第126話【特別賞☆感謝SS】8 三日ぶりの報告会

 ※卒業後、「買い物」よりも後の話です




 アルフォンスとの恒例の報告兼お茶休憩の時間を前に、ミリアは執務席でそわそわしていた。


 何度も何度も懐中時計を確かめる。


 今日は三日ぶりにアルフォンスに会うのだ。


 アルフォンスは領地で所用があるからと、王国の北西にあるカリアード領に帰っていた。


 王太子エドワードの側近と監査室の室長を兼務しているのに、その上自領での仕事もあるなんて、貴族家嫡男というのは大変な立場だ。


 早く会いたいような、でも恥ずかしくて会いたくないような、複雑な気持ち。


 想いを心の奥底に押し込め、表に出さないと決めたミリアだったが、アルフォンスのいない前ではダダ漏れだった。


 どう見ても好きな人に会う前の女性で、部下のルーズベルトも気を使って話しかけるのを控えていた。


 ようやくその時間になってもアルフォンスは訪れなかった。忙しいアルフォンスは時間通りに来られることはまれだから、いつも通りといえばいつも通りなのだが、この落ち着かない気分から早く解放されたいミリアは耳をすませてじりじりと待つ。


 と、コンコン、とノックの音がして、びくっとミリアが肩を振るわせた。


 ルーズベルトが扉を細く開けて相手を確かめ、大きく扉を開けて、訪問者の入室をうながす。


 入ってきたのはもちろんアルフォンスだ。


 ミリアは三日ぶりに見た姿に、どきっとした。


 神々しいほどの美形だ。


 恋愛フィルターにしばらく会えなかった分が重なって、つやのある銀髪は自ら光を放ってるんじゃないかと思うくらいにアルフォンスがきらきらして見える。


「ミリア嬢」


 アルフォンスが、ミリアの名を呼んでにこりと笑った。


 ダメだ。まぶしすぎて顔が見られない。


 ミリアはふいっと顔をそらした。


「あ、アルフォンス様、どうぞこちらへ」


 アルフォンスを見ないようにして、ミリアが応接室へとアルフォンスを案内する。


 と、そこへ、またもノックの音。


 来客か、とミリアが足を止めると、ルーズベルトが開いた扉の向こうには、アルフォンスの側近、セトがいた。


「カリアード様、申し訳ありま――」


 言いにくそうに、しかしせっぱ詰まった早口で用件を告げようとしたセトは、振り返ったアルフォンスの不機嫌な視線に射抜かれて、言葉を切った。


「邪魔をするなと言ったはずですが?」


 ブリザードでも吹き荒れているのかという、冷たい声だった。


「至急の、案件です」


 氷漬けにされたセトは、それでも職務をまっとうすべく、なんとか声を絞り出した。


 セトだって、できればアルフォンスとその婚約者の逢瀬を邪魔したくはない。アルフォンスが激怒することはわかっているのだから。


 三日ぶりに婚約者と会えるとなって、先ほどまで、アルフォンスは鬼気迫る勢いで仕事を片づけていた。王太子エドワードの呼び出しをガン無視し、自分の執務室で不在の間の案件をばっさばっさと片づけていったのだ。


 しかし、本当に急ぎの案件だったのだから致し方ない。


 引かないセトを見て、アルフォンスは首を横に振った。セトがどうでもいい用件で割り込んでくるとは思えなかったからだ。


「すぐに戻ります。――準備を」


 アルフォンスはミリアと気配を殺していた使用人に告げ、セトとともに部屋を出ていった。


 ぱたりと扉が閉められてから、はぁぁぁぁ……と、ミリアは詰めて息を吐いた。まだ心臓がばくばくしている。


「失礼いたします」


 アルフォンスに命じられた使用人は、勝手知ったるとばかりに応接室へと入り、お茶の準備を始めた。


 手持ち無沙汰ぶさたになったミリアも、何となく応接室に入る。仕事を再開できるような気分ではなかった。


 ソファにすとんと座り、ワゴンの上でお茶をれている様子をぼぉっと眺める。


 先に準備をしろと言ったということは、アルフォンスはすぐに戻ってくるつもりなのだろう。でなければお茶が冷めてしまうから。


 どっと疲れが出て、ミリアはソファにもたれた。


 はしたないことこの上ないが、使用人に見られることはもう気にしなくなっていた。彼女たちは見て見ぬふりをするのも仕事のうちなのだ。


 肩すかしを食らった形だが、お陰で緊張は解けた。これでいつも通りに接することができるだろう。


 ミリアは目の前に置かれたお茶を一口頂いた。



 " " " " "


 執務室に急ぐアルフォンスは非常に機嫌が悪かった。


 今朝は朝一で王宮に来たために、ミリアを迎えに行くことができなかった。


 我慢して我慢して我慢して、ようやく三日ぶりにミリアの顔を見ることができたのに、セトに割り込まれた。


 だが、廊下に出た所でセトに耳打ちされたのは、王命だという言葉だ。ならば対応しない訳にはいかない。すぐさま内容を確認し、部下たちに指示を出さなければ。


 イライラがつのる。


 それと同時に、不安も胸の中を渦巻いていた。


 先ほどミリアはアルフォンスから顔をそらさなかったか。


 また自分は何かミリアの気に障るような事をしたのだろうか。


 この三日、アルフォンスはミリアに会えていない。だから何もしていないはずだ。


 そこで、はっと気がつく。


 何もしなかったことへの不満なのではないか。


 そうだ。そうに違いない。


 大切な婚約者に、花一つ贈らなかったのだ。自分は会いたい会いたいと思っているだけで、ミリアに対して何もしなかった。


 三日も放置するだなんて、ミリアに対して抱いているのはその程度の想いなのだ、と誤解されていてもおかしくない。


 アルフォンスは自分の至らなさに舌打ちをした。



 * * * * *



 結局、アルフォンスが戻ってきた時には、紅茶はすっかり冷めてしまっていて、壁際で待機していた使用人がお茶を淹れ直した。


 そしてテーブルにマカロンを置くと、一礼して部屋を出て行った。


 部屋にはミリアとアルフォンスの二人きりになる。


 ミリアはもう緊張していなかった。


「お仕事は大丈夫でしたか?」

「はい。遅くなって申し訳ありません」

「いえいえ。私の方はいつでも大丈夫ですから。何なら、書類でも報告できるわけですし」

「いえ、そういう訳にはいきません。せっかく王宮にいるのですから!」

「え、あ、そうですね」


 突然のアルフォンスの勢いに、ミリアは少し引いたが、さすがアルフォンスだ、と思い直す。


 報告は直接聞いた方がいいに決まっている。ミリアを呼びつけずに自分で来るのも、監査室の様子を確認するためなのだろう。


「では報告します。ここ三日のことは書類をお渡ししていますが、そちらもまんでお話しますね。まず、財務部の監査ですが――」


 ミリアは流れるように報告をしていった。アルフォンスはそれをうなずきながら聞き、所々で質問を挟んでいく。


 いつも通りに話せて、ミリアはほっとしていた。


 正面のアルフォンスのキラキラ具合は、普段のキラキラ程度に落ち着いている。ちゃんと顔も見て話せる。


 どきどきしすぎてまともに報告できない、なんて事になったら、アルフォンスに軽蔑されるところだ。自分でも自分に嫌気いやけがさすだろう。


 一通り話して、ミリアはピンク色のマカロンに手を伸ばした。ピンク色には親近感があって、つい選んでしまう。


 これはアルフォンスのお土産だ。カリアード領で有名な菓子店の物だそうだ。


 一口食べるとほろほろ崩れて、甘さが口の中に広がる。それと同時にバラの香りが鼻に抜けた。


 どちらかと言うとバラの香りのお菓子は苦手だが、アルフォンスが持ってくるお菓子はどれも美味しい。


 ミリアはアルフォンスが告げた店名を、頭の中の美味しいお店リストにしっかりと刻みつけた。


 二口目をかじったところで、アルフォンスがソファから立ち上がった。


 もう戻るのか、とミリアも立ち上がろうとしたが、アルフォンスはそれを手で制して、ミリアの隣に座った。


「どうしたんですか?」


 膝が触れそうなくらい近い。顔も近い。ミリアは少し体を離した。


「ミリア嬢」

「え」


 アルフォンスはミリアの手のマカロンを奪った。


 食べてしまうのかと思いきや、それは皿の上に置かれる。


 そしてアルフォンスはミリアの両手を握った。


「三日も何もせずにいて、申し訳ありません」


 アルフォンスは真剣な顔をしている。


「え、いや、お仕事ですし。裁可頂くものはお出かけ前に頂きましたので、こちらは特に問題ありませんでした」


 さっきもそう報告したんだけどな、とミリアは思う。


「そうではなくて……ミリア嬢に、何もしなかったことです」

「はあ」


 どういう意味だろうか。お茶のお菓子を差し入れるべきだったとでも思っているのか。ミリアだってそこまで厚かましくはない。


「別に何かをしてもらいたいとは思っていませんでしたが」


 ミリアが首を傾げながら言うと、アルフォンスは、ぐっと言葉を詰まらせ、眉を寄せた。


「お茶休憩のお菓子がなくて寂しかった、とか思ってませんから」


 そう言うと、アルフォンスは片手で目を覆い、はぁぁぁぁぁと長いため息をついた。


 花ではなくて甘味かんみだったか、とアルフォンスが思っているとは知らないミリアは、アルフォンスに呆れられたと思った。


「いや、本当に思ってませんから。ジェフからクッキーもらいましたし」

「ジェフから……?」


 アルフォンスの柔らかかった表情が、すっと冷たい物に変わる。


「ミリア嬢、私以外の男からプレゼントを受け取ってはいけません」

「ちゃんとこっそりもらいました。誰にも知られていません。ベルンだけです」


 周囲にバレていないのだから別にいいだろう、とミリアは思っていた。


 アルがいないとお菓子がないだろ、と好意でくれたのだ。断る理由がない。いいじゃないか、お菓子くらい。


「駄目です。……あなたは私の婚約者なのだから」


 そう言うと、アルフォンスはミリアの膝裏に腕を回すと、ひょいっと抱き上げた。


「え?」


 突然膝の上で横抱きにされたミリアは固まった。


 その口に、食べかけのマカロンがぐいと押しつけられる。


 ミリアは反射的にそれにぱくついた。美味しい。


 もぐもぐと食べながらも、頭の中はパニックになっていた。


 何これ何これ何これ……!


 ごくんと飲み込むと、再びマカロンが口元にやってくる。


 最後の一口だったそれを、アルフォンスは細く長い指でミリアの口の中に押し込んだ。


 そして、指先についたピンク色の粉を、ぺろりとなめる。


 その扇情的な仕草に、ミリアの鼓動がさらに跳ねた。顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。


 マナー違反だとか考える余裕はなかった。


「ミリア嬢」


 アルフォンスが反対の手をミリアの顔に添えた。指先が耳に当たり、びくっと体を震わせてしまう。


 アルフォンスの深い緑の瞳が、ミリアの目をのぞき込んでいる。


「もう一度言います。あなたは、私の、婚約者です。他の男から何かを受け取ってはいけません。あなたに何かを贈ってもいいのは私だけです。甘味かんみを食べさせるのも」

「ひゃいっ」


 有無を言わさぬ口調で、反射的に答えてしまう。そのときに再び耳をくすぐられ、ミリアの返事は裏返ってしまった。


 アルフォンスが満足そうに目を細めた。とろけるように甘い笑顔は破壊力抜群だった。イケメンずるい。


 まともに顔が見られなくなったミリアは、アルフォンスの肩口に顔を伏せた。


 その体を、アルフォンスがしっかりと抱きしめる。


 なんなの、もう……!


 どきどきが止まらない中、それと同時に、アルフォンスの腕の中にいる安心感もある。


 私、この人が好きだ。


 ずっとこのままでいられたらいいのに。



 とんでもない体勢でいることに気がついたミリアが、悲鳴を上げて飛び上がるまで、あと数秒――。









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 これにて、特別賞受賞の感謝ショートストーリーはおしまいです。次話から第二部が始まります。

 ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。


 それでは引き続きお楽しみ下さい。

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