第15話 悪酔強酒のコンタミネーション
6月1日。
(あるのは写真だけか……)
確かにストーカーの写真を持っているがそれだけで本当に警察が動いてくれるのか晴生は怪しかった。
事実、いじめについても実際に暴力行為があった場合や、最悪被害者が死亡するまで動かない。
警察は凶悪事件を優先し、いじめのような犯人が特定しづらく、不法行為が証明しづらいものには動きたくても動けないということをお世話になった生活安全課の警察官から聞いた。
(怠慢とかいう問題じゃないんだよなぁ……)
ストーカー規制法があるとはいえ、ストーカーの顔写真だけでは中々動けないだろうと晴生は勘ぐっていた。
晴生の警察への認識は信用はできても信頼は出来ない。つまり評価は出来ても気持ちまでは許すことは出来ないと生意気にもそんな認識を抱いていた。
自分のパソコンが使えないのでスマホでストーカーについて調べた。
(クソだな……こんなことまでするのかストーカーって……)
充電しながら調べていたのでスマホのバッテリーの劣化が気になりはしたものの、優先度を考え熱くなったスマホを一晩中弄った。
ストーカー行為の代表的な例は、まずは付きまとい、そして待ち伏せ、押しかけ、交際の要求、無言電話、汚物などを送付する、名誉を傷つける、性的羞恥心の侵害などだ。
(こんなことをされていたとしたら、鬼嶋には見せられないな……)
これらを調べて晴生が心配になったのは雪希の自宅の様子だった。
ストーカーの身元はわらかないものの学校は特定されているということはわかっている。
雪希が気付いたのは3日ぐらい前という事も言ったいた。
そうすると雪希が気付くよりも前から付けていて、自宅を特定されている可能性は十分にある。
(ボイスレコーダーを用意しておこう……)
雪希の自宅の固定電話については何も言っていなかったため、恐らく父親がいない間は留守番電話にしているのだろうと推測を立てた。
そして昨日は自宅に帰っていないことを把握されている可能性があるため、不法侵入の物的証拠を抑えること出来るかもしれない。
あとはポスト、汚物を送り付けられているのであれば、身元判明に少しは役立つことが出来るだろう。
(一先ず、こんなところだろう……)
身元が割れるのを恐れて、差出人不明で送っているか、自分で入れているかどちらかだろうからだ。
それでも警察が動かないのであれば、本当に探偵事務所へ頼んで、ストーカーの身元を探ってもらう他無いだろうと晴生は結論付けた。
用心深く、かつての自分を取り戻すかのように思考を巡らせ、晴生は最悪な事態を想定する。
一番の問題は雪希に味方をする人間が誰もいなくなることだ。
第三者への憎しみ、つまり晴生への憎しみを募らせているんだとすれば晴生自身のみならず、家族友人たちに被害が及ぶことになる。
早朝――
スマホを弄っているとカーテンの隙間から差し込む光で晴生は朝が着たことに気付く。
(結局寝付けなかったな……)
雪希より先に
「それは良いんだけどハル。あのね、もっと母さんたちを頼ってほしいんだ。鶲の事があって、あなたが大人に対して絶望的な気持ちを持っているのは理解できるから、強くは言えないのだけど」
「別にそこまでは思っていないけど、理性的に知性的に振舞えるというだけで、精一杯背伸びして取り繕っているけど、本質のところは子供となんら変わらないぐらいっていう皮肉れたことは思っているけど」
「……身も蓋も無い言い方だけど、正直なところ事実で客観的だから、私じゃ言い返せないわね。そういう意味ではハルは私達より大人ね……分かった、もう母さん何も言わない。後の責任は父さんと母さんで何とかするから、好きにやっちゃいなさい。もしもの時は相談しなさいね」
「ありがとう母さん」
晴生は素直に鶫へ感謝した。
そして雪希の事情を説明して、雪希に案内されるがまま、自宅へと訪れる。
今日の雪希の着物は綿麻のベーシックな紺色。白いキレイ目の帯で締め、改まった印象を受ける。
暫くして見えてきたのは立派な旧家の門構え、鬼嶋酒造と掛かれた趣のある木製の立て看板が建てつけられている。
正門には敷居があり入れないので裏から回るように言われて着いた早々に、雪希と共に自宅に訪れる。
「及川と母さんはちょっと留守電を確認してきてくれるか? 俺はポストを確認してくる」
「馬鹿。そっちが一番危険なんだから母さんが行く。自衛官を舐めないで頂戴。ハルと雪希ちゃんは留守電の確認をしてきなさい」
晴生は別に舐めてるつもりは一切なかったのだが、危険なものがある可能性は十分にあったのので、男として身体を張るべきだと思ったのは否めなかった。
「こっちから入れるから」
鶫に促されるまま晴生は雪希から勝手口を案内される。
晴生は雪希の許可をもらって固定電話を操作する。自分の取り越し苦労であれば良かったと何度も願ったが、ディスプレイに表示されている数字は一向に変わることは無かった。
案の定、留守番150件全部入っていた。そのすべてが非通知。
「え……ちょっと、なに……それ……」
晴生は用意しておいたボイスレコーダーの準備を始める。
「鬼嶋は耳を塞いでいろ」
本当であれば鬼嶋に家が荒らされていないかどうか見に行って欲しかったが、晴生は状況の変化から一人にしておく方のリスクが高いと判断して、耳を憂さぐように促す。
晴生はボイスレコーダーの録音ボタンをオンにして、固定電話に録音された音声を再生し始める。
次々と再生されていく録音音声の大半は、無言電話と笑い声という、当事者じゃなくても気持ち悪いこの上ない。
人の情報を探ろうとする自分もだ意外だが、晴生から見れば雪希のストーカーは例外だった。
再生件数が100件に差し掛かった頃、女性の留守番アナウンス音声と無言と笑い声が突然途絶える。
初めてストーカーの音声が流れる。
『雪希ちゃん。いつも君の事を見ている』
『僕と付き合ってほしい、愛しているんだ』
『及川なんていう男じゃ、君を守れない』
『及川と付き合っていないことは分かっている』
『付きまとわれて困っていたんだよね。僕なら君を守ってあげられる』
誰だ。こいつは……晴生は電話の内容が少し不可解だった。
(本当に気持ち悪いな……)
晴生と雪希が付き合っている付き合っていないという噂は校内でしか流れていない。
まして本当にはまだ付き合っていないと知っている秀実、元弥は対象から外れた。
そもそもこの二人の趣味と雪希は、前者は次元が、後者は国籍がかけ離れているので、晴生は疑ってはいなかった。
雪希と晴生のSNSのアカウントにメッセージが送られてきていない事を鑑みて、ストーカークラスメイトの中にはいないことは分かっていた。
クラスの仲は良好になりつつも、IDを教えている相手は未だ互いに限定的過ぎたのが功を奏しといえた。
「おねがいっ! もう止めてっ!」
少女のように泣きついてきた雪希を抱き止め、晴生は慌てて留守電の再生を止める。
「お、鬼嶋……」
「……もうやだよ……何で……こんなことに……ただ……私は……」
晴生は泣き崩れる雪希を抱きしめる。
耳を塞いでいろと言ったのに聞いていたようで、肩を震わせて涙を流されては晴生も怒る気にも失せた。
雪希が望んだことは些細の事、本当に些細なことだった。
普通の女の子誰もが抱く些細な願い。
晴生は胸に厚く燃え上がるものを感じる。
「助けて、及川君……」
「大丈夫だ。大丈夫……俺が何とかする」
晴生が雪希の耳元に優しく囁くと同時、玄関をチャイムを鳴らす音がして、二人とも肩を大きく跳ね上がらせる。
「ハル、雪希ちゃん。そこにいるのなら開けてくれる」
玄関前に鶫が叫ぶ声が聞こえ、一気に緊張がほどけ二人ともほっとして溜息を付いた。
ポストにはやはり晴生の推測通り、差出人不明の分厚い封筒が刺さっていた。
鶫には予めポストに刺さっている様子を動画で残したいと言っておいたので、そのままにしておくようお願いしてあった。
鶫の話によれば爆発物の可能性は無いということ。
晴生は雪希を自分の目が届くところに避難させつつ、中身が彼女の目に触れられないように細心の注意を図る。
「準備できたよ。ハル」
鶲は携帯の動画機能を起動させ、合図を送る。
「じゃあ、開ける」
出来る事なら会社関係の資料であることを願って、晴生は徐に封筒の中身を確認する。
晴生の願いは見事に打ち砕かれた。
同雪希の目に触れないで本当に良かったと晴生は心から安堵した。
同時にその中身に恐怖や不快よりも、まるで自分の大切なものを傷つけれられような、妹がイジメに合った時のような深い怒りを越え、晴生は殺意さえ覚える。
家族ならまだしもクラスメイトにここまでの感情的になれるなんて晴生自身も驚いた。
封筒の中には、ストーカーからの者かと思われる体液入りの避妊具を始め、いつ取られたのか分からない雪希の写真が数点入っていた。
その日のうちに晴生は証拠資料をもって、警察署に訪れ雪希のストーカーの被害届を提出した。
ストーカー規制法のお陰で、晴生の思いのほかすんなりとすぐに動いてくれることになった。
その帰路の途中、鶲から一本のメッセージが届く。何事かと思いきや――
『お父さんが帰ってきた』
何事だった。
とても厳格な父親で、警察よりよっぽど堪えた。
晴生の顔面は絶望の色で染まり、雪希の事をなんと説明すればよいのか考えあぐねる。
幸いにも不幸にも明日も日曜日で休日、雪希も今日も泊まりたいと言っている。
「お父さんが今日出立して明日帰国するって、その足で迎えに来てくれるって」
さらに追い打ちをかける如く、隣に座っていた雪希が父親から送られてきたメールを見せきたことで、互いの父親同士が鉢合わせる条件は
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