第52話 三光鳥の鳴き声(音ハンター・鬼耳銀髪)

 人はおよそあの音だと推測できる。一方耳にしたことがない音もある。一体どんな音、一度聴いてみたい。

 そんな要望に応えるのが音ハンターの鬼耳銀髪おにみみぎんぱつ

 名は体を表すが、まことにその通り。背丈は六尺五寸、眼光鋭く、左右の耳は銀色の髪をかき分け天へと立つ。まさに鬼だ。


 されどもこの世は絶妙に可笑しい。このガイ、見て呉れとは真反対。気はとんでもなく優しい。

 それに反し、連れ合いの優花ゆうかは観音様のようなルックスだが、その実はパワハラ奥様。今日も今日とて、「アンタ、なにくつろいでるのよ、さっ、go hunting !」と指示を飛ばす。

 銀髪は「だけど、狙う獲物がわからなくて」と人差し指で額に円を描くしかない。

 そんな時にセピア色にくすんだガラスドアを押して、ハンチング帽を被った紳士と明色の日傘を持った婦人が入ってきた。

 優花はこのカップルは小金持ちとすぐさま品定めし、挨拶後さっさと奥のテーブルへと招き入れる。その後間髪入れずに「ご要望の獲物、いえ、聴いてみたい音は何ですか?」と直球を投げ、あとは「ホホホ」と得意の観音笑い。

 これに客は和んだのかニッコリし、「三光鳥サンコウチョウの鳴き声です」と仰る。


 優花は知識だけは負けてない。「夏場飛来し、繁殖する長い尾羽を持つ鳥ですね。『ツキヒーホシ、ホイホイホイ』と鳴いて、月・日・星の三つの光だから――、三光鳥なんですよね」とどや顔。

 これに紳士は「それは噂かも、私は違った鳴き声ではと…」と余韻含みに話す。

 この語りに引っ掛かった銀髪、「じゃあ、ご主人様はどう鳴いてると?」と顔を突き出す。これに老紳士は静かに頷き、「同じ三つの光でも、ツキヒー『ハゲ』、ホレホレホレ、かな?」と。あとは徐に手を頭へと持って行き、ハンチング帽を取る。

 するとその瞬間、ピカピカピカ! 一本の毛もないおつむが光り輝いた。


「あ~ら、ご立派な…、幾多の艱難辛苦を乗り越えての、ツキヒー『ハゲ』ですこと」と優花は笑いを堪えていたが、我慢できず5秒後に笑い転げる。一方奥様はこの失礼に怒るでもなく、「オモロ過ぎ」と一緒に大爆笑。

 女どもはなんと残酷な生物なのであろうか。

 銀髪はこんな珍妙な展開に、「ご主人様は、三光鳥の本当の鳴き声を確かめたいのですね、つまり星の光より人生長い旅路の果てのハゲの光の方が価値があると、いやハゲと鳴くべきだと、その男純情に敬意を表し、音ハンター・鬼耳銀髪が見事に狩らして頂きます」と深々と頭を下げたのだった。


 その後準備に1週間。今回の獲物は距離50mから体長40センチの三光鳥の鳴き声だ。当然マイクは高感度と高指向性でなければならない。

 いやそれ以上に一番の問題は三光鳥がどこにいるかだ。

 野鳥の中でも人気は高く、多くの写真家が狙ってる。そのお陰でガセネタも含め、SNSには多くの情報が溢れてる。その中で一番信憑性が高いと思われる紺々森こんこんもりを銀髪は狩り場とした。

 もちろん収録時間は夜明け前後、日が昇ってしまうとバズーカカメラを抱えた連中が辺りをうろつく。雑音極まりない。

 銀髪はこのように用意周到で森に入った。それでも三光鳥とその巣を見つけるのに5日を要した。そしてその深夜に録音準備を終え、6日目の早朝に、遂に音の狩猟、イエス! 鳴き声の収録に成功したのだ。


「うちのダンナ、狩人としての腕前は割にあったんですよね、ちょっとこのCD、お値打ち物ですので、お礼の方弾んでくださいまし」

 優花は依頼のあった老夫婦にホホホと笑いながら念押しをする。そして二人の頷きを確認し、銀髪を無視したままプレーヤーをON。

 最初に森の風だろうか、サラサラーと音がする。それを切っ掛けに全員が耳をそばだてる。暫くの時が刻まれ、いきなりだった、三光鳥が高らかに鳴いたのだ。

「ツキヒー『ツマ』、ソヤ、ソヤ、ソヤ。ツキヒー『ツマ』、ソヤ、ソヤ、ソヤ」

 これを聴き終えた老紳士、「あれ? ツキヒー『ハゲ』じゃなかったのか」と小指で耳穴をほじくる。それから徐にハンチング帽取る。


 うーん、今回は……、どことなく輝きがくすんでる。

 この現実を飲み込んだ銀髪、「そうなんですよ、旦那の生きた証の『ハゲ』ではなく、『ツマ』だったようでして、その上に語尾はホイやホレではなく、肯定のソヤだったんですよ」と哀れみをもって、ご老人様のおつむに合掌。

 しかし奥様は違った。

「あなたわかったでしょ。男の勲章と思い上がってるハゲの輝きより、妻の光の方が自然界でも崇高なのよ」と。さらに優花まで、「神の鳥、三光鳥はよくわかってるわ。この世の三光は月と日、そして妻だと。だから私たちをもっと敬いなさい」と悪乗り――、し過ぎだ。


 されどもここまで言い切られた野郎二人は天を見上げ、「ツキヒー『ツマ』、ソヤ、ソヤ、ソヤ」と野太く鳴くしかなかったのだった。



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