第1話 切り裂きジャック―――第7節
彼女にとっては通いなれた帰り道であった。
だからと言って、自室にいるような気のゆるみは持っているつもりはなかったのだが、やはりそこに油断があったのは確かである。
自分が今人気のない場所を歩いているということを忘れてしまっていた。
人気のない夜の公園。
まばらな街灯と公衆トイレの明かりが作り出すのは光に照らされた空間だけではない。
朝には爽やかな空気を生み出す公園の木々達、昼間は子供たちやお年寄りがひと時安らぐためのベンチ、安全面を考えられて作りのしっかりした遊具。
それらは日常ではありふれたものでしかないのだが、夜闇の中に光があればそれを切り取り深い深淵をのぞかせるものである。
スマホを片手に公園を一人で歩く女性ありき。
さすればどこの影から女性を害する魔の手が伸びてきてもおかしくはない。
彼女は油断していた。
所詮は今日も退屈な日常に過ぎないのだから今この時も安全なものだと。
ここ数日、駅前で警察が通り魔事件の目撃情報の聞き込みや注意喚起をしているのも、すでに彼女にとっては日常の一幕に溶け込んでしまっていたのである。
そう、彼女は被害者である。
何も非が無くとも不幸に見舞われる存在。
今から日常を外れて恐怖の悲鳴を上げることになる非日常が始まるのだ。
ほぉら、
木の影から、公衆トイレの中から、人の道を外れたモノたちがやって来る。
ここからはそんな奴らが抱腹絶倒、呵々大笑するお祭りの始まりなのである。
狩られる者は背後から忍び寄る恐ろしき狩猟者の影に気が付くこともなく、哀れにもそのアギトへと飲み込まれんとしていた。
「ハイ、ここでドォーーーーーン!」
「ぶぎゃらくわぁらぁぁぁぁぁぁl!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!。」
哀れなる被害者担当の彼女は突然背後から聞こえた大きな声と、ものすごい勢いで自分の横を通り過ぎて行った何かに驚いて悲鳴を上げてしまった。
何が起きたのかよくわかっていない彼女は突然目の前に転がってきた何かを確かめようと目を凝らした。
それは人に見えた。
「ヒィッ!」
ただしそれが蠢くにしたがって手が1本2本、そして5本6本と生えてくるのを見てしまうまでは。
その形容しがたい何かを見てしまった彼女は恐怖に足がすくみ、喉の奥からは自分の意志では無い悲鳴が小刻みに漏れてきてしまう。
その彼女を形容しがたい何かは見た。
あるのかどうかも分からない目で確かに被害者担当の女性を見ていた。
「ぅぅぅぁぁぁはぁぁぁぁ~~~。」
目が合ったことで得体のしれないものは気持ちの悪い音をさせながら被害者女性に飛びかかろうと――――
「ハイ、も一度ドォォォォン!」
したところで女性の背後から突然飛び出してきた足によって蹴り飛ばされて、深い暗闇の中に転がり戻って行った。
被害者担当の女性は最早混乱でうまく頭が回らなくなっており、今起きたことを正確に把握できなくなっていた。
彼女は今や自分の背中から新しい足が1本生えてきちゃったのかなぁ、なんて思考に至っている有様である。
まぁ実際は足が新たに生えたわけでなく背後にいる人が助けてくれただけなのだが。
彼女がそれを理解できるようになるまでもうしばらく時間がかかるのだった。
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