第35話 新エレ幹線 (遠距離恋愛)
「
「僕は佳奈と一緒に暮らしたいんだ。だから、天上界から僕が住む地底都市に移って来て欲しいのだけど……、佳奈はどうしたいの?」
反対にこんな言葉で訊かれた佳奈は俯いたままでいる。そしてしばらくの沈黙の後、決意を込めて口を開いた。
「そうだわね、拓馬は通い婚は嫌だろうし、私たち別々に暮らして行くなんて、結婚する意味ないわね。それに子孫を増やすように国から奨励もされているし、私、今の宇宙船の仕事辞めて、拓馬が住む地底都市に嫁ぐことにするわ」
これを聞いた拓馬、胸に熱いものが込み上げてくる。
「佳奈、ありがとう。時々新エレ幹線に乗って、君の故郷の天上界に骨休みに行ってくれても良いからね」
地底都市から宇宙船への新エレ幹線での移動、これは費用の掛かること。
しかし、妻となる佳奈が拓馬の願いに従って決断してくれた。帰郷はこれに対してのせめてもの感謝の気持ちだ。
佳奈はそんな拓馬の思いやりを感じたのか、優しく微笑んだ。
「嬉しいわ、拓馬。だけど人類がこんなことになっしまってるって、300年前の人たちは予想もできなかったでしょうね。昔の人から見れば、まるでSFの世界だわ」
「ああ、その通りだね。これが今の僕たちの宿命なんだよ。とにかく家族を作って、未来に向けて人類の血を繋いで行こう」
拓馬はこう言い切った。そして佳奈の手をしっかりと握り締めたのだった。
こんな二人の会話と振る舞い、一体どういう事態になっているのだろうか?
それは約300年前の西暦2020年まで遡らなければならない。
ある日のこと、衛星放送を通じてセンセーショナルに発表された。
火星と木星の軌道の間にある小惑星帯、その中にデビルと言う惑星がある。2050年にそれは周回軌道を外し、地球に大接近する。そして隕石として落下するであろう。
この衝突により地球はその灰で覆い尽くされ、かって恐竜も滅亡した氷河時代に突入する、と。
このニュースは世界の人たちを震撼させた。
しかし、まだ2050年までに30年の時間がある。まだ遅すぎではない。
人類は決断した。生き残りをかけて、二つの新天地を求めて移住することにしたのだ。
その一つは地下へと潜り、地底都市を築くこと。
そこでは地熱エネルギーで発電し、温暖でかつ光ある世界を創出することが可能なはず。その上に地熱温泉付きだ。
そしてもう一つの選択は、地球の上空35,786キロメーターにいくつもの大型静止宇宙船を浮かべ、そこへの移住をするというもの。
もちろん重力を得るために回転型で地表と同じ感覚で暮らせる。弱点はスペースが狭いことだ。
しかし、毎日眺める風景は星たちが煌めく神秘な大宇宙。まことに美しい。
地底都市か、それとも天上界の宇宙船か、どちらに移り住むか一人一人にその選択が迫られた。そして拓馬の祖先は地底都市を選び、佳奈の先祖は宇宙船を選択した。
そして2050年、地球にやはり大きな隕石が落ちた。予測が的中したのだ。もちろん人類はこの極寒の地表では暮らせず、地底と天界に分断されてしまった。
しかし不幸なことに、地上暮らしを断ち切れず居残った人たちは凍死してしまった。
日本人で生き残ったのは1千万人だけだった。
その1千万人も5百万人ずつ天と地に分かれた。
だがこの離間された二つの世界を結ぶエレベーターが開発された。
ナノチューブで構成されたものであり、軽くて強い。それが地底都市から天上界の宇宙船へと垂直に何本も繋がった。
その後エレベーターはますます進歩を遂げ、拓馬と佳奈が生きる2320年、より高速となった。
かって日本には新幹線という電車が水平方向に走っていたらしい。
その高速エレベーター、言葉を換えて言えば、かっての新幹線が垂直に走っているようなもの。
人々はそれを『新エレ幹線』と呼ぶようになった。
「じゃあ、佳奈、もう乗らないと」
「そうね、宇宙船に帰らないとね。またしばらく会えないけど」
佳奈が涙声で答えた。そんな佳奈を拓馬はぎゅっと抱き締めた。そして熱いキスを。
これはこの遠距離恋愛のいつもの儀式だ。新エレ幹線の最後尾のドアの前で、二人は再会の約束をするかのように唇を合わせる。
ドアーがシュワーという音とともに閉まった。窓の向こうの佳奈が口を開き、何かを言ってるようだ。拓馬にはそれが聞こえない。
しかし、佳奈の口の動きでわかる。
「お・よ・め・に……、い・く・か・ら」と。
これに対し、拓馬は男の決意を込めて、ひと言ひと言しっかりと口を開く。
「き・み・を――、し・あ・わ・せ・に――、し・て・み・せ・ま・す」
佳奈が乗った新エレ幹線、その後すぐに軽快な音とともに、上へ上へと昇って行ったのだった。
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