第45話 告白の続きを
『新進気鋭の女流画家・
これを目にした大輔の身体に緊張が走る。なぜならミツ子は初恋の人。そして今も恋心を抱いている。
『運命に翻弄された過去を捨て、私は未来へと踏み出したい。キャンバスに、そんな思いをぶつけてきました。』
開催にあたってのミツ子の思いが載せられてある。大輔はこのミツ子の苦悩がわかるような気がする。
あれは高校二年生の夏休みのことだった。
当時大輔には
一方大輔は母子家庭で貧しかった。そのせいか誠の元気良さが目映く、それでも負けないぞと共に行動していた。
その誠のガールフレンドがミツ子だった。
白いブラウスに紺のスカート、うなじが透き通るように白く、後れ毛がくるりと巻いていた。清純、しかし意志を貫く女学生だった。
だが、大輔が恋したミツ子はすでに誠の彼女、そのためいつもミツ子を目で追うだけだった。
そして夏休みも後半に突入したある日、誠も大輔も自由研究が出来上がっていない。そこで二人は美術部のミツ子を頼り、デッサンをしようとなった。
しかし、絵を描くなんて、と大輔は自信がなく、誠の後から美術室へと入って行った。するとミツ子がブルータスの石膏像に向き合っていた。
ようこそとミツ子は大人っぽく微笑み、「陸上部の大輔君がデッサンに挑むなんて、もう走れなくなったの?」と悪戯っぽく訊いてきた。これにドギマギし、目を逸らした視線の先に、ミツ子が描いたブルータスの力強い姿があった。
大輔は思わず、「これで飯食って行けるぜ」と下品に吐いてしまった。
ミツ子はただコクリと頷き、これを使ってと画用紙と鉛筆を手渡してくれた。
それから1時間が経過、男子二人は描き終えた。誠のデッサンはそこそこの出来映えだ。
しかし大輔の作品には、「まるでロボットね、大輔君、妄想で描いたらダメよ」とミツ子がぷぷぷと吹き出す。大輔はへへへと頭を掻くしかなかった。
そんな時に、誠が自分の作品の上に鉛筆を走らせた。
―― ミツ子が大好きです。だから、大人になったら ――と。
これを読んだミツ子、「そこで止めて!」と絶叫し、あとは気が狂ったようにナイフで絵を切り裂いた。
そして、「もう会わないことにしましょう」と誠に告げ、美術室から出て行った。
それはあまりにも突然の出来事だった。
しかし、なぜ?
大輔はその理由を卒業してから知った。要は誠とミツ子は異母兄弟だったのだ。
ミツ子を女性として愛することは許されない、誠はそんな禁断の恋に落ちてしまった。そして苦悩の果てに命を絶った。
ミツ子も深い傷を負ったことは確かだ。それでも絵を描くことに没頭し、命を繋いできたように思われる。
そんなミツ子が初めて個展を開くという。一体どんな絵を描いてきたのだろうか?
大輔は思いきって会場へと出掛けた。
だがミツ子に会うつもりはない。きっと美術室の誠の告白で、心の闇へと落ち、そこからやっと這い上がろうとしている。それを邪魔したくなかったからだ。
想像していた通り、展示作品はあの時のブルータスのように力強く描かれ、素晴らしいものばかりだった。そして最後のコーナーへと入った時、大輔は我が目を疑った。
あの時の三枚のデッサン、すなわちミツ子のブルータス画と大輔のロボット絵、それに加え、ズタズタに切り裂かれた、つまり、―― ミツ子が大好きです。だから、大人になったら ――と加筆された誠の絵が修復され、創作の原点として紹介されていた。
鑑賞者には理解できないだろう。だが大輔にはわかる。誠が突然思い立ち、綴ろうとした告白、そこからミツ子のすべてが壊れた。
だが最近、あれは単に青春の1ページ、そう考えられるようになったのではないだろうか。
「ひょっとして、大輔君?」
そんな時、背後から声が。大輔が振り返ると、あの美術室にいたミツ子と同じ眼差しの女性が立っていた。大輔はフラッシュバックし、呆然と。
「幽霊じゃないんだから」とミツ子は微笑み、ここまでの道程を一人喋った。
大輔はそれに頷くだけだったが、嬉しかった。
やがて時間となり、大輔はミツ子に暇を告げた。
するとミツ子が気恥ずかしそうに囁く。
「告白の続きを、大輔君の絵の上に書いて欲しいの」と。
確かに誠の告白は未完のままだ。ここは親友に代わって完結させるべきなのかも知れない。
しかし二人は異母兄弟。どう終わらせるべきか大輔は迷った。
そしてついに、大輔は男の意を決した。
ロボットのような、高校時代のブルータスの絵の上に、まず、――ミツ子が大好きです。だから、大人になったら――と誠と同じ文言で筆を走らせた。
それから深呼吸し、続きに大輔自身の告白を書き込んだのだった。
―― ミツ子を奪い取ります。 大輔より ―― と。
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