第48話 2030年型の上司
その後上司に恵まれたこともあって、順風満帆で10年が経過した。今は商品企画部の中堅どころだ。
しかし世の常、ある日突然波瀾万丈となる。
部下思いで、赤提灯やゴルフに誘ってくれたオヤッサン上司に、突然の転勤命令が。
理由は、いつも妥協だらけの新企画、とにかくゆるい。企画部は明らかに活力が喪失している、まるで疲弊した町内会だ。
会社発展のためにはこの風土を打ち砕く必要がある。そのいの一番は上位役職者を入れ替えること。
これが社長からの人事刷新の弁。
と言われても和気靄靄職場、居心地が良かった。まことに名残惜しい。
だが時は待たない、送別会の翌朝に、
「社長からの直々の依頼により、上司派遣会社よりやって参りました
黒縁眼鏡にヴィクトリア・ベッカムのビジネス・スーツをビシッときめた長身の、いかにも知的で隙のない面持ちの女性が全員の前できりりと直立し、自己紹介をした。
そして白くて長い指で眼鏡を外し、「覚悟せよ。私は君たちにハードワークを求めます。よって、その前に言っておきたいことがあれば、今どうぞ」と眼光鋭く個々を睨み付けて行く。
あの怠い元上司からは青天の霹靂だ。このあまりの迫力に航平の足が震える。
そんな時に、名前だけでも恐ろしい銀豹魔子さまが「君は深海航平だな」と名指ししてきた。
航平はオシッコちびりそう。
これはまずい。反射的にポケットに手を突っ込みチ○チ○の先っぽをギュッと摘まむ。
これで気を沈め、「Yes, Ma'am 」と。すると銀豹魔子さまは仰られた。
「名前は深海航平とカッコイイが、要は会社組織の深海を彷徨うだけの、決して浮上できない潜水艦だな。本日より私直属のスタッフになりなさい、引き揚げてあげます」と。
言われてみれば、まことに図星だ。
勤続10年、最近このままで良いのかと不安も抱いていた。航平は頬を紅潮させ、「御意、粉骨砕身、
この言明から半年が経過し、枯れ葉舞う時節となった。航平はあの時以来一所懸命働き、自信も付いてきた。
されどもそんなことより銀豹魔子さまには驚愕だ。
知識は深く広く、主張はいつも超ロジカル。
昼夜を問わず仕事しているようだが、疲労は見られず、いつも活き活きと。
そんな働きぶりに、「食事と睡眠はどのように?」と一度訊いてみた。
これに銀豹魔子さまは「特別食に、3時間よ」と答え、あとはハハハと高笑い。
そこからは横道へとそらさず、「最近の子供の一番の興味は何か、明日の企画会議までに調べてちょうだい」と指示が発せられた。
ここ半年で鍛わった航平、ビッグデーターやネット傾向を参考に徹夜で答えを出し、翌朝報告する。
「最近の子供たちの興味は未確認生物です」と。
「正解、まずはパンダ猫のおもちゃを提案しましょ、さっ、企画会議よ」と銀豹魔子さまは急ぎ歩き出した。
ところがその日は年1のエレベーター点検日、二階の会議室へは階段で下りるしかない。
しかし銀豹魔子さまがなぜか階段の前で固まってしまった。
「遅れますよ」と航平は上司の手を引っ張って階段を一段下りた。するととんでもないことが……、銀豹魔子さまがゴロンゴロンと転げ落ちて行った。
結果、踊り場で仰向けに。
航平は三段跳びで近付き確認すると、息をしていない。えっと仰天しながらも脈を取ると――、ない。
あっ、あっ、あー、俺の上司が死んじゃった!!
オフィスは大騒ぎ、もちろん救急車も警察も駆け付けてきた。
本件は事故? それとも殺人事件?
航平はパワハラ上司を憎んでいた、という同僚の証言があり、別室に呼ばれて事情聴取。深海航平なる潜水艦はより深い海底へと、結果沈没。
そんな時に慌てて入室してきた刑事が調査官にコソコソと耳打ちする。
そして笑いを堪えながら、「本件は器物損壊です。なぜなら君の上司は人工知能ロボット、AI(artificial intelligence)でした。あとはどう修理するか、会社内で話し合ってください」と。
航平はポカン。
だが冷静になるにつれて今までの疑問が解けてきた。
食事は充電で、睡眠3時間がその時間。
ビッグデーターやネットに直結し、その解析ソフトと論理組み立てアプリを内臓、つまり自己成長型の人工知能を持つ。この仕組みによりアウトプットは最強となる。
ただ未熟なものが一つある。
それは階段の上り下りだ。
これで上司が器物破損の羽目に。
ぷぷぷっ、航平は思わず吹き出す。
が、どことなく寂しい。そして涙目で、思わず天に向かって叫んでしまうのだった。
「2030年型の上司、銀豹魔子さま、I wanna work harder under you, please come back !! 」
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