第37話 ブラックホール
時は西暦2314年、高度35,786キロメーターに浮かぶ静止宇宙ステーションに招待者がやって来た。
直径1.6キロメーターの巨大なドーナツ型基地、毎分1回転のスピードでぐるぐると回ってる。この遠心力で地上と同じ1.0Gの疑似重力を創出しているため、誰も違和感を感じない。人たちはその居心地良さを享受し、ホール内で談笑している。
だが、その一時の寛ぎを割り裂くように、「ただ今より、世紀のロケット発射会を開催いたします」と司会者から呼び掛けがあった。
これに応じて、紳士淑女たちがワイングラスを持ったまま一斉に壇上へと視線を移すと、ヨレヨレのスーツ姿の男がマイクの前に立っている。
男は頭を軽く下げ、「私は宇宙域官房長官の
しかし、これを耳にした記者・
「壁一枚向こうは引力も空気抵抗もありません。したがって、ちょっと噴射させてやれば、ロケットは宇宙の果てまで飛んで行ってくれます。つまり、私たちの悩みをやっと払拭できる時が来たのです」
その通りだ。
すなわち無人輸送ロケットのMirai号が6,000光年彼方の白鳥座X-1の伴星、ブラックホールへと本日旅立つのだ。
もちろん積み荷は原子力発電所から出た放射性廃棄物。
約300年前、東日本大震災で福島原発は壊滅した。安全神話は崩れ、原発ゼロを目指すこととなった。
だが、コストやCO2削減の観点から他エネルギーへの転換はそう簡単ではなかった。
結果、放射性廃棄物の最終処理方法が確立されないまま、原子力発電所は順次再開されて行った。とどのつまり放射性廃棄物は行き場を失い、日本国土に積み上がってしまったのだ。
あれから300年、やっと究極のゴミ処分場が見付かった。
そう、それは光さえも飲み込んでしまうブラックホール。
地球上の放射性廃棄物なんて宇宙レベルで考えれば微々たるもの。そうだ、そこへ捨てれば良いのだ! と人々は目覚めたのだった。
こうしてプロジェクトが始動し、まず巨大ステーションを宇宙空間に浮かせた。そして地上の放射性廃棄物を安全に移送するため、宇宙エレベーターを地表面から立ち上げ、繋げた。
ゆるりとホールでのパーティは終わり、いよいよMirai号の発射だ。10、9、8
、…とカウントダウンが進み、ついに3、2、1、ゼロ!
ロケットの後尾から赤い炎が噴き出す。さあ、白鳥座のブラックホールへと旅立ちだ。
この様子を窓から見ていた阿賀晋介、感慨深いものがある。そこへ記者仲間の週刊誌『人生いろいろ』の
「私たちの祖先は原発ゼロと再開で意見が食い違ったようだけど、300年経った今、ブラックホールが最終処分場になるなんて、ご先祖様も草場の陰で驚いてるでしょうね」
これに、近くにいた月刊誌『乱心』の
「みんな国を思い、必死だったのよ。だからご先祖を恥じることはないわ」
こう横槍を入れてきたのは生活誌『箸と茶碗』の
この言葉で、阿賀晋介も古泉純子も、そして細永熙樹も吹っ切れたのか、笑みが戻る。
そして、いつの間にか輪に加わっていたウチュ官の須賀が高らかに、「放射性廃棄物を満載した無人Mirai号が、無事ブラックホールに吸い込まれることを祈念し……」と。その後の言葉を埋めるかのように、全員が「乾杯!」とグラスを高く上げた。
「おいおい、君、これは何なんだよ?」
ここは首相官邸、国家プロジェクトの提案書『ブラックホールを廃棄物処分場に』、この概要を読んだ総理大臣が目を丸くする。
「実は公募でして」と書類を手渡した官僚に汗が噴き出る。
だが、興味を持った首相、「提案者は?」と問うと、官僚は「高見沢一郎っていう貧乏サラリーマンでして、要は暇なんでしょうね」と素っ気ない。
「しかし、このアイデア捨て難いですね。一度官邸に呼んでもらえませんか?」
こんな経緯で、ある日、チャンチャラ、チャンチャラ、チャーンチャン、高見沢の着メロが鳴った。それは首相官邸からだ。
「ご提案、もう少し詳しくお聞きしたいと総理大臣が仰ってます。一度お越しください」
「イエッサー!」
もちろん高見沢に断る理由なんてない。やっと俺も世の中の役に立つ時が来たか、と。
ここで高見沢は缶ビールをグビグビと。
「こんな、今宵のSF風妄想、ここまでがストーリーの限度だ、ホント疲れたよ」
単身赴任中の高見沢はよっこらせと立ち上がり、ヨロヨロとシャワーへと向かう。
その背後には── 放射性廃棄物、あなたの提案は? ──というフリートークTV番組が放映されていたのだった。
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