第125話【特別賞☆感謝SS】7 選ばされたのは確かです side エルリック

 昼頃に徹夜で仕事を終わらせたエルリックは、王都へと馬車を走らせた。


 眠くて眠くて仕方のないはずなのに、徹夜ハイとミリアに会える喜びと噂への怒りがないまぜになり、全く眠ることはなかった。


 学園に到着したのは、ちょうどミリアが正門から出てくる所だった。


「姉さん!」


 エルリックは馬車から飛び降り、ミリアに駆け寄った。


「何があったの!? 王太子と婚約するってどういうこと!? 何がどうしたらそういうことになるの!?」


 聞きたいことや順番を考えていたはずなのに、ミリアの顔を見た途端、頭が真っ白になり、浮かんだ言葉をそのまま口にしてしまう。


「ちょ、ちょっと落ち着こうか」


 ミリアになだめられて馬車に乗り込んだあとも、エルリックの口は止まらなかった。


 馬車の中でもミリアを質問責めにした。


 そんなエルリックにミリアは戸惑っていたが、一つずつゆっくりと答えてくれた。


 エドワードと婚約する予定はない。

 エドワードのことは全く好きではない。

 エドワードにつきまとったことはない。

 エドワードにもジョセフにも告白されてはいない。


 エルリックが否定して欲しいと願っていた全てを、ミリアはきっぱりはっきり否定した。


 噂は全て嘘だったのだ。


 しかしそれをエルリックが口にすると、ミリアは気まずそうに目をそらした。


 ここで嘘をつけないところがミリアだ。そしてエルリックはそんなミリアだからこそしたっていた。


 だが、だからといって、曖昧にはしておくつもりはない。


「姉さん、何が嘘で何が本当なのか全部説明してもらうよ」




 ミリアから全てを聞き出したエルリックは、ひたいに手を当ててため息をついた。


 正面でミリアも同じ仕草をしている。さすが姉弟。よく似ていた。


「王太子とユーフェンが悪いのはよくわかった」


 ミリアからの話しか聞いていないので偏りバイアスがあるのだが、何がどうであれエルリックがミリアが悪いと判断することはない。


 ミリアが大好きなエルリックは、例えミリアがどんなことをしていたとしても、味方につくに決まっていたのだった。


「姉さんは、王太子とユーフェンのことは、本当に何とも思ってないんだね?」

「うん」


 念のためにもう一度だけ確認して、エルリックは胸をなで下ろした。


 もし万が一ミリアがエドワードやジョセフを好きになってしまっていたら――とんでもなく不愉快ではあるものの――応援はしようと思っていた。


 ミリアがフォーレンに帰ってこなくなってしまうが、それがミリアの幸せだと言うのなら、エルリックは背中を押すしかない。


 そしてもしも相手がミリアを振ったり不誠実な真似をしたならば、全力で叩き潰すとも思っていた。


 相手が王太子だろうと伯爵令息だろうと関係ない。国民や領民によって成り立っている家だ。商会じっかの力を最大限に使って、破滅するまで追い込んでやる所存だった。


 ……さすが姉弟。よく似ている。


「よかった。姉さんが王太子に体でせまったとか、もうそういう関係なんだとか、既成事実の為に子作りに励んでるって話まであったから」


 安堵のあまりぽろりとこぼしてしまった言葉に、ミリアは顔を覆ってしまった。


「あ、僕は姉さんを信じてたよっ! そんなことないって! 僕や父さんだけじゃなくて、商会のみんなもわかってるから。噂なんてそのうち収まるよ」


 慌てて取り繕ったものの、後の祭りだ。


 本心からの言葉であり、ミリアを知る商会本部の人間は誰一人としてそれを疑っていないのだが、従業員全員が全員ミリアの人柄を知っているわけではない。


 中には信じている者もいるだろう、ということを逆に強調してしまう結果となった。


 気まずくなったエルリックは、ええと、と話題を変えた。


「アルフォンス・カリアードとも何もないんだよね?」


 全く名前の出てこないアルフォンスについても聞いておきたかった。もし自分なら、本命を隠すために、もっともらしい話をでっち上げるくらいのことはする。


「ないよ」


 顔を上げたミリアは目を見開いていて、なぜそんなことを聞くのかと言わんばかりだった。


「他に交流のある生徒はいるの?」


 せっかくだから、と一応聞いておく。


「いない」

「……女の人も?」

「仲のいい令嬢はいないなぁ」

「姉さん……友達いないんだね」


 孤立しているとは聞いていたが、本当に誰一人としていないのか。


「いるよ! エリーとかリサとかシャナとかジョンとかトムとかマイクとか!」

「うちの従業員じゃん……」

「幼なじみ!」


 必死に主張してくるが、学園にはいないという事実は変わらない。


 元平民と貴族のご令嬢様は相容あいいれないということなのだろう。


 エルリックはちらりと壁掛け時計に目を向けた。名残惜しいが、もう戻らなければいけない時間だ。


「噂はこっちでもどうにかしてみるから、姉さんはこれ以上厄介やっかいごとに巻き込まれないように、くれぐれも気をつけてね」

「はい」


 ミリアがしょんぼりと返事をした。年上であることを振りかざさずに、こうやって弟の小言を聞いてくれるところもミリアの好きな所だ。


 玄関まで見送ってもらったとき、横に立ったミリアが、エルリックの頭の上に手を置いた。


「あれ? 背伸びた?」

「そうかな?」


 自分では意識していなかったが、ミリアの顔が前よりも近づいていた。


 少しずつミリアに追いついているようで、嬉しくなる。


 体だけでも大きくなれば、ミリアは自分を頼ってくれるだろうか。


 いや、いつかミリアの背を追い越す時には、仕事でも横に並び立てるようになりたい。


「またね、姉さん」

「今日は来てくれてありがとう。またね」


 後ろ髪を引かれる思いで、エルリックは馬車に乗り込んだ。




 これ以上厄介ごとに巻き込まれないように、と念を押したのに、エルリックの元へと届く噂の報告は、二転三転どころか七転八倒していた。


 エルリックはミリアの言葉を信じ、噂を気にしないようにしていた。


 考えてみれば、そんな滅茶苦茶なことをしてミリアに負担をかけるような男たちを、ミリアが好きになるはずがないのだ。さっさとミリアに告白してさっさとフられろと思った。


 もしも無理に結婚しようとするならばぶち壊すまでだ。


 そんな中、ミリアを経由して、カリアード家から、人材派遣の依頼が入ってきた。子供を希望しているという。


 仕事の内容は収支報告書などの数値の精査。文字が読めなくてもいいということだったから、計算だけをさせたいのだろう。エルリックは、幼い子供を指定したのは、下手に書類の内容を理解されたくはないからだ、と見抜いていた。


 エルリックは会長ちちおやを説得してその仕事をもぎ取った。


 特殊な依頼だからきちんと対応しなくてはならないだとか、伯爵家との繋がりができれば今後の事業に有利だとか、もっともらしい理由をあれこれ並べたが、面接と監督を兼ねて王都に行けるからだったのは言うまでもない。


 加えて、相手はあのアルフォンス・カリアードだという。


 ミリアの周りをうろちょろしている二人と行動を共にしている男だ。どんな男なのか確かめるいい機会だと思った。


 またミリアに会えるのは嬉しいが、浮かれて適当な仕事をすれば失望させてしまうだろう。エルリックは厳選に厳選を重ねて見習い前の子供たちを選び抜いた。


 そして面接の日。


 エルリックは約束の時間ぴったりにカリアード家の別邸に馬車をつけた。時間厳守は基本中の基本だ。


 子供たちは緊張でガチガチだった。


 当然エルリックも緊張している。


 しかし、それを顔に出すことはない。ポーカーフェイスは父親譲りだ。


 居間に通されてみれば、アルフォンスはすでにそこにいた。エルリックたちの到着を待っていたようだ。貴族には珍しい行動で、少しだけ驚いた。


 噂通り、ひどく顔の整った男だった。


 アルフォンスは立ち上がって迎えてくれた。それも珍しい。貴族には、商人なんて、と軽く見られるのが常だし、未成年のエルリックは初めての商談相手にはめられがちだ。


「このたびはご用命頂きましてありがとうございます」

「こちらこそ、わざわざ出向いて下さってありがとうございます」


 アルフォンスの言葉は丁寧だった。


 だが、その表情と声は冷ややかなものだ。最低限の礼は尽くすが、感情を隠すつもりはない、というわけだ。


「さっそく面接を始めたいのですが、よろしいですか?」

「もちろんです」

「ではまず名前と年齢からお願いします」


 アルフォンスはエルリックや子供たちに質問を浴びせていった。


 どれも常識的なものばかりで、変な内容ではなかったのだが、こちらを見下し、疑うような値踏みするような目で見られるのが不快だった。


 子供たちも冷たい態度に萎縮してしまっていた。


 最後に簡単な実技テストをして、面接は終わった。


 一言の無駄話もなく、全ては事務的に進んだ。その人間味のなさも、エルリックは気に入らなかった。


 ミリアは一体この男とどんな風に接しているのだろうか。太陽のように明るいミリアとは全く話が合わなさそうだ。


 エドワードとジョセフに会ったことはないが、こんな男と親しいのだから、似たような人物なのだろう。ミリアが嫌がるわけだ。


 エルリックの中で、アルフォンスの第一印象は最悪だった。




 それが、なんでこんなことに……!


 父親フィンからミリアとアルフォンスが婚約した話を聞いたエルリックは、荒れに荒れた。


 先日アルフォンスがフィンに会いに来ていたことは知っていたが、まさか婚約の承諾を取り付けにきていたとは思わなかった。


 まず、何も知らされず勝手に話が進んでいたことにショックを受けた。


 しかも、フィンはアルフォンスがミリアに求婚することは認めたが、ミリアが選んだら、という条件を付けたという。


 つまり、ミリアはアルフォンスの婚約の申し出を受けたのだ。


 アルフォンスである。


 あの・・アルフォンス・カリアードである。


 冷たい表情と嫌な視線と硬い声が脳裏に浮かぶ。


 とてもミリアを幸せにできるとは思えない。


 噂によれば、王太子エドワード近衛候補ジョセフのみならず、第一王子ギルバートまで求婚した中、ミリアはアルフォンスの手を取ったというのだ。


 何か裏がある、と思った。


 アルフォンスはミリアの有能さに目をつけ、何らかの罠にはめて無理矢理承諾させたに違いない。


 でなければ、ミリアがアルフォンスを選ぶわけがない。


 アルフォンスの魔の手から、絶対にミリアを解放させてみせる。


 そう、エルリックは誓ったのだった。

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