第5話 うまんまの箸
単身赴任中の
うまんまの箸は香木うまんまの木から作られ、それを使うとすべての食べ物が美味しいと感じられる。
材料となるうまんまの木は森深くに育つ落葉樹。初夏に可憐な花を咲かせ、秋には真っ赤に色づく。木の実の栄養価は高い。だが、ひどく渋い。
リスなどの森の小動物たちは冬に備え、この実を好んで食べる。しかし、なぜ吐き出したくなるほどの実を摂取できるのか? 不思議だ。
だがここにヒントがある。
彼らはうまんまの木のうろ穴に潜り込み、それらを木の皮と共に囓る。
そんな習性からすると、つまり、うまんまの木を食感しながら食べれば、その渋さは消え、美味に変わるからだと推察される。
また、ここに『うまんまの箸』の言い伝えがある。
昔、人里離れた所に
初雪も間近な頃、これでは冬を越せないと、権助はきのこなどを求めて森深くへ入って行った。
森の夜は早い。いつの間にかとっぷりと暮れ、権助は道に迷ってしまった。ここは無理せず、うまんまの木の下で一夜を明かすこととした。
だが空腹で堪らない。
身の回りに目をやると、皮肉にも渋くて食べられないうまんまの実が辺り一面に落ちている。そんな時に権助は思い出した。リスはわざわざ実をむろ穴へと運び、うまんまの木の皮と一緒に食べる、と。
権助は閃いた。早速うまんまの木の枝を折り、箸を作る。そして箸で実を摘まみ、舌で箸先を濡らしながら口へと放り込む。するとどうだろうか、渋みがなくなっているではないか。むしろ隠されていた甘みが染み出し、実に美味い!
権助はここで気付いた。うまんまの箸はまずい食べ物を美味しくしてくれるのだと。
これは凄いと権助はさらに箸を作り、家へと持ち帰った。それらを使い始めた権助家族、たとえまずい雑草でも美味しく食べられるようになった。結果、ひもじさはなくなり、子供たちはすくすくと育った。
その上に権助は偉かった。森に入っては箸を作り、まずい食事しか取れない貧しい人たちや食が進まない老人たちに、とにかく食事が少しでも美味しく感じられるようにと、うまんまの箸を配り歩いた。
しかし、権助は飽食飽満の金持ちだけには箸を譲らなかった、とか。
「なるほど、おじいちゃんが話してた箸って、こういうものだったのか」
ネット内の解説と言い伝えを読み終え、北林は腑に落ちた。それから割り箸で、コンビニ弁当の縁にぺちゃりと貼り付いたカマボコを剥がし口に入れる。どことなく……、うーん、よくわからないが、プラスチックの味がする。
「あーあ、今宵のディナー、俺もうまんまの箸、使いたいよ」
こんな願望が吹き出した時、北林はハッと思い出した。
「そう言えば、おじいちゃんが……、幸介、お前の人生の、ここぞという時には元気出すために、美味い味が必要だろ。だからその時には、このうまんまの箸を使えと言ってたよなあ」
確かに、形見としてもらっていた。
「あの箸、どこへ仕舞ってしまったかなあ?」
すぐさま引き出しをひっくり返す。そして、ラッキー! 見つけたのだ。
神々しく光る箸、手に取るとずしりと重く、神懸かり的な趣がある。
「おっおー、これで弁当のカマボコも新鮮アワビになるぞ! すべての食事がミシュラン三つ星級に――、大変身じゃ!」
感極まり、こう叫び、パソ画面の前にまたドッカと座る。そして今度はエビ天を挟み上げ、そろりと口に入れる。そこでじっくりと味わえば良いものを、普段の流れか、左手で缶ビールをグビグビと。
「えっ、このエビ天、まるでゴム輪のような食感。うまんまの箸で、ぜんぜん美味くならへんやーん」
そう、それはまさに単身赴任の侘びしい味なのだ。北林は期待が外れ、メッチャ不満。あとは一人ムカッときて、エビ天を前歯でカチカチと。
「あ~あ、疲れたよ。もう寝るか」
毎晩単身赴任アパートで繰り返される、一つの話題で盛り上がり、挙げ句の果てに自分で火を消す、こんな一人ヨッパのマッチポンプ型時間つぶし。あとは惰性で、パソコンの次画面へとクリック。
だがそこには、まことに失礼な、しかしまったく図星の忠告があったのだ。
『うまんまの箸』の効用、それを引き出すための――必要3条件
1.食べながらパソやスマホをやるなどの、生意気な食事態度を取らないこと
2.あーだ、こーだと文句を言わず、食べれることに、ただただ感謝すること
3.酒、ビールなどのアルコールに溺れながら、食事しないこと
これを読んだ北林、苦くなったビールをゴックンと。あとはボソボソと吐くしかなかったのだ。
「おじいちゃん、俺まだ『うまんまの箸』を使う資格なしだよ。明日から心入れ替えようかな。……、ありがとう」
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