第二部

第127話 景色は綺麗だったのですが

※書籍版から来て下さった方へ。Web版は書籍版とはストーリーなどがやや異なります。書籍版からは繋がらないのでご注意下さい。


※第二部は下記番外編の後からスタートします

第106話【番外編】ミリアのスパルタ教育https://kakuyomu.jp/works/1177354054892933006/episodes/1177354054894774653

第113話【番外編】買い物 1/2

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892933006/episodes/1177354054895770295

第114話【番外編】買い物 2/2 side アルフォンス

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892933006/episodes/1177354054895770296

第126話【特別賞☆感謝SS】8 三日ぶりの報告会

https://kakuyomu.jp/works/1177354054892933006/episodes/1177354054897995563



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 学園を卒業し、王宮の監査室に勤めて一か月が過ぎた頃、ミリアは休暇をとり、アルフォンスと共に馬車でカリアード領に向かっていた。


 さほど大きくはないローレンツ王国とはいえ、その北西の端に位置するカリアード領は王都からはかなり離れている。


 互いに連続した休みは三日取るのが精いっぱいで、行って、一日過ごして、帰ってくるというギリギリのスケジュールになっていた。


 それも、通常なら途中で一泊挟んで移動する距離を、馬を替えながら一日で踏破する強行軍だった。


 用事で領に帰るから同行しないか、とアルフォンスに誘われた時、ミリアは一度仕事を理由に断った。


 だがアルフォンスは、婚約者たるもの領地について知っておくべき、と説得してきた。つまり、いずれカリアード家に入るのだから、ということだ。


 婚約しているのだからその通りなのだが、ミリアにはまるで現実感がなかった。


 自分がアルフォンスと結婚なんてあり得ない。「推しは俺の嫁」を地で行くことになる。嫁になるのはミリアの方だが。


 しかし、事実ミリアはアルフォンスの婚約者であるからして、婚約者としての義務は果たさなければならない。誰かに聞かれて、領地に行ったことはない、などと言おうものなら、カリアード家が非難されてしまうだろう。


 だからミリアは承諾した。


「お疲れではありませんか?」


 アルフォンスはしきりに疲れていないかと聞いてくる。


「いいえ」


 ミリアは座り仕事には慣れているし、これまで父親のフィンと共に各地に行くことも多かったから、大して苦ではない。


 それよりも、アルフォンスと二人きりでいられるのが嬉しかった。普段は二人とも忙しくて、じっくり話せる機会はあまりない。


 話している内容は、仕事のこととか、経済のこととか、他国の動向や王国の未来などで、何の色気もない。


 それでもとても楽しかった。


 ミリアにはここよりも発展していた日本の記憶があり、その話についてきてくれる人は、アルフォンスくらいしかいないのだ。


 お泊り旅行……なんだよね。


 話しながら改めてそう思うと、少し緊張してくる。


 何とか仕事を終わらせてへとへとだった昨夜は、考える間もなく眠りに落ちてしまったが、信じられないことに、ミリアは今日と明日、アルフォンスの家に泊まらせてもらうのだ。別邸とはいえ、実家に泊まることには変わりがない。


 婚約に至るまでの展開は怒涛どとうとしか言えないが、この展開の速さもなかなかだと思う。貴族の中では、領地の屋敷を訪れればそのまま宿泊する、というのがそう珍しくないとはいえ。


 馬車の中に夕日が差し込んできて、アルフォンスの銀色の髪がオレンジ色に輝くのを見て、ミリアは窓の外に視線を移した。


「わぁ!」


 景色の美しさに感嘆かんたんの声を上げる。そのまま身を乗り出して、走る馬車の窓から顔を出す。ミリアのふわふわとしたピンク色の髪が風になびいた。


 目の前に広がるのは収穫前の小麦畑だ。燃えるような夕日を受けて、整備された街道の両脇は見渡す限り一面の黄金色こがねいろになっていた。


 カリアード領は広大で、小麦の栽培と畜産が盛んなことから、王国の食糧庫と呼ばれている。人口はそれほど多くはなく、経済的に発展しているわけでもないが、豊かな領だ。


「ミリア嬢、あまり身を乗り出すと危ないですから」

「ごめんなさい」


 ミリアは頭を引っ込めた。


「お気に召しましたか?」

「はい。すごく綺麗な景色です」

「よかった」


 アルフォンスがほっと息をついて微笑んだ。


 普段は冷たい無表情でいることが多いから、こういう柔らかな顔を見せてくれると、気を許してくれているのだと思って嬉しくなる。


「申し訳ありませんが、屋敷まではまだしばらくかかります」

「平気です。しばらく外を見ていてもいいですか?」

「えぇ、もちろん」


 ミリアは開いた窓から外を眺めた。


 空があかね色から群青ぐんじょうへとグラデーションを作っている。小麦畑の間には牛や馬を放牧している所も見えた。


「来てよかった」


 思わず口から言葉がもれた。


 景色に見入る余りに、また身を乗り出してしまう。風が顔に当たるのが心地いい。


 その時、ガタッと馬車が揺れた。


「きゃっ」


 腰を浮かせていたミリアの手は窓枠から離れ、後ろに放り出された。


 咄嗟とっさにアルフォンスの腕がその体を受け止める。


「大丈夫ですか?」


 アルフォンスの顔がすぐ目の前にあった。腕が体にしっかりと回されているのを感じる。


「だ、大丈夫です! ありがとうございます」


 片手を自分のほほに当てると熱を持っていた。心臓がばくばくいっているのは、驚いたからだけではなく、アルフォンスに急に触られたからだ。

 

 アルフォンスとは一日一度ハグをしているのだから、今さら多少触られたくらいで動揺するのもおかしな話なのだが、心の準備があるのとないのとでは全然違う。


 一度危ないからと注意されたのに、その通りになってしまったのも恥ずかしい。


 支えられたままだったミリアは、椅子に座り直そうとした。


 しかし、アルフォンスに引き寄せられてしまう。


「ひゃっ」


 かと思うと、ミリアはアルフォンスのひざの上に乗っていた。ウエストに腕が回される。後ろから抱っこされている体勢だ。


「アルフォンス様!?」

「これなら、立ち上がらなくても外がよく見えますよ」


 窓に顔を向ければ、ミリアの頭の位置は先ほどよりも少し高くなっていて、確かに外はよく見えた。


「ここまでしてもらわなくても大丈夫ですから!」

「いいえ、また馬車が揺れてミリア嬢が怪我でもしたら大変ですから」


 慌てて逃れようとしたミリアをしっかりと抱きかかえたまま、アルフォンスは体を窓の方へと向けた。さらに外が見やすくなる。


 だが、こんなことをされては、景色を楽しむどころの話ではない。背中とお腹から伝わってくる体温にどきどきが止まらない。アルフォンスは完全に善意なのだろうが、大きなお世話になってしまっていた。


「カリアード領を好きになって下さると嬉しいです」


 そう言われてしまうと、無理に振りほどくこともできない。


「……では少しだけお言葉に甘えます」


 ミリアはしばらくじたばたした後、観念した。注意を聞かなかったのはミリアだし、怪我をされては困るという言い分はもっともだ。ここで怪我をしたら迷惑以外の何物でもない。


「心ゆくまでどうぞ」


 そんなわけにいくものか。あまり長く乗っているとアルフォンスの脚がしびれてしまうだろう。羽のように軽い、というわけにはいかないのだから。


 ミリアは窓枠に手をかけ、暮れなずむ小麦畑に目を向けた。いつまでも見ていられるほどに綺麗だ。なのに、どうしても集中しきれない。アルフォンスが密着しているせいで。


「あの、そんなにしっかりと抱えてもらわなくても……」

「危ないですから」


 せめてお腹の腕は解いて欲しいと思ったが、にべもなく断られた。


 どころか、アルフォンスがミリアの頭に顔をすり寄せ始める。


 ひぇぇぇ……!


 上げそうになる悲鳴を、ミリアはなんとか飲み込んだ。


 たまらずアルフォンスの腕をつかむと、アルフォンスはさらに腕に力を込めてきた。ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。


 この仕草には覚えがある。ハグをしている時にアルフォンスはよくこうするのだ。人恋しいのか、ミリアの髪の手触りが好きなのか、とにかく猫のようにすり寄ってくる。


 アルフォンスの口が首筋にあたってぞわぞわした。


「くすぐったいです」

「すみません」


 ミリアが首の後ろを押さえると、謝りながらも、アルフォンスはすり寄るのを止めようとはしなかった。自意識過剰だとわかっていても、心臓は爆発しそうだ。


 こんなの耐えられない……っ!


「アルフォンス様っ、ほら、牛がいますよっ! チーズ用でしょうか!?」

「いえ、あれは食肉用です」


 ミリアが質問を投げると、ひょいっとアルフォンスの顔が横に並んだ。やめてくれたのは嬉しいけれど、これはこれで顔が近い。


 アルフォンスの視線を感じる。


「ミリア嬢」

「はい」


 ミリアは顔を前に向けたまま答えた。横を向いたら、そのままキスしてしまいそうな距離だったから。


「まだしばらくかかります」

「はい」


 それはさっきも聞いた。


「ここから屋敷に到着するまでは、領の様子を見ていて頂きたいです。私が説明します」


 屋敷までこの状態とか、拷問ごうもんかな?


「いえ、そろそろ暗くなりますし……」

「今夜は月が明るいですから大丈夫です。ミリア嬢に領のことを知って頂きたいのです。――婚約者として」


 それを言われてしまうと断れない。


「わかりました。ではお話をちゃんと聞きたいので、降ろして下さい」

「それでは実態がわからないでしょう? せっかく来て頂いたのですから、現物を見ながらご説明します」


 有無を言わさぬアルフォンスの態度に、ミリアは勝てなかった。


 本当にアルフォンスに抱っこされたまま、顔が触れ合いそうな距離で講義を受け続けたのである。


 心臓は悲鳴を上げていたが、勉強にはなった。

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