第22話 未来巡りは山手線外回りで

 耕介こうすけは家業を継いで欲しいという父の願いを振り切り、10年前都会で働き始めた。しかし、現実はそう甘いものではなかった。

 それでも朝から晩までこま鼠のように頑張ってきた。その原動力は父に対する男の意地だったのかも知れない。

 そして最近のことだ、母が電話で、父が病に伏せたという。さらに、そろそろ初孫の顔を見せてくれないかと漏らした。

 今の暮らしでは、結婚なんてほど遠い。しかし、母の言葉はやはり重い。

 一体俺は、未来に向かって何をしたら良いのだろうか?

 こんな迷いと自信のない日々が続いた。

 だがある時、旅行社の宣伝文句が耕介の目に飛び込んできた。


◇ 日帰り旅 : 未来巡りを、あなたに!


 えっ、未来って?

 しかも日帰り……、嘘でしょ。

 しかし、現状打破したい耕介の好奇心に火が点いた。あとは一直線に店内へと。

 早速、「看板の未来巡りが気になりまして」と申し出ると、「あら、お目がお高いこと、当社の特別プランなの。だけど皆さん、そんなの眉唾ものだと、未だ契約を頂いておりませんわ」と亜希あきと名乗るスタッフが応対してくれた。

 これに耕介がふんふんと頷いていると、さらに「お客様、未来から現在に戻って来れるか心配なんでしょ。大丈夫だってばぁ。だから是非、契約第1号になって頂けませんか」と、亜希は押しの一手。

「で、費用は?」、肝心なことを外さず耕介が尋ねると、「たったの10万円よ、高過ぎ晋作なんて言わないでね。だって私、プリティウーマンがガイドさせて、頂き退助よ」と、板垣退助いたがきたいすけからの多少のズレも気にせず、ギャグを噛ませながら迫ってきた。

 耕介はこんな風変わりな愛らしさに負けてしまい、お願いしますと申し込んでしまったのだ。


 夜中の2時、亜希と東京駅で待ち合わせをした耕介、特別な入り口から入り、5番線ホームへと連れて行かれた。

「えっ、新幹線じゃないの?」

 耕介が思わず呟くと、亜希は自信たっぷりに、「未来巡りは山手線外回り、過去巡りは内回りで可能よ」と言う。

 そうなんだ、と妙に納得する耕介の目の前に、黄緑色の車両がスーと入って来た。周りを見渡すと二人だけ、他に誰もいない。

 そこで時刻表を確認すると、終電は1時03分とある。ということは、これは誰も知らないミステリー電車か?

「さっ、旅立ちよ!」

 亜希の掛け声に煽られて、乗り込んでしまった耕介、あとは覚悟を決めるしかなかった。


 電車はスムーズに発車し、夜はすぐに明けた。そして新橋、品川へと。車窓から見る建造物がどんどん近代化されて行き、やがて渋谷に。

「ひぇー、これ、どうなってんだ!」

 超々高層ビルが天を貫き、その合間を小型飛行物体が上下左右に飛び交ってる。亜希の弁によれば、ここは1000年未来の渋谷だとか。

 されど、これに感激していても腹は空くもの。宇宙エレベーターで30キロメーター上空へと昇り、大東京を眼下にして、自称プリティウーマンとゆるりと食事を取った。それから戻り、一路1万年先の新宿へと。


 ぶったまげた!

 そこは荒涼とした平原。どうも核戦争が勃発し、地球が壊滅した跡だとか。これがたまらず、そそくさと1億年先の池袋へ。そこはまさにジャングルだった。

 冒険しようと、二人が這いつくばって散策すると、牙を剥いた大型肉食恐竜・ティラノサウルスがドドドと向かって来るではないか。これって、ひょっとして……、我々が獲物? 耕介は思わず亜希の手を取り、脱兎のごとく駅へと戻り、次の日暮里へと。

 その途中だった、ドカーンと大音響が轟き渡る。地球に大きな隕石が衝突したのだわ、とさらりと語る亜希に、耕介はへえとしか返せない。その内、視界に氷河の大地が。外へ出れば凍死してしまいそう。

 ということで、急ぎ100億年未来の上野へと。

 よく見ると、草原を毛むくじゃらのオヤジが二足歩行しているではないか。新人類誕生と囁いた亜希に、なるほどと耕介は納得。

 さらに電車は1千億年先の秋葉原へ。この辺りから風景が目まぐるしく変化する。江戸から東京へと、そして爆弾で町は炎上し、神田を過ぎて、634メートルのタワーが突然現れた。

 こうして二人は山手線で一巡し、今の東京駅へと戻って来たのだ。


「未来は終点のない山手線外回りにある。だから永遠なのよ」

 こんな結論を下した亜希に、耕介は逆らうつもりはない。だがちょっと不満で、もっと生活感のある近未来を見てみたいなあ、と漏らした。

「じゃあ、おまけで、3年先の品川へ行ってみましょ」と再乗車する。そしてそこで二人は信じられない光景を見てしまう。

 大きな荷物を抱えた男と、赤ん坊を抱いた女、きっと夫婦なのだろう、「初孫に会えるの、お義父さんは楽しみにしてらっしゃるわ」、「ああ、亜希、これから田舎で、三人仲良く暮らそう」と会話しながら新幹線ホームへと足早に去って行った。

 こんな家族の情景を目の当たりにした耕介、背筋をキリリと伸ばす。

「品川駅の、この僕らの3年先の未来を現実にするため、亜希さん、本日よりお付き合いください!」



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