第24話 青春からの卒業

「一生をかけて、杏奈あんなを守ります!」

 壇上から健太けんたが声を張り上げた。

 このいきなりの宣言に、ホームルームの全員は黙り込んだ。そしてしばらくして、どよめきがワアーと起こった。

 杏奈はショートカットに涼やかな瞳を持つ美少女。その上、学年トップを争う優等生ときてる。男子生徒たちからはアジアンビューティと呼ばれ、憧れの的だ。

 一方健太の方はテニスコートでボールを追い掛けるだけの普通の生徒。この格の違いにより、当然杏奈のお相手ではないというのがみんなの認識だ。

 健太、俺らのマドンナを守るって?

 赤点なくしてから叫べよな!

 こんな散々なヤジが飛ぶ。だが健太は再び言い放つ。

「杏奈が大好きだ。だから絶対に、僕が一生守ります!」

 この必死な決意表明に、今度は大きな拍手がわき上がった。


 高校二年生、それは青春時代の佳境に入る時なのかも知れない。その証拠に、恋心を胸に秘めておくことができなくなる。

 6時限目、急な休講で自主活動となり、クラス委員から、告白タイムにしようと提案があった。もちろん異論はない。そして健太はそれに応え、杏奈への純な想いを爆発させたのだ。だが、この瞬間、淡いはずの初恋が重い恋へと進化したとも言える。

 果たして杏奈のリアクションは?

 放課後のことだった、杏奈がツカツカとやって来た。

「今日の告白、迷惑だわ。だけど嬉しかった」

 声は小さかったが、杏奈ははっきりと告げ、踵を返し去って行った。健太はそのうしろ姿を見送りながら、もう一度心に誓うのだった。絶対に杏奈を守り抜こう、と。


 大介だいすけえは出張先のホテルでシャワーを済まし、何気なくTVを点けた。するといきなりの、「守ります!」、こんなシーンが目に飛び込んできた。ああ、なるほど、これが今話題の青春ドラマかと缶ビールをあおりながら見入ってしまった。

ピッ!

 明日も早い。杏奈のセリフ、「だけど嬉しかった」の後を観ることを諦め、スイッチを切り、ベッドへと潜り込んだ。

「俺の高校時代と違うよな。もしあの頃に、あんな告白チャンスがあったなら、俺も夕子ゆうこに宣言してみたかったなあ」

 随分と昔のことだが、大介には夕子との思い出がある。

 夕子はドラマの杏奈とは少し違うタイプの女学生。白いブラウスがよく似合い、長い髪をそよ風になびかせていた。

 そんな夕子と一度だけデートしたことがある。別に手を繋いで歩いたわけでもなく、ただ公園の大きな木の下でたわいもない会話をしただけだった。しかし、大介は熱い想いを募らせた。


 その夕子が卒業と同時に大介の目の前から忽然と消えた。初恋は片想いで終わってしまったのか? それでもずっと夕子が好きだった。

 それにしても、なぜ卒業後、夕子を探し出し、恋のアタックしなかったのだろうか?

 現実は貧乏学生であり、甲斐性もなく、自信がなかったから。しかし、サラリーマンになってもう5年、今ならば夕子に対し自信をもって向かい合えるし、また彼女を受け止められる。

 されども時は経ち過ぎた、一体俺は……、と後悔の念ばかりが胸を締め付ける。

 こんな悶々とした夜から1ヶ月が経った。今日は高校卒業後初めての学年同窓会だ。もちろん、この機会に夕子にぜひ会いたい。こんな熱い気持ちで大介は出掛けて行った。

 まず、かっての悪友たちと再会した。それはとてつもなく懐かしいものだった。

それから大介は場内を見回した。


 だが夕子は、どこに?

 そしてやっと見付けた、楚々と佇む夕子を。かっての雰囲気を残したまま大人の女性になっていた。大介の胸が一気に高鳴る。

 そんな時に、幹事からアナウンスが――、「我々の高校時代は純情な男女交際でした。それでもあの時、告げておけば良かったと後悔してる人は多いことでしょう。さあ、今なら出来る――恋の告白を――さあ、どうぞ」と。

 なるほど、これは千載一遇のチャンスだ。悪友どもは我先にと舞台へと上がる。もちろん大介も、同窓会会場で、ドラマ内の健太のごとく叫んでしまったのだ。

「今も夕子さんが大好きです。だから、僕の一生をかけて、夕子さんを……、守ります!」


 お前の年収、いくらなんだ。それが問題だ!

 ヨッ、もう手遅れだよ!

おいおい大介、人妻を、どうするつもりなんだよ!

 会場に怒号の嵐が。

 されども夕子が……、人妻って?

 これは大介にとって予期せぬ展開だった。あとはドラマのようには行かないものだと肩を落とし項垂うなだれるしかない。

 そんな大介に幹事が気を利かせたのか、夕子を壇上へと呼んだ。

「夕子さん、今のお気持ちは?」

 幹事が訊くと、夕子は申し訳なさそうに……、

「大介君、私、青春ドラマの杏奈のように嬉しいわ。だけど、ちょっと……、ね」と答えた。

 これに大介は顔をキリリと上げ、男らしく告白し直すのだった。

「夕子さんを、生涯守りますより、!」


 いつの間にか大介の目には男の涙が。こんな事態に、「見守ることが、最上の愛だよ!」と熱い友情の言葉が飛び、あとは拍手の嵐が巻き起こった。

 だがあまりにも切なすぎる。

 それでも大介は確かに、ことこそ、初恋の人への永遠の愛だと思い直し、さらに確信するのだった。

 この瞬間こそが――青春からの卒業――だ、と。


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