第26話 最近の噂話 『穴』
母子家庭で育った
しかし世間はそう甘くはなかった。どれだけ身を粉にして働いても貯金は易々とは貯まらない。それが辛抱できず、悪の道へと。
元々甘いマスクにスラリと背が高い。まず善行は行き遅れた女性を狙って、「君の一生、僕に守らせてください」、こんな殺し文句で結婚詐欺に手を染めた。
しかし、善行の金銭欲はそれだけでは終わらなかった。次はオレオレ詐欺へと走った。
だが個人でやっていても効率が悪い。やはり組織を組まないと大金を手にすることはできない。そこで悪友たちを誘い、劇場型の振り込め詐欺軍団を結成させた。まだ20歳そこそこだが、これを束ねる悪の権化と成り上がったのだ。
こんな生き様となってしまった善行、両親が名前に込めた期待を完全に裏切ったと言える。その名付け親の父は幼い頃に他界した。そして母は1年前に病に倒れ、日を置かず、
善行は悪行に忙しく、死に目に会うことは叶わなかった。それでも母は善行にひと言のメモを残していた。
『圉』から生き直せ、と。
圉?
これは一体どういう漢字なのだろうか?
思うに、口の中に幸とある。無理矢理に解釈すれば、囲いの中の幸せ、つまり小さな家でも幸福はある、それに感謝し、生き直せとの母からの伝言だと取れる。
されども他人を騙し続ける善行、強欲な夢を見過ぎてしまっていた。一生に一度で良い、母を招いて、高級タワーマンションの最上階に住んでみたいと。これこそが母への親孝行だと思っていた。
その母はもういない。だが夢を終わらすことはできず、詐欺で分捕った金で一室を購入した。
「ああ、少し飲み過ぎたか」
目をこすりながらリビングへと入ってきた善行、夕べは詐欺師仲間たちが入居を祝ってくれた。その残骸が転がってる。それらを避けて革張りのソファーにどっかと座る。時計を見ると昼前だ。すぐに次の詐欺の指示を飛ばさなければならない。善行は早速スマホを操る。
そんな時にふと横を見ると、大理石のフロアーに、直径は20センチくらいだろうか、ポッカリと穴が開いているではないか。
「何だ、これ?」
善行は立ち上がって、中を覗いてみるが、真っ暗でよくわからない。しかし、穴の底は階下の部屋ではなく、このビルを下へとどこまでも貫いているようだ。
「突然、こんな所に穴が開くなんて」と一旦首を傾げたが、「まっ、えっか、ここに住むのは長くて1年、穴なんかに興味はないよ」と元へと戻る。
同じ場所に長く住めば居場所がバレる。それは詐欺師にとって危険だ。そのため、そこそこ住めばあとはどこかへ引っ越しするつもりだ。
そんな日から1週間が経った。不思議なことに、穴は日々成長し、直径1メートルにもなった。
「こらっ、お前は生き物か?」
しばらく留守にしていた善行、その成長ぶりに驚き、穴の底に向かって思わず叫んでしまった。
すると声はワーンと響き渡り、一拍置いて、「善行、そんな高い所にいず、ここへ下りて来なさい」と返ってきた。
善行は心臓が止まるかと思った。明らかに母の声だ。
性懲りもなく悪事を繰り返してきたこの男にとっても、母ともなればじっとしてるわけにはいかない。善行はそそくさと非常用ロープを穴に垂らし、「母さん、助けに行くから」と伝い下りて行った。
しかし、底はどこまでも深い。やがて善行は力尽き、闇の中へと落ちて行ったのだった。
「おい、目を覚ませよ」
善行は身体を揺すられ、覚醒すると、同じ年頃の若い男が目の前にいる。「俺、保険金詐欺のマサってんだ。お前も神が飼ってる獣に食われたんだな」と一人頷く。
そんなことを突然言われても善行はさっぱり解らない。まずは居場所確認で、「ここは、どこ?」と訊くと、「要は、口の中に幸と書く――、ひとやだよ」と兄ちゃんが指差した。
善行がその方向を見ると、頑丈な鉄格子が組まれてあった。
「えっ、ここ、牢屋ってこと」
この瞬間、善行は母のメモ、『圉』から生き直せ、を思い出した。
つまり圉という字はひとやと読み、監獄のことだったのかと納得した。
それにしても口は鉄格子で、その中に幸せがあるとは、皮肉だ!
しかし、母は伝えたかったのだろう、鉄格子の中にお前の将来の幸せがある、その
そんな解釈に至った善行に、保険金詐欺のマサと呼ばれてる男が「ヨッシャー、そうしなはれ!」と親指を立てた。
ところで、みなさん、最近巷での噂話を知ってますか?
純真な子供が大人へと成長した途端、悪に手を染める。そんな青年たちの犯罪が増えている、と。
育児の神、
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