第7話 スイーツ・カフェ [ What's new ? ]

 単身赴任中の貴史たかし、休日にはゆっくりとブランチでもしようかとふらりとアパートを出た。行き先はすでに決めている。

 それは以前から気になっているスイーツ・カフェ『 What's new ? 』だ。

 何か新しいことある? って、新作スイーツでもあるのかな? と興味をそそる。

 貴史はその看板を見上げ、ワクワクしながら自動ドアーからそそくさとショーケースの前に立った。そして店の人たちにゆるりと目をやると……、ギョッ。

「えっ、洋介ようすけ舞子まいこ、なんでお前たち、ここにいるんだよ!」

 カウンターの中にいる二人、貴史はそれが信じ難く、思わず声を上げてしまった。

 というのも、洋介は高校時代の悪友、そして舞子は淡い恋心抱いていたマドンナ。そんな二人は卒業後、貴史の目の前から忽然と消えた。そして今目の前にいる。20年振りの再会だ。


「びっくりだぜ、貴史。久し振りだな」

 洋介も驚きを隠せない表情。それでも余程懐かしかったのだろう、貴史の手を握ってきた。舞子も洋介のそばに来て、「貴史君、お元気そうね」と目を潤ませる。

 三人が共有した青春、貴史にはそこで彩られた様々なシーンがフラッシュバックする。

 それにしても不思議だ、なぜ、ここに……、洋介と舞子の二人が?

 そういぶかしがる心の奥底を洋介は読み取ったのか、「まあ貴史、そこへ座れよ」と奨め、まずはお冷やを出してくれた。貴史はそれをとりあえず口に含むと、洋介が「俺たち京都の宇治を飛び出した後、創作スイーツで身を起こそうと一所懸命やってきたんだよ。お陰でやっと店を持つことができてなあ」とポツリポツリと経緯を語り始めた。


 されども貴史は、――ということは、洋介と舞子は結婚してしまっているのか? と。

 妻を持つ身でありながら、どことなくムカつく。

 しかし、その感情を見透かされないように、コップの水を一気に飲み干した。

 そして、この素直になれない心情から解放されたくて、「なあ、洋介、お前憶えてるだろ。卒業前に抹茶アイス食べたろ。あの時、俺確かめたんだよな、舞ちゃんのことどう思うって。そしたら、お前、何とも思ってないよ、こうはっきり言ったんだぜ。それがなんで、今?」と直球で訊いてしまった。

「済まなかった、貴史。あの時、舞子には告白済みで……。親友のお前が恋心を抱いていたことは知ってたものだから、その遠慮もあり、ついてしまったんだよ、真っ赤な嘘を」

 貴史はそんなことを今さら攻めるつもりはない。あれは真っ赤な嘘だったのか、と大人として妥協し、あとは「仕方ないか、で、創作スイーツを食べさせてくれよ」と照れ笑った。


 こんな二人の様子を見ていた舞子は少しホッとしたのか、話題を変えて、「いつもこの人、お巫山戯ふざけさんなんやから、そやさかい、こんな『 What's new ? 』なんえ」と京言葉で語り掛け、濃い緑色で覆われた、抹茶スイーツを目の前に置いてくれた。

 もう過去は過去と舞子への淡い恋心を吹っ切った貴史、現実に戻り、テーブルに目を落とすと、美味しそうだ!

 貴史は辛抱できず、スプーンで大きく取って口に運んだ。

 うーん、確かに香り良い抹茶テースト。洋介、結構やるじゃないかと舌の上で転がすと、その瞬間ビックリ仰天、芯はハニー味なのだ!

「何なんだよ、これ、裏切られた味だよ」

 この大きなリアクションに、舞子がうふふと笑いながらメニューの一つを指さした。それを目にした貴史、うっと上体を後方に引く。

 なぜなら、そのスイーツ名は事もあろうか、──、


 高校卒業前に洋介が吐いた真っ赤な嘘は、今、 抹茶な嘘に進化していたのだ!

 こんな奇異さに妙に感心する貴史だったが、ここは一言批評せねばならない。

「洋介、お前のダジャレ、いやウィットもわかるが、もっと人に幸福が巡ってくるようなテーマでスイーツ作りをして欲しいなあ」

 青春を共に過ごした友人として、忌憚なく言ってしまった。すると横から舞子が「そやろ、貴史君、これ、この人のスイーツなんえ、見てくれはる」とメニューを開いた。

 そこには、―― スイーツ・カフェ[What's new ?] ―― のメニュー


   アッパレパイ

   おかしなお菓子

   お猪口レート

   ケーキは気から

   爺(ジジ)ロア

   ココ夏秋冬(ココナツアキフユ)

   朱(しゅ)クリーム

   地図ケーキ

   滑る斜(しゃ)ベット

   抹茶な嘘


「おいおいおい、洋介、これは一体、何なんだよ!」

 スイーツを愛する単身赴任男の貴史、こんな珍奇な、いや、邪道なネーミングに度肝を抜かれてしまった。

「なあ、洋介、ちょっとスイーツの王道からは外れてるようだけど」とあとは口ごもるしかなかった。

 そんな貴史に、「舞子と二人で精魂込めて仕上げた新作があるんだよ。試食してくれないか」と洋介が抹茶ゼリーを目の前に置いた。

 それはまさしく『 What's new ? 』、「じゃあ、遠慮なく頂いてみるか」と貴史は一口口にする。するとそこには、ふわりと宇治抹茶の奥深い味わいがある。

「おい、洋介、これ、絶品だよ!」 貴史は感動の声を上げた。

「ありがとう。俺知ってんだよ。貴史はハッピー・スイーツ探求の人気ブログ作家だろ。お前に褒められて、やっと一人前のパティシエになれたかな? そこで貴史に頼みがあるのだけど、このゼリーに名前を付けてくれないか」と洋介が頭を下げた。これに貴史は「ヨッシャ!」と親指を立てた。


 洋介と舞子の新作・抹茶ゼリー、上品な甘さと郁々いくいくたる香りがある。まさに至福の一時を運んで来てくれるスイーツだ。決してではない。

 そんな感動をもって、貴史は洋介のお巫山戯さん路線をやっぱり友として尊重し、かつ前向きで気合いの籠もった名を授けたのだった。

「高校卒業後、洋介と舞子の二人が追い求めてきた究極の新作スイーツ、その『 What's new ? 』は── ウチ(宇治)、幸せになり抹茶 ──だよ」


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