第28話 上司に気に入られるための三つの心得、プラスワン
サラリーマンの皆様、毎日滅私奉公のお勤めご苦労様です。さて今日は、満身創痍で頑張ってるのに評価されない、そんな不満を持つ貴方への特別講習、テーマは『上司に気に入られるための三つの心得、プラスワン』です。
そこで一念発起、ライバルたちをキャッチアップするため本講習会に参加した。
もちろん吉男は認識している。
会社では部長の勢力拡大の野望が絡み合い、四つの『ミ』(うらミ/つらミ/ねたミ/そねミ)が渦巻く。出る釘は打たれるどころか、スコンと抜かれ、ワラをも掴む者は溺死させられてしまう。
裏切りと蹴落としは常態化し、まるで応仁の乱後の戦国時代。
しかし、こんな戦場にあっても、同僚たちは上司に気に入られ、昇進の階段を上って行く。それに比べ吉男は、いつも同期の勇姿を下から眺めているだけ。情けないことだ!
今日ここに集まった勤め人たち、全員似たり寄ったりの口惜しさで藻掻いてきた。もちろん司会者は承知済み。そのためかちょっと眉間に皺を寄せ、憐れんだ目で……。
あなた方のサラリーマン人生、その命運はボスに握られてます。とにかく気に入られないと、未来はありませんよね。
そこで本日は500年の時を超え、
先生は日本史上最も文武両道に秀でた戦国武将であらせられまして、剣術は塚原卜伝に学ばれ、突進してきた牛を投げ倒されたこともあります。また古代からの秘伝、古今伝授の伝承者でもあります。
さらに現代人の我々が最も驚愕することは、日本史上三傑の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が上司であり、この飛び切り個性あるビッグスリーに順繰り部下として勤められ、見事争乱の戦国の世を生き抜かれました。
それでは幽斎先生の登壇です、盛大なる拍手でお迎えしましょう!
えっ、信長、秀吉、家康がボスって? よくぞ殺されずに!
会場がざわつく中、背丈六尺のイケメンサムライが颯爽と現れた。そしてキリリと立ち、張りのある声で……、
拙者は幽斎と申す。皆の者は上役に気に入られる術を知らぬと聞いた。
まず心得は
一つ、己に大志があろうとも、上司の野望を超えてはならぬ
二つ、上司の好まざることを、ゆめゆめ口にすべからず
三つ、時に身命を賭して事に当たるべし
されど、これらの継続は難しい。そこで心の拠り所『プラスワン』が必要なのじゃ。皆の者、わかり申したか?
幽斎先生のあまりの迫力に、まことに道理でござる、はっはー!
あちらこちらから声が上がり、先生は恐悦至極の様。
しかれど矢庭に吉男を指差して、「おい、そこの足軽、お主の『プラスワン』、言い換えれば生きる
そんなこと突然訊かれても……、それでも吉男は脳みそを絞って、自信満々に「お金です」と。
シーン。
この凜然とした武士に対し、なんとKY、すなわち空気読めない回答なんだろうか。会場が凍り付く。
それにしてもこんなレス、戦国武将にとっては他愛もないこと。だが吉男は、ここで止せばよいのに調子に乗って、「先生も俗人でしょ、だからやっぱりプラスワンは――、小判でしょ」と。
心得の二番は、好まざることを口にすべからず、と学んだはず。それなのに誇り高き武将に対し、俗人と決め付け、小判とは無礼千万。
会場はより長くて嫌な静寂に包まれる。あ~あ、一刀両断に切り捨てられるかも?
だが意外に、幽斎先生は少しにやけた表情で一言、「拙者の場合は、――、かぐわしき香りであり申す」と。
しかし、誰も理解できない。ポカンと口を開けた受講者に、先生は続ける。
「我が妻は
愛、な~るへそ、だけど生きる糧がカミさんの麝香の香りって、オッオー、羨ましい限りだよ!
満席の会場に、四つの『ミ』の一つ、「ねたミ」がぐるぐると渦巻く。されどさすが細川幽斎、カッカッカと高笑いし、びしっと締め括る。
「戦国サラリーマンの皆の者、生き抜くための心の拠り所、プラスワンは他にも創作や武道、音楽に菜園と何でもあるぞ。大事なことは、己にとって、かぐわしきものをまず見つけることじゃ。さっ皆の者、今からでも遅うはない、よって現状打破の一歩を踏み出されよ」
これに一同、御意!
さて、吉男君はその後どうしたのだろうか?
噂では、三つ心得よりまず『プラスワン』、香しき香りを発する現代の麝香姫との出会いを求め、旅に出たとか、……、さ。
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