第122話【特別賞☆感謝SS】4 嘘をつきました side ギルバート
その日、ギルバートは寝室のベッドの上にいた。
このところ体の調子が悪い。言わずもがな帝国の皇子のせいだ。対応のほとんどはエドワードたち三人に任せているが、全く顔を出さないというわけにもいかない。
エドワードの暴走もそれに拍車をかけていた。
ミリアと過ごすわずかな時間が、日々の清涼剤となっていたのだが、それすらもできなくなり、そのせいで余計体調が悪化しているような気さえする。
ギルバートは第一王子として
我が子を
かつて「そのために子どもを作ったのだ!」とドヤ顔をされたときにはどうしようかと思った。
エドワードの方は信頼ゆえの委譲だと思い込んでいる。尊敬する父親像を安易に壊すものではない、とギルバートは黙っていた。たぶん墓場まで持って行くことになるだろう。
今は後宮に入り浸って二人の妻と毎日楽しく暮らしている。
まあ、いざ――ギルバートが倒れてどうしようもなくなるなどすれば、出てくるつもりはあるのだろう。腐っても国王なのだから。
ルーリッヒ帝国からの親書の内容を明かしてくれないのも、何か考えあってのことだろう。……だと思いたい。
先王の祖父から引き継いだ後、二人の王子に丸投げするまでの短い治世は、ギルバートも見習いたいと思う程の善政だった。今も臣下の信頼は厚い。
とはいえ、それをあてにする訳にはいかない。
エドワードが国王となれば、そうは言っていられなくなるのだ。今のうちに体調と政務のバランスを取ることを覚えなくては、今後補佐すらできなくなってしまう。
と、そのとき、寝室の扉が小さくノックされた。
扉の横で待機していた侍従に目線をやると、扉を小さく開き、訪問者を確かめた。
告げられた名前は、ギルバートの側近だった。
余程のことがなければ今日は来るなと言っていたのだから、余程のことが起きたのだろう。
ギルバートは体を起こして枕元のクッションにもたれるように座ると、侍従に合図した。
入室してきた側近の顔はひどく焦っていた。
寝台までの距離ですら惜しいといわんばかりに足早に近づいてくると、殿下、とわずかに震える声を出しながら書類をギルバートに差し出した。
一体何があったのかとギルバートは書類に目を落とし、
書かれていたのは、ミリアのことだ。
行動記録ではない。
ミリアに行われた数々の攻撃についてだった。
「何だこれは!」
最後まで目を通す前に、ギルバートは書類を手の甲でパンッと叩いて怒鳴り声を上げた。
「ミリア・スタイン嬢の調査報告です」
「見ればわかる! なぜ今まで報告が上がってこなかったのかと聞いている!」
記録の最初の日付は、ずっと前のことだった。
「……報告者がスタイン家を良く思っていなかったようで」
「首にしろ。今すぐ」
私情で報告内容を選別するような人間はギルバートの下には要らない。
「上の者
ギルバートの気分的には、自分で首を
「実行犯と首謀者を洗い出せ」
「指示済みです」
ギルバートはもう一度書類に視線を落とし、今度は最後まで目を通した。
読みながらぎりぎりと歯を鳴らす。
頭が痛い。
こんなことを許していたなんて。自分の管轄である学園で、それもミリアに対する攻撃を。
「学園に行く」
「おやめください!」
止めたのは侍従だった。
「お体が
「今すぐ行く。ミリアに会わねばならない」
「なりません、殿下」
側近にも止められた。
「お前の責任でもあるのだぞ。ミリアの調査はお前に一任していたのだから」
「処罰はいかようにも。ですが、今はお体を大切になさってください」
「このままミリアを放っておく方が体に悪い」
そう言って寝台から立ち上がったギルバートは、ふらりとよろめいた。
「殿下っ!」
しかし差し出された手に支えられることなく、ギルバートは自分で立て直した。
「どうかお休みください」
「第一王子として命じる。学園へ向かう準備を」
ギルバートは冷え冷えとした声で言った。
「殿下……」
命令だと言われてしまえば、臣下は従うしかない。
だからこそ、王族は滅多にその言葉を使わない。
それを
ギルバートの側近は、抜かった、と思った。もっと自分が気を配っていれば、ギルバートに無理をさせることにはならなかった。
それほどまでにミリア・スタインを大切にしているとは思っていなかったのだ。調査やギルバートの接触は、スタイン家の動向を知るためと初めに説明され、それをそのまま信じていた。
だが今のギルバートは、スタイン家に害を及ぼす者がいて、スタイン家の怒りを買うのを恐れている、といった様子ではない。明らかにミリア・スタイン個人に対する攻撃に怒りを覚えているのだ。
犯人の特定は最優先であり、これまで以上にミリア・スタインの周囲に気を配るよう、部下に申し渡しをしなければならない。
ギルバートは怒っていた。
ミリアが傷つけられていたことを知らず、何もできなかった自分に。
そして――何も言ってくれなかったミリアに。
一言伝えてくれさえすれば、どうにでもできた。なぜ頼ってくれなかったのか。
ギルバートは第一王子なのだ。この国でも
スタイン家が動いている様子はない。
ということは、ミリアは一人で抱え込んでいるのだ。あんなに酷いことをされているのに。
友人だと思っていた。
何かあれば頼ってくれるものだと。打ち明けてくれると。
その事にひどくショックを受けていて、それがそのままミリアへの怒りへと変換された。
そして、それをそのままミリアにぶつけてしまう。
図書室にて、一向に現れないミリアをイライラしながら待っていたギルバートは、ようやく表れたミリアを問い詰めた。
「僕に言うことがあるよね?」
「え、どうしたの?」
「どうして相談してくれなかったの?」
「な、ナンノコトカナ……」
目をそらしてとぼけようとするミリアに、さらに怒りが
「寝ている間に部屋に侵入されて?
攻撃の数々を列挙しても、ミリアはギルバートを見たまま何も言わない。その目が泳いでいた。
「どうして相談してくれなかったの?」
悲しくなったギルバートは、ミリアに近づき両手を取って、額と額を合わせた。
ミリアのピンク色の目が、すぐ目の前にある。
「ギルに心配かけたくなかったというか……」
「何も言ってくれない方がつらいんだ。報告を受けたときの僕の気持ちがわかる? ミリアがそんな目にあっているのに知らなかったなんて、ショックだったよ」
「忙しいって聞いてたし……」
「僕がミリアのために時間を作らないわけないだろう?」
「それに、
その言葉に、カッと血が上った。
これだけのことをされて、まだ大事ではないと?
「すでに大事ではないか!」
ギルバートはミリアから顔を離し、怒りのままにバンッと横のテーブルを叩いた。
ミリアの肩がびくりと跳ねる。
「ごめん……。でも、わかってほしい。もう僕に黙って我慢したりしないで」
「だって……」
ミリアが繋いだままの片手を振り払った。
みるみるうちにピンク色の目に涙が浮かび、そして、こぼれた。
「ギルが……ギルが来てくれなかったんじゃない! 私に話す機会があった!? ギルが
ミリアは涙を流しながら、ギルバートに向かって叫んだ。
「寝ている間に部屋に入られて、怖くないわけないじゃない! 責任者に言っても何もしてもらえない! 誰が犯人なのかもわからない! せっかく仲良くなれた人たちが離れていくのが寂しかった。あんな可愛い犬まで私のために殺されたんだよ。毎日毎日嫌がらせされて、
ミリアの言葉が、ぐさり、とギルバートの心に刺さる。
「元平民の商人の娘と第一王子とは、住む世界が違うんだよ! 貴族になんてなりたくなかった!
胸が痛い。
「もう私には構わないで! 何もしないで!」
ミリアは目を落とし、拳を握りしめて、力の限り叫んだ。
「ギルなんて大っ嫌い!」
頭の中が真っ白になったギルバートが何も言えないうちに、ミリアは涙を拭きながら、図書室からいなくなってしまった。
泣かせた――。
よりにもよって自分が。大切な大切なミリアを。
守りたくて発した言葉が、ミリアを傷つけてしまった。
ギルバートは服の胸元をぎゅっとつかんだ。胸が潰れそうだ。
そしてその痛みが、友人を泣かせてしまったという物だけではないことに気がつく。
住む世界が違う――それは
真実違うのだ。
卒業後ミリアがフォーレンに帰れば、もう二度と会うこともないかもしれないと言うくらいに。ミリアは王宮での夜会に来ることはないだろうから。
学園でのほんのわずかな
それがミリアとの繋がりの全てだった。
ミリアはギルバートとの身分差を確かに感じていて、それでも対等に振る舞っていてくれただけなのだ。
学園にいる間だけの関係だから、対等に扱ってくれたのだろう。
だからこそ、ミリアにとってギルバートはこれだけのことが起こっても頼る程の人物ではなく、ギルバートが忙しそうだったから、という遠慮が上回る。
全てはギルバートの希望をくみ取った上での、ミリアの優しさによって成り立っていたのだ。
そのうち離れようと思っていたはずなのに、このままずっと同じ関係が続くのだと、ギルバートはいつの間にか思いこんでいた。
そう、心の奥底で望んでいた。
大嫌いだという叫び声が頭の中で反響している。
ミリアを失ってしまった。自分で関係を壊してしまった。ミリアを責める資格などなかったのに。
そして知ってしまう。
自分はミリアを欲しいと思っている。女性として。どこまでも共に歩んで欲しいと。今まで通り、穏やかな時間を過ごしていきたいと。
「最悪だ……」
顔を覆って呟いたその言葉には、様々な想いが込められていた。
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