第29話 アイサと首切り半蔵

 黒崎半蔵くろさきはんぞうは女性アイドルグループ、ヤンレディ18の地方公演を終わらせ、今会場から30キロ奥地にある山里へと車を走らせている。

 と言うのも、10年前トップアイドルだったアイサに会いに行くためだ。

「確かにあの時、彼女を退団させてしまったが……」

 曲がりくねった山道を運転しながらも、当時を振り返る。


 煌めくステージ上に18人の少女たちがいた。まさに活き活きと、軽快なリズムに合わせ跳ね踊り、甲高く歌っていた。

 そして、同じ世界を共有するファンたちはペンライトを振りかざし、熱狂していた。

 そのファンたちからの熱い視線が結ばれた一点、そこにスポットライトを浴びた、──、目映いばかりのアイサがいたのだ。

 間違いなくあの瞬間、この世で一番輝きを放つアイドルだった。


 そんなアイサが所属していたヤンレディ18、それは伝説的なアイドル集団であると同時に、結成されてから20年、その人気は引き継がれ、現在においても陰りがない。

 なぜ連綿と、長年人気を維持できてきたのだろうか?

 いくつかの説がある。一般的な解釈は、時代時代にマッチしたパフォーマンスがプロデュースされてきたためだと。

 だが他に、古参のアイドルをタイミング良く切り、どんどんと新人へ入れ替えてきたからだとも言われてる。

 その中でも、一大事はやはりトップアイドルの交替だ。

 つまりトップの退団時期を判断し、宣告し、実行することとなる。

 こんな非情な仕事を、黒崎半蔵は請け負い、時には強引に、また冷酷に断行してきた。

 そのためか、『首切り半蔵』とあだ名され、恐れられてきた。


 ハンドルを握る黒崎、あの頃、まだアイサの交替は正直考えていなかった、少なくともあと一年は、と。

 だが、ある日、黒崎は見てしまった、神が降りたかのように踊り、そして歌うアイサを。

 きっと彼女は神仏の申し子だ。そう見えてしまった黒崎は、その気高き拈華微笑ねんげみしょうに思わず身震いを覚え、ビビッときた。

 アイサは今、輝きの頂点にいる、だから……、これからは色褪せるだけだ、と。


 首切り半蔵の執行は早かった。1週間後、アイサに「退団を要請します。これからは自分で歩んで行ってください」と告げた。

 こんな冷徹な申し渡し、今まで大概のアイドルたちは泣き崩れた。しかし、アイサは涙も見せず、唇を噛んだだけ。

 その上に、黒崎を真正面に見据え、「やっと私に、最高の輝きが降りたのですね。アイドル冥利に尽きます。だから、退きます」と笑みを零した。

 トップスターの誇りを汚さぬアイサ、黒崎はあらためてそのいさぎよさに感じ入った。

 されどもアイサの将来が気に掛かる。なぜなら、失意から生活を乱し、身を滅ぼして行ったアイドルたちを何人も見てきたからだ。

「どうするの、退団後は?」

 黒崎は手短に訊いた。しかしアイサに動揺はない。

「首切り半蔵さんは罪滅ぼしのため、退団10年後のアイドルに面会されてるのでしょ。その時に、お見せしますわ、その後の私の姿を」

 こう強がったアイサの瞳に、キラリと光るものがあった。


「こんにちは。ヤンレディの黒崎です」

 玄関戸を開くと、庭から3人の幼児たちとアイサが現れた。

「黒崎さんですか? 10年後の面接、わざわざ来てくださって、嬉しいわ」

 三十路にもなったアイサ、少し所帯じみてはいたが、トップアイドルの残像が重なり合う中で明るく笑った。それから黒崎はリビングへと案内され、アイサはその後を一気に語った。

 人生波乱、事実いろいろあった。

 しかし、気が付けば、この山里の刀鍛冶かたなかじに嫁いできていたと言う。

 そして今は、鉄隕石から立派な流星刀を作る、そんな夢を追った夫を支え、かつ子育てに奮闘中とのこと。

 きっとアイサは黒崎に報告したかったのだろう、アイドルを辞めてからの、決して順風満帆でなかった彼女の歴史を。

 そして黒崎は思うのだった。アイサが一番輝いた瞬間に退団を申し伝えた。もし、アイサに陰りが見え始めてからだったとしたら……、きっと自信をなくしたまま、それを引きずり、こんな10年の生き様にはならなかっただろうなあと。


「黒崎さん、これ、夫の流星刀なの」

 アイサが飾り棚から一振りの日本刀を取り出し、黒崎に手渡した。

「ほー、ダンナさんとの共同作品だね」と、ずしりと重い刀をかざした。するとその刃面に、アイサが幸せそうに微笑む顔が映る。

 その輝きは、あの時ステージに立っていたアイサの煌びやかさとはまったく違う。それは無心であり、深くて渋い。


 アイサはあの時トップアイドルを極めた。

 しかし、10年経った今、今度は夫を輝かすために生きている。

 そう気付いた首切り半蔵、ほっとすると同時に、不覚にも目から……。

 その一粒の涙が――、刀に映る元アイドルの像を滲ませ、消し去ってしまうのだった。



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