第6話 昭和映画館の……
帰宅途中、
特に買いたい本はないが、何か掘り出し物でもないかと店内をうろつく。そして奥の本棚まで来て、昭和時代の写真集が目に入った。
春樹はそれを引っ張り出し、パラパラとページを繰る。そしてその中の一枚の写真、それに目が釘付けとなる。
セピア色の歪んだ三角形の屋根が三つ並んでる。きっと実際の色合いもくすんでいたに違いない。
そんな
まさに昭和30年代の映画館だ。
春樹が育った田舎町にも同じような映画館があった。そして「喜びも悲しみも幾年月」という映画を、母の膝の上で観たことを微かに憶えている。
こんなことが蘇り、この写真の情景に懐かしさが込み上げてくる。
しかし、ノスタルジックな感情より、もっとこの風景の中に興味を引くものがあった。
それは年端も行かない女の子だ。
多分母親なのだろう、和服姿の女性が横に並んでいる。
少女は手を繋いでもらい、きっと楽しいのだろう、スキップを踏んでるようにも見える。そんな母と娘が映画館へと入場する後ろからのショットだ。
だが春樹はルーペを使ってでも拡大し、確かめたい。まるでイカ墨を引き延ばしたような色調、つまりモノクロ世界に、ケシ粒ほどの朱がポツンと浮き上がってる。春樹はその一点に焦点を合わせる。
それは確かに、少女の髪に着けられた赤いリボンだ。蝶々の形をしている。
こう識別できた春樹、思わず言葉を発してしまう。
「まったく同じ蝶々の赤いリボン。この女の子って絶対に、この間、映画館で見かけた子だよ」
実に奇妙なことだが、春樹はこう確信した。
そう、あれは晴れた休日のことだった。単身赴任中の春樹は時間を持て余していた。たまには映画でもと、昼過ぎから町の映画館へと出掛けた。
稀のことだが、昭和の映画が特集で組まれていた。もちろんその中に「喜びも悲しみも幾年月」があった。
「かって母が喜々として観た映画、それって、一体どんなのだったんだろうか?」と急に興味が湧き、チケットを買った。
開演時間に合わせ入場してみると、案の定空席だらけ。こんな天気の良い日にシネマなんて、その上に作品が古過ぎる。
しかし、春樹にとって、そんなことはどうでも良いことだ。
少し後方に席を取り、まずはリラックス。しばらくしてブーと鈍いブザーが鳴り、館内が暗くなった。
半世紀以上前に公開された映画だが、俳優が話す言葉は現代と変わらない。またストーリーも面白い。
春樹は引き込まれながら、あらためて母はこんな映画を観ていたのかと熱いものが込み上げてくる。
そんな感傷にも浸っている時に、ぱっと明るいシーンに移った。その瞬間に、春樹は目にしたのだ、最前列の席にぽつりと座る少女を。
「あれっ、女の子が一人、なんで? 始まる時にはいなかったのに」
春樹は首を傾げ、次の明るい場面を待った。そしてもう一度目を懲らしてみると、確かに小学生くらいの女の子だ。
きっと母親に着けてもらったのだろう、蝶々の形をした真っ赤なリボン、それでおしゃれをしている。
それを可愛いと思う反面、女の子が一人、なぜ? と理解に苦しむ。
こんな腑に落ちない状態で映画は終了し、館内は点灯された。
「えっ、あの子がいない。どこへ行ってしまったのだろう?」
真っ赤なリボンを着けた女の子が最前列の席から、いや映画館から消えていたのだ。
春樹はその時以来、少女のことがずっと気になっていた。そして今日、偶然にも、昭和時代の写真集の中に――、発見!
母親と手を繋ぎ、スキップを踏み映画館へと入って行く女児が……。
ついこの間、映画館で消えた、赤いリボンを着けたあの女の子がそこに映っていたのだ。
春樹はもう不思議でたまらない。
早速写真集を購入し、映画館へと走った。そして事務員に訊く。
「ああ、この写真の女の子ね、時々来てますよ。多分、辛いことでもあったのでしょうね、お母さんとの思い出に浸りに来るのですよ」
スタッフは淡々とこう答えた。
だが春樹はそれだけでは納得できず、「どこから来て、どこへ帰るのですか?」と尋ねた。
「さあ、私もわかりません。お客さん、もうこれ以上は……、そっとしておいてやって欲しいのです」
春樹はなんとなく事情がわかってきたような気がする。それを見てとったのか、事務員が続ける。
「もう一つですが、絶対に少女の前に立ってやらないでください。顔を見られるのが、あの子、一番嫌がりますからね」
春樹はこれで理解できた。そして思わず口走ってしまう。
「えっ、それって――、
これに事務員は人差し指を口にあて、囁くのだった。
「シー! 昭和映画館の……、ヒ・ミ・ツ、で~す。シーー!」
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