第121話【特別賞☆感謝SS】3 悪いのは私なんです…… side ギルバート

 三回目の冬季休暇が終わり、卒業までの最後の半年が始まったその日、ギルバートは図書室でミリアを待っていた。


 ノックの音もせずに扉が開き、ぱたぱたというかすかな足音が聞こえてくる。言わずもがなミリアだ。


「ギぃルぅぅ」


 ミリアはギルバートの顔を見るなり泣きそうな顔をした。


 ミリアはギルバートの正体を知った後も、こうして気安く接してくれていた。ギルバートを愛称で呼ぶのは、国王ちちおや正妃ははおやと、そしてミリアだけだ。


 何の裏もなくギルバートに接するのも、身内――両親と義弟エドワードを除けば、ミリア一人だった。


 今となっては、昼休みのミリアとの交流は、ギルバートにとってかけがえのない物になっていた。


「久しぶりだね、ミリア。どうしたの?」

「さっきひどい目にあって」

「ひどい目? 大丈夫? 怪我したの?」


 ギルバートは席を立とうとしたが、ミリアは手でストップの合図をすると、向かいの席に座った。


 どこか痛いというよりは、憂鬱ゆううつだという表情だった。


 ギルバートの所にはまだ情報が来ていない。たった今の出来事なのだろうか。


「殿下が……」

「エドが?」


 どうやら原因は義弟にあるらしい。


 ミリアから詳しく話を聞いていたギルバートは、やがて片手で顔を覆ってうつむいた。


 エドワードはカフェテリアで食事をするミリアの所に押し掛け、別れ際に手の甲に口づけを落としたのだという。それはもう、長く長く。挑戦的な視線込みで。


 令嬢の手の甲に口づけただけとは言え、夜会ではなく昼間のカフェテリアで、である。


 しかもよりによってミリア・スタインにするなんて。そんな子に育てた覚えはないのだが。


 一体エドワードに何があったのか。冬休みの間はミリアはフォーレンに帰っていて、エドワードとの接触はなかったはずだ。

 

 ギルバートは眉を下げてミリアに謝った。


「……ごめんね。代わりに謝るよ」

「ギルが謝ることじゃない」


 そうは言っても、義兄あにとしては申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


 全く、本当に、何をしているのか。


 重ねて謝罪を口にしようとしたが、その前にミリアが口を開いた。

 

「ごめん、ギル、そろそろ……」


 いつの間にかミリアの目がとろんとしていて、今にも上下の目蓋まぶたがくっつきそうになっていた。


「うん。昼休みが終わる前に起こすよ」


 お願い、と寝言のように言ったミリアは、腕を枕に眠りに落ちた。


 ふとその肩がなんだか頼りなく見えて、ギルバートは上着を脱ぎ、ミリアにかけてやった。


 そして、これからどうしよう、と考える。


 自分で気がついてもらいたくて、エドワードにはスタイン家の重要性を伝えていない。


 なんとかミリアと繋がりを持とうと努力しているのを見ていたから、気がつきつつあるのかと思っていたが、間違った方向へと進んでいるようだ。

 

 一度エドワードと話をした方がいいだろうか、と思った。


 ――もしここでギルバートがエドワードにスタイン家について伝えていたのなら、ミリアの人生はまた違ったものになっただろう。


 だがギルバートは、それではエドワードのためにはならない、としばらく見守ることにした。


 側近候補アルフォンスには教えてある。何かあれば制止役となるはずだ。


 ギルバートはカリアード家の嫡男に期待をかけた。



 

 数日後。


「どうしたらいいんだろう……」


 図書室に来てすとんと正面に座ったミリアが、頬杖ほおづえを聞きながらぽつりと呟いた。


 正直ギルバートも同じ気持ちだった。


 ギルバートがエドワードを見守ろうと決めた次の日の昼、さっそくエドワードはやらかした。


 ……と言っても、完全にエドワードが悪いわけではない。


 ミリアと昼食を食べようとしていたところに婚約者のローズ・ハロルドがやってきて、同席したいと言ったのだが、六人掛けのテーブルに七人が集まってしまった結果、ミリアがローズたちに席を譲ったのだという。


 ローズはエドワードをいさめるつもりだったのだろう。


 だが、それが生徒たちの間で広まっていく間に、ミリアがエドワードとローズの間に割って入ろうとしたという話になっていった。


 余計な騒ぎを起こされたことにより、ミリアはしばらくカフェテリアを避けた。庭園で弁当を食べていたのだ。ミリア本人からもそう聞いた。


 その間は何事もなく過ぎた。ギルバートが毎日会うことはできなかったが、ミリアは穏やかに過ごしていたようだ。


 しかしその後、今度はジョセフ・ユーフェンがとんでもない行動に出る。


 廊下でとある男爵令嬢の肩に腕を回したのち、それをとがめたミリアをなぜか強引に抱擁ほうようしたというのだ。


 意味がわからない。


 報告を聞いたギルバートは頭を押さえた。


 さらに間の悪いことに、そこにエドワードが現れた。ジョセフの常軌を逸した行動に怒りを覚えたエドワードはミリアをジョセフの腕の中から救い出した。


 そこまでだったらまだよかった。


 だがエドワードは、姫を救い出した王子よろしく――本当に王子なのだが――ミリアをその胸に抱き込んだのだ。


 ミリアは抵抗しなかったと目撃者は話したそうだが、ギルバートにはわかる。ミリアは抜け出すのを諦めていたのだ。もうどうにでもなれ、という心境だったに違いない。


 そしてそこからミリアの悪評が広まっていく。これまでも――主にエドワードが原因で――良くない噂はあったが、嫉妬によるやっかみのような物で、聞き流していればいいものだった。


 それが容易に看過できないような話に変容した。


 さすがにこれはまずい、とギルバートは思った。


 スタイン家及びミリアをおとしめるような内容だ。放っておくことはできない。スタイン家の機嫌を損ねたくなかったし、なにより友人であるミリアをその状況に置いておきたくなかった。


 しかし下手にギルバートが動くと逆効果になりかねない。エドワードとジョセフに続き、ギルバートまで、と言われるに違いないからだ。新たな種を自分からくわけにはいかない。


 ちょうど体調の悪化が重なり、結局ギルバートができたのは、フィン・スタインへエドワードの起こしたことについて謝罪の手紙を送ることだけだった。


 伏せっている間、婚約者のいる身で令嬢ミリアに無体を働いたジョセフは自主謹慎となっていたが、エドワードの暴走には拍車がかかった。朝と夕方にミリアに花を贈り、朝は寮まで迎えに行っているという。


 初めは謝罪の意を示しているのかと思ったが、こうも続けばそれ以外の意味があるのは明白だ。


 果ては婚約者ローズに渡すものだとばかり思っていた宝飾品を、ミリアに渡そうとする始末。


 ため息しか出ない。いや、ため息も出ない。


 そんな状況だというのに、ミリアは、エドワードと自宅謹慎から復帰したジョセフの仲が悪くなったことについて、どうしよう、と気をもんでいるのだった。


 二人の間のことなどミリアが気にすることではないというのに、なんと心の広いことか。


「ミリアは悪くない。あの二人がケンカするのは珍しいことじゃないし、そのうち仲直りするよ」

「だといいんだけど……」

「ケンカのことよりも、エドの行動の方が気になる。ちょっとやり過ぎだよね。宝飾品を作らせたって話は聞いてたけど、てっきりローズ嬢に贈るんだと思ってたんだ」

「だよね……」


 ギルバートはエドワードに話をしようか、とミリアに提案した。一度は断ったミリアだが、噂も度が過ぎている、と言うと、そうして欲しい、と言って来た。


 スタイン家の重要性についてはまだ言うべきではない、という考えではいるが、継承権を譲った者として、何より義兄あにとして、王太子としての振る舞いを考えろ、とは言わねばならないだろう。黙って見守る範囲はとうに超えていた。


「ごめんね、毎日愚痴ばっかりで」

「いいんだよ。僕はいつも一人で退屈だからね。そろそろ寝たらいい。時間なくなるよ」

「うん。いつもありがとう。ギルがいてくれて、よかった……」


 ふわりと微笑むと、ミリアはテーブルに顔を伏せた。


 その時に感じた温かい気持ちの意味を、ギルバートはまだ知らない。

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