第33話 不沈戦艦・大和を、今

「みな様、ただ今より記者会見を開催致します」

 混雑の中、ニュース・コンファレンスが始まった。これから世間をあっと驚かす発表があるという。

 記者の花木拓馬はなきたくまは熱気ある会場の前列に陣取り、発信される情報は少したりとも取りこぼさないぞと気合いを入れ直した。

 壇上のプレゼンターは自己紹介をし、あとは記者団が固唾を飲む中、粛々と会見は次へと進む。


「世紀の一大プロジェクトをスタートさせます。その目的は3つあり、1つ目は深海ロボット、つまり日本は海洋国であり、未来に向けて海をもっと活用して行かなければなりません。そのために過酷な条件下でも耐えられる、より高度な頭脳ロボットを開発します。2番目は、長年海底に眠り続けてきた歴史の真実、それを明らかにすることにあります」

 ここまで述べた壇上の男は本プロジェクトの重大さに気持ちが高ぶっているのか、テーブルのお茶をゴクリと飲んだ。それから直立不動となり、3つ目の目的を語り始めた。

「正直申し上げまして……、国民の中に、墓を掘り返すつもりなのかという批判も多くあること、それは承知しております。確かに三千三百柱の御霊みたまが今も海深く眠ってます。しかし、この船を引き上げることにより、日本のために戦い、海へと散って行った英霊を謹んで祀らさせて頂きたいと思っております」


 ここで話題とされている船、それは戦艦大和です。

 昭和15年8月8日、呉海軍工廠くれかいぐんこうしょうで進水した。そして、その1年半後の昭和16年(1941年)12月7日、日本軍は真珠湾攻撃をした。これにより太平洋戦争は開戦となり、戦艦大和はその8日後に就役に就いた。

 日本帝国海軍の第三次海軍軍備補充計画、通称マル3計画の目玉として建造された戦艦大和、満載総排水量は7万トンを優に超える。

 全長263メートル、口径46センチ/重量2600トンの主砲を三基九門を備え、まさに洋上に浮かぶ要塞、つまり不沈戦艦だった。


 いや、そのはずだった。

 アメリカ軍はレイテ沖海戦に勝利し、フィリピンを攻略、そして沖縄へと上陸を開始した。これに日本軍は天号作戦を発動。

 その一号作戦の遂行中、昭和20年4月7日、戦艦大和は米軍機動部隊の猛攻撃を受けた。最後に魚雷10本、爆弾7発を受け、戦艦は二つ折れとなった。

 不沈戦艦・大和は鹿児島・坊ノ岬の西沖、約200キロ位置、北緯30度43分/東経128度4分に沈没。

 水深345mに、現在も堂々と、されど無念の巨艦、それが横たわっていると言われている。


 拓馬のひいお祖父さんは当時乗船し、任務にあたっていた。

 だが不幸にも、海の藻屑となり、残された家族はそのまま敗戦を迎えた。その後、昭和/平成/令和と時は流れ、ひ孫たちは今を生きている。

 拓馬は時々思う。ひいお祖父さんは一体どういう人だったのだろうか?

 そして、その最後に、何を思い、冷たい海の底へと沈んで行ったのだろうか、と。

 拓馬の心が揺れ乱れる。そんな中、一通りの会見が終わった。そして「今から質問をお受けします」とガイドがあり、拓馬は早速手を上げた。

「帝国新聞社の花木です。この国家プロジェクト、長年海底に沈んでいた戦艦大和を引き上げ蘇らせる。そしてその勇姿が見られるとなれば、日本人の心に新たな感動が生まれることでしょう。さて、二つの質問があります。一つは、費用はどれくらいかかりますか? 二つ目は、7万トンの、いわゆる鉄塊を海底から引き上げる、これは技術的に難しいことだと思いますが、どのような方法なのでしょうか?」


 報道官は、それは当然の質問だという顔をして、淡々と答える。

「予算としては3千億円を予定してます。また方法は、深海ロボットにナノチューブ・ワイヤーで、戦艦の下に網を編ませて、それを30隻のサルベージ船で引き上げます。そしてドッグまで曳航し、水を抜き、あとは大きな台車で地上へと運び上げます」

 拓馬はなるほどなと感心した。そして急ぎその情報をパソコンに打ち込む。

 その横で他のやり取りが続いて行く。そして最後に案内があった。

「現地ではすでに深海ロボットが調査を開始してます。その映像が送られてきてますので、前のスクリーンをご覧ください」


 一瞬に会場は暗くなった。そして静まりかえった海底が映し出された。

 ロボットから放たれる白い光線が闇の中を飛ぶ。そして、その先に黒い鉄壁が。

 さらに光線は上方へと伸びて行き、スポットの輝きの中に文字が浮き出した。


 ――― 戦艦大和 ―――、力強い表記がそこにあったのだ。

 これに、今まで騒々しかった記者会見場はシーンと静まりかえった。

 あの悪夢の時から重ねた幾星霜、その重い歴史を振り返れば、もう言葉を発する者は誰もいない。

 そして、そこにあったのは……、ただただ手を合わせ、心からの黙祷もくとうだけだった。



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