第19話 ちょっとぉ妻と、いちおう亭主

 このカップルは――神さまの悪戯?

 そうなのです、ほとんどの結婚が意外や意外の男と女の組み合わせ。

 誰も予想だにしなかった、いや、10年前には自分さえも夢にも思わなかった人と、同じ屋根の下で暮らすことになるのです。

 その動機は……、もちろん好きだったからです。

 されども思い切って言わせてもらえば、イキオイとハズミで一緒になっちゃいました、ってことでしょうか。

 私の場合も思い掛けない展開で、毒気一杯の妻を娶ってしまいました。

 おっと紹介が遅れました、私は津村つむらと申します。

 振り返れば独身時代、小さなブライダル会社に勤めてました。

 仕事は華燭かしょくてんのコーディネート。カップルにとっての新たな門出、それを思い出深いものにすることです。


 だが当時ジミ婚が増え、売上減。この状態が続けば当然倒産です。まさに危機でした。

 そんなある日、訓話はいつも「とにかく」で始まり、そして「とにかく」で終わる通称〈とにかく社長〉がスタッフ全員を集め、厳しい表情で言い渡しました。

売上を伸ばすために、独身スタッフは社内でカップルを作ること。そして我が社の、出来るだけ高級なブライダルプランを契約すること、ですよ」と。

 えっ、これって、パワハラ含みの――、社内結婚の業務命令?

 社長権限の乱用じゃんと私たちはぶったまげ、思わず後退りしました。

 そして横を見れば、「です、は、はい、です」と社長の腰巾着、〈ごもっとも専務〉が首を縦に上げ下げしてるじゃないですか。

 なんだよ、お前は米つきバッタかよ、と頭にきました。

 それにしても、これが青天の霹靂ということでしょうか?

 その対象者って――、だぁ~れ?


 驚くことなかれ、それは私を含めた恋人いない歴3年以上の6名でした。

 まず男性は、いつもの口癖があだ名になってる〈だろメン〉と〈べつニイ〉、それと私の〈いちおうアンちゃん〉です。

 そして花の女性陣は〈ヤダー嬢〉と〈どナニワ娘〉、そして〈ちょっとぉネエ〉です。

 とっくに旬が過ぎた私たち、だけど、もしこの業務命令に従ったとしたら、どんな組み合わせになるのかな? てな、てな想像を巡らせてた時です、さすが百戦錬磨の社長さん、私たちの油断を見逃しませんでした。

「とにかく、突然言われても迷うだろう。だから、これはという組み合わせを発表しましょう、とにかくだよ」とニタリと笑い、「とにかく第1組は〈べつニイ〉と〈ヤダー嬢〉、とにかくです」と。

 すると横から「ごもっともです」と専務から相槌が打たれ、ヤダー嬢からは十八番の「ヤダー!」と奇声が上がりました。そして、べつニイは「べつに」と白けてました。

 その後は、ごもっともです、ヤダー、べつに、これらの3つの言葉が入り乱れ、ホント奇々怪々な情景でした。

 それでもヤダー嬢とべつニイには笑顔があり、満更でもなさそうでした。


「とにかく第2組は〈だろメン〉と〈どナニワ娘〉です、とにかくだぞ」と社長からの第二弾がありました。もちろん、どナニワ娘は黙ってません。

「ど江戸出身の〈だろメン〉と……、ちゅうんかい! しゃあけど、どイケメンやし、うち、やっぱ――、どマリアージュ!」

 こんなどナニワ娘の叫びに、だろメンからダイヤモンド級の決めゼリフが、――、「だろ!」と。

 そして、どナニワ娘のマッチ棒が10本は乗る付け睫毛に、涙がキラリと光りました。


 だが、社長はこの目出度い空気を読もうともせず、「とにかく第3弾だぞ、ベストカップルは、何があっても返答はの〈いちおうアンちゃん〉と、文句大好きな小生意気な〈ちょっとぉネエ〉。毒気だけはどっちもどっちの二人が家庭を持ったら、どんなんかなあ? とチョー面白そうです、とにかくね」と。

「ちょっとぉー!」

 語尾を異常に伸ばし、ちょっとぉネエが素早く反応しました。

 さらに「なんで私が何でも一応で済まそうとする男と結婚せなあかんのよ、ちょっとぉー!」と大ブーイングが響き渡りました。

 だけど私は以前から、ちょっとぉネエが一応好きだったわけでして、この業務命令に便乗させてもらって、「一応、ブライダルプランを予約しようかな」とポロリと零してしまいました。

 するとちょっとぉネエが目を潤ませ、「ちょっとぉー!」と睨み付けてきました。

 こんなハチャメチャな展開でしたが、売上貢献のためイキオイとハズミで、一応ちょっとぉネエをものにしたわけでありました。


 あれから随分と月日が流れました。

 今日も朝から「ちょっとぉー! あなた、おしっこの的を外さないようにしてよ。わかってんの、ちょっとぉー!」と、に目一杯怒られて、「一応気を付けます」と、をしぶとく勤めさせてもらってます。

 結局、結婚しても何の改善も見られず、ちょっとぉーと、いちおうがせめぎ合う――、どっちもどっちの私たち夫婦なのであります。



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