第34話 肉じゃが格闘技
格闘技とは〈相手と組み合い、自分の体での攻撃・防御を行うスポーツ競技〉だ。
しかし、時の流れとともに、その言葉の解釈はより広がりを持って行った。相手とがっぷり四つに組んで闘う、それはなにもフィジカルなことだけではない。身体を使わずとも、真剣勝負ならば格闘技となった。
今は2050年、そんな社会通念が定着している。その証拠に、ありとあらゆる格闘技をテーマにしたイベントが流行り、事実人気を博している。
格闘技にもいろいろあるが、「なんじゃ、これ?」と驚いた。さらによく読んでみれば、こんなことが書かれてあったのだ。
どちらが新世代への本家となり得るか?
両市の間に本家争いが勃発し、はや1世紀半が経過した。
そして本日、その決着をつける日がやってきた。
躑躅市の主張
1901年、
しかし、コック長はどのようなものかわからない。とにかく肉とジャガイモを醤油と砂糖でぐつぐつと煮込んだ。これが日本最初の肉じゃがであり、躑躅市が本家であります。
躑躅市はこう主張してきたが、椿市がこれに待ったをかけた。
椿市の主張
東郷平八郎はその10年前に鎮守府参謀長として椿市に赴任していた。その時すでに官舎で肉じゃがを振る舞っていた。だから紛れもなく椿市が本家だ、と。
どちらが本家か、両市とも譲らず、なんと150年間も泥沼の肉じゃが戦争が続いてきた。しかし、これに辟易としていた人たちは決意した。ここは「肉じゃが格闘技」で勝敗を決しようと。
「おっおー、これって結構面白そうじゃん」
洋介には野次馬的な興味が……。しかし、主催者はぴしゃりと付け加えていた。
今回の肉じゃが格闘技、単に発祥地を決めるだけでない。
『伝統と未来ある肉じゃが』、それにふさわしい本家を決めることにあると。
洋介は今、柔道やレスリングの道場が門を開き、また俳句や囲碁等の鍛錬場が建ち並ぶ並木道、そこを会場へと急いでいる。
「ほう、みなさんお互いに研鑽し、日々勝負してるのか。大したものだよ」
こんな感想をぶつぶつと漏らしながら会場へと入って行った。それからしばらくして、肉じゃが格闘技の幕は厳かに切って落とされた。
まずはそれぞれからの本家主張のプレゼンがあった。どちらも理屈は通っていて、これだけでは到底決着できるものではない。ならばその味で、長年の戦いに終止符を打てと声が上がった。
いざ本番、背筋がシャキッと伸びた料理人二人が登場してきた。どちらも甲乙つけがたい風格がある。
「ピー!」、料理開始の笛が会場一杯に鳴り響いた。シェフ二人が厳かに、しかし手元軽やかに肉じゃがを作り始めた。しかもスクリーンに映し出された海軍レシピに沿って。
このレシピがまたなかなかのものなのだ。
肉じゃが
材料 : 生牛肉、
所要時間
1.油入れ送気
2.3分後 生牛肉入れ
3.7分後 砂糖入れ
4.10分後 醤油入れ
5.14分後 蒟蒻、馬鈴薯入れ
6.31分後 玉葱入れ
7.34分後 終了
どちらの料理人も1秒たりともこのプログラムを
そして、お見事!
34分でピタリと完了し、万雷の拍手がわき立った。
結果判定は観衆参加型、だから全員に両市の肉じゃがが振る舞われた。洋介も判定のため味わってみた。
どちらも美味い!
要はおふくろの味を超えていた。まさに水兵さんの脚気を明日にでも治してしまうほどの迫力味だ。思わず「ウッメー!」と。
洋介は迷った。躑躅市と椿市の優劣が付けがたい。しかし、一つだけ違っていた。躑躅市の肉じゃがに青えんどう、そう、グリーンピースが入っていたのだ。
洋介はこれで遂に、思いっ切り屁理屈つけて、「本家は、彩りを良くした躑躅市だ」と軍配を上げた。
その後、それらは集計され、『伝統と未来ある肉じゃが』にふさわしい本家が発表された。それは洋介と同じく――、躑躅市。
しかし、その理由は洋介とは異なっていたのだ。躑躅市が使ったグリーンピース、それは青えんどうの「 Green peas 」ではなく、平和の『 Green peace 』。
そこからのメッセージは――両市の150年間に及ぶ肉じゃが戦争に終止符を打ち、平和に!
この肉じゃが格闘技を通じて、新世代への本家は躑躅市に一応決定されたが、両市は互いを讃え合った。そしてその後はより美味しい肉じゃがを研鑽して行くこととなったのだった。
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