは草の生えた眼を向けられる。


「及川氏。なんだかんだ言って外堀埋められているじゃん。フラグ回収乙」


「及川、もう年貢を納める時が来ているんじゃないのか?」


「……うるせえよ。電話でも言われた通り、お前らも祭りに来いよ。護衛要員だからな」


 この冷やかしのうさを少しでも晴らせるのであれば、祭りも悪くないと晴生は心底そう思った。



 雪希の地元は同じ町内ではあるが一駅離れたところにある。


 平日休日関係なく毎年同じ日に行われる祭りで、日中は山車が練り歩き、祭事を行う。


 学校があるため祭事には参加できないものの、午後は夜の9時まで屋台が残っていていて、みんなで参加しようという事だった。


 そして6月5日――


 晴生は鶲を連れて、雪希の地元の祭りに顔をだした。雪希の待つ祭本部のあるのテントの前に向かう。


 先日着物と一緒に貰った雪希からのお下がりの浴衣を嬉しそうに羽織ってはしゃぐ鶲の姿を見れたのは良かったと晴生は思う。


 鶲の浴衣姿は可憐で華やかではあったが、途中行きかう人々の中に割とちらほらと浴衣を着ている人が見られたので思いのほか目立っていなかった。


 返って目立たない事で鶲もじろじろ見られているような感じも受けていないようで良かった。


 雪希のいるという祭本部はすぐに見つかった。


 露店が立ち並んだ街道沿いの奥にあり、これなら何かがあったときでも迅速に対応できるだろうと晴生は少しだけ気が休まる。


「あっ! ハルくんっ! 鶲ちゃんっ!」


 雪希がテントの中から出てきて手を振って駆け寄ってくる。


 雪希の羽織る着物はいつもの訪問着とは違い艶っぽい感じ薄藤色の生地の浴衣で、普段でも少し大人びいた印象を持っているが、より一層上品さと色香が増している。


「雪希さん。綺麗っ!」


「ありがとうっ! 鶲ちゃんも可愛いよっ!」


 突然晴生は隣にいた鶲から脇腹を肘で小突かれる。


 ただ茫然と雪希の姿に見惚れていた晴生は一体何で小突かれたのかまるで理解できない。


「ハル。感想とか言ってあげなよ。雪希さん新調したんだよ」


「どう、かな?」


「ああ、うん……良く似合っている」


 雪希の漂わせる色香をまともに直視することが出来ず、晴生は思わず目を反らす。


 晴生が耳まで熱くなるほどの照れ臭さを感じたのは小学生以来だった。


「雪希さん、大成功だねっ!」


「うんっ! そうだねっ! 鶲ちゃん」


 暫く晴生達はテント内で雑談をしていると、弥音ねおん、椿花、秀実、元弥の四人が手を振りながら現れる。


「おーい、雪希、お待たせ」


「雪希ちゃん。来たよ」


 弥音と椿花は二人とも浴衣姿だ。


 弥音の浴衣は柔らかな生成きなり色に蛍の絵柄をあしらったデザインで、可愛く優しい雰囲気を演出し、物静かで涼しい印象が弥音の知的な印象と合っていた。


 一方、椿花の方は菖蒲しょうぶ色の浴衣。若草色の帯が際立って、粋で上品な印象を受ける。アレンジしない清楚な装いは椿花の本来の印象と際立たせている。


「さて、全員揃ったことだし、見て回ることとするか」


「待って、まだ私の連れがいるんだけど」


 そういって椿花は後ろを振り返り、その連れを見つけると、浮かれたように弾んで手招きをする。さわやかな少年が大量の食べ物を抱えて現れる。


「……お待たせしました。久しぶりです及川先輩。先日はありがとうございました」


「ああ、久しぶりだな。綾翔あやとも来たのか」


「姉さんの小間使いです」


「なるほどな」


「ちょっとっ! あっくんっ!」


 晴生はどこかで見た覚えがあると思っていたが、椿花が連れてきたのは血のつながらない弟、綾翔。


 姉のいじめをやめさせるために晴生に元弥を通じて頼のまれて久しい。


 男手が必要だという事で椿花が気を利かせて助っ人を頼んでおいたらしい。


「そんじゃあ、本当にこれで全員集まったし、見て回るとするか」


 晴生達は安全を期して雪希と鶲を取り囲むようにして露店へと赴いた。


 トラブル続きで少し消沈していた雪希はういを忘れ、水の得た魚のように燥ぐ姿に晴生は心配な反面、雪希が笑顔を見せてくれたことが何より安心した。

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