第123話【特別賞☆感謝SS】5 怒涛の展開でした side ギルバート

 ミリアに大嫌いだと言われた日、ギルバートは謝罪の手紙を送った。


 相談がなかった事を責めてしまったこと。

 連絡手段を用意していなかったこと。

 起こっていたことに気づけなかったこと。

 

 誠心誠意、書きつづった。


 毎回入れているギルバート宛の返信用封筒を、複数入れた。いつでも連絡をしてきて欲しいと添えて。


 できることはそれしかなかった。


 許して欲しいとは書いていない。許してもらえるとは思っていなかったからだ。


 大嫌いだと言われて気がついてしまった自分の気持ち。


 もし言われる前に知っていたら、もっとミリアを大切にすることができただろうか。


 それでも結果は変わらなかっただろう、とギルバートは思った。


 感情のコントロールには自信があった。


 怒りを表すことはある。しかしそれは、その方が効果的だとわかっているからだ。本当の感情を露わにすることはない。


 王太子エドワードが感情を表に出してしまう性格なのもあって、余計に自分は淡々と冷静でいようとしていた。エドワードができないことをするのが補佐の務めだ。


 だというのに、ミリアの前では磨き上げた仮面を被ることができなかった。


 加害者と把握できていなかった自分への怒りをミリアに転嫁して、感情のままに責めてしまった。


 もしミリアへの気持ちを自覚していたら、逆にさらにひどい言葉を投げつけてしまっていたかもしれない。現に、頼ってもらえなかったという事実から未だ立ち直れない自分がいる。


 大嫌いだと言われたことよりも、何もしないでと言われたことがつらかった。


 ミリアの心が欲しいとは思わない。


 これ以上スタイン家の周りを引っかき回すわけにはいかない、という国を思う王族としての意識もあるが、ギルバート個人としても、ミリアに想われたいという気持ちはなかった。


 好きになってもらえたら、どれほど幸せなことだろう。


 そうは思う。


 だが、好きになってもらえなくてもいいと思った。


 何も要らない。


 ただミリアのために何かできるのならそれでいい。


 ミリアのためなら――国の利益を損ねない範囲でという制約はつくが――何だってしよう。


 たとえミリア本人に拒絶されていたとしても。




 あれ以来ギルバートは図書室には行っていない。


 時間がとれないのもあるが、もうミリアには会わないつもりでいた。


 第一王子ギルバートとの交流が知られれば、ミリアの周辺はさらに騒がしくなる。


 これ以上、ほんのわずかであっても、ミリアに負担はかけたくない。


 今まで周囲に知られていなかったのは奇跡なのだ。


 卒業まで残すところあとほんのわずかであるからこそ、このまま知られずに終わるのがいい。


 ギルバートがミリアとの時間を我慢すればいいだけだ。


 ミリアは謝罪の手紙の返事を返してはくれなかったし、図書室にも行っていないというのだから、どのみち会うことは叶わないのだけれど。




 嫌がらせの犯人の情報は一向に集まらなかった。


 直接手を下した令嬢たちの情報はある。だが、誰が命じたのかはわからない。


 特に、寮の部屋への進入については、何もわかっていなかった。


 それと並行して、ギルバートは一つ悩みを抱えていた。


 ミリアが有能すぎたのだ。


 加えて帝国の皇子がミリアを自国へと連れ帰ろうとしていた。


 王国の利益を考えるのであれば、ミリアを帝国に渡すわけにはいかない。それどころか、どうにかして王宮に入れなければならなかった。


 ミリアの幸せを考えるのなら――卒業後はフォーレンに帰し、平民と結婚して普通の家庭を築くのが一番なのだろう。


 だが、第一王子ギルバートにはそれを良しとすることができない。


 スタイン家を取り込むために、そしてミリアを王宮に入れるために、誰かしらの貴族と結婚させることは前々から考えていた。


 ならば、せめて良い相手を選んでやりたい。


 筆頭候補はジョセフ・ユーフェンだ。浮気性な所さえ除けば、最も好条件だ。


 何よりジョセフ自身がミリアを欲している。このところの様子を見る限り、他の女性に想いを傾けることはないだろうと思われた。


 アルフォンス・カリアードも悪くないと思っていた。


 アルフォンスはミリアの有能さをよくわかっている。ミリアを家を切り盛りする伯爵夫人として扱うことはないだろう。もっと適した仕事に就かせることができる。


 しかし、アルフォンスにその気はなかった。


 万が一アルフォンスがミリアの事を想っているのなら――ミリアの周辺の男四人ともが陥落かんらくしたら――リリエント・ミールとの婚約をどうにかして解消させることも考えるつもりでいたのだが。


 ミリアとジョセフとの婚約は、卒業後にギルバートが背中を押しさえすればすぐに実現するだろう。


 だからギルバートは、嫌がらせの首謀者を探すことだけに注力していた。


 そんな中、スタイン商会が孤児の売買を行っているという証拠が見つかったという連絡があった。


 孤児院の孤児の売買疑惑は何度も調査され、結果でもってそれは否定されてきた。しかし今回は貧民街の孤児を売買していた証拠だという。


 しかもすでに商会本部及び国内の支部の幹部は捕縛済み、ミリアの寮の部屋も改められ、ミリア本人も拘束されていた。


 寝耳に水の出来事だった。


 国王ちちおやにはもちろんのこと、ギルバートにもエドワードにも情報が上がっていなかった。


 エドワードは帝国の皇子が滞在していた間に滞っていた政務に掛かり切りだったため、ギルバートが対応することになった。


 というか、自分が担当するとギルバートが無理矢理押し切った。エドワードに任せると感情的になりすぎると思ったからだ。


 当然勝手に動いた軍のトップを叱責したが、だからといって覆水が盆に返るわけではない。


 ギルバートはスタイン商会会長のことを信じていた。人柄ではなく、その商魂を。


 貧民街の孤児をさらって売るなどという割に合わないことをフィン・スタインがやる訳がない。


 ミリアも同じ考えで、ミリアの協力の元、証拠が捏造ねつぞうされたものだということがわかり、スタイン商会の容疑は晴れた。


 ミリアが学園に復帰した後、今度はミリアが校舎の階段から突き落とされるという事件が起きた。


 初めは事故だということになっていたが、一時意識を失っていたミリアが目を覚ましたあと、アルフォンスに真実を打ち明けたのだ。


 エドワードに告げられなくて本当によかったと思う。さすがミリアはさとい。


 当然、誰がやったのか、という話になる。


 一連の嫌がらせと関係しているのかも定かではない。


 ギルバートとアルフォンスは両方の犯人を追いかけることになった。

 

 調査を続けていった結果、冤罪事件の黒幕があぶり出された。


「ハロルド侯爵ですか」

「ああ。まさかのハロルドだよ」


 軽く目を見開いたアルフォンスに、ギルバートは首肯しゅこうした。


 手元には、部下によって集められた証拠の写しがあった。


「では、殿下とローズ嬢との婚約は」

「解消だ。そのうちエドの元にも報告が上がるだろう」


 ギルバートは深いため息をついた。


 ミリアが階段から落下して意識不明になって以来、エドワードのミリアへの執着心は高まっていた。エドワードはこれを機にミリアとの婚約を結ぼうと動き始めるに違いない。


「……私からもご報告が」

「いい報告だと嬉しいんだけど」

「ミリア嬢を突き落とした犯人の目星がつきました」

「クリーム色のドレスを着ていたという人物か。誰なんだ?」

「それが……」


 アルフォンスは目線を落とした。


「マリアンヌ嬢と――ローズ嬢です」


 なんてことだ、とギルバートは天井を仰いだ。


「特にローズ嬢は、昼休みの間、全く目撃情報がありません。ミリア嬢を待ち伏せしていた可能性があります」


 嫌がらせ、冤罪、突き落とし……それら全てがハロルド家によるものだと考えればすっきりする。


 アルフォンスの表情から、同じ事を考えているのだとわかった。


「待て。憶測だけで安易な結論へ飛びつくものじゃない」


 ギルバートは自分に言い聞かせるように言った。



 

 卒業パーティ開始の時間が刻々と近づいてくる。


 エドワードはスタイン商会の奴隷売買の罪を捏造ねつぞうしたとして、ローズとの婚約を破棄するつもりでいることは、ギルバートも知っていた。


 そして、王太子命令という禁じ手を使って、ミリアと婚約する気でいることも。


 ミリアが他の男の手を取るならば諦めると言っていたそうで、ジョセフが指をくわえて黙って見ているわけはないのだが、ミリアがジョセフを選ぶ可能性は低い、とアルフォンスが分析していた。


 このままでは、ミリアは王太子エドワードと婚約を結び、正妃として内定することになる。


 ギルバートは、それも致し方ないか、と思っていた。ミリアを帝国に取られるくらいなら、エドワードの側妃にするしかないとも考えていたのだ。


 万が一ミリアがジョセフの手を取ったときの事を考えて、王宮でのミリアのポジションを用意してはいた。アルフォンスがこの話を持ってきた時には驚き、さすがカリアード家だと思ったものだが、どうやら無駄に終わりそうだ。


 そろそろ会場に向かわなければ、とギルバートがソファから立ち上がったとき、バンッと部屋の扉が乱暴に開けられた。


 ギルバートの許しを待たず、それどころかノックもなかった。


 現れたのはアルフォンスだ。


 その見慣れない焦った様子に、ギルバートは顔を固くした。またミリアに何かが起こったのか。


「ハロルド侯爵がスタイン商会に冤罪を被せたという事実は仕組まれた物でした」

「何だって?」

「真の黒幕はコナー男爵です。ミリア嬢を突き落としたのもマリアンヌ嬢だと思われます。ローズ嬢は当時王宮にいました」


 差し出された書類に目を通す前に、アルフォンスがまくし立てる。


 とそこへ、ノックの音。


 入ってきたのはギルバートの側近だった。


「ミリア・スタイン嬢の寮の私室へ侵入した者と、指示した者がわかりました」

「何!?」

「侵入……というのでしょうか。ミリア嬢の部屋の証拠を捏造したのはミリア嬢の侍女のアニーという女です。指示を出した人物の容貌ようぼうはマリアンヌ・コナーに酷似しています」

「その女は今どこにいる!?」

「拘束しています」


 ここにきて、事実はひっくり返された。


 スタイン商会の奴隷売買の証拠を捏造したのはコナー男爵家。しかもハロルド侯爵に罪を被せようとした。


 ミリアを突き落としたのもマリアンヌ・コナーだということになる。消去法ではあるが、他に該当の人物がいない。少なくとも、ローズの容疑は晴れる。


 それ以外の嫌がらせの黒幕はわからない。だが、婚約破棄を阻止するには十分だ。


「今すぐ会場へ向かう!」


 到着したのは、ちょうどパーティが始まった所だった。




 エドワードの婚約破棄宣言からのローズの反撃、そしてコナー家の悪事がおおやけのものとなったことで、卒業パーティは急遽きゅうきょ中止になった。


「まさかお前にミリアをかっさらわれるとは」


 諸々の片づけが終わったあと、ギルバートはアルフォンスを呼び出していた。すでに日付が変わっている時刻だった。


「ミリア嬢が私を選んだのです」


 しれっとアルフォンスはのたまった。


「ミリアは単にあの場から抜け出したかっただけだろう。お前を選んだわけではない」

「ですが、ミリア嬢は私の婚約の申し出を受けてくれました」


 ギルバートは眉間に指を当ててため息をついた。


「監査室の設置も策略のうちだったとはね。いつの間に伯爵ちちおやとフィン・スタインに承諾を取り付けたんだ。――いや答えなくていい。今のは質問じゃない」


 口を開きかけたアルフォンスを、手を振ったギルバートが遮った。


「ミリアの魅力がわかったか?」

「はい」

「幸せにすると誓うか?」

「はい」


 はぁ、とギルバートはため息をついた。


 元々アルフォンスでもいいと思っていたのだ。ミリアを想っていて大切にするというのなら文句はない。


「リリエント・ミールとの婚約を解消した方法だけは聞きたい」


 アルフォンスは少し考え込むような仕草を見せた。


「……クリス殿のお陰です」

「なんでそこで帝国の皇子の名前が出てくるんだ……。いや、答えなくていい。それも聞きたくない」

「ミリア嬢との婚約の後押しもして下さいました」


 ギルバートは目をぱちぱちとまたたかせた。


「どうやって味方につけたのかは知らないが、それじゃあ、ミリアが誰の手を取ったとしても、最終的にはお前のものになったんじゃないか」

「……選ぶ権利はミリア嬢にありました」

「あれだけしっかりと逃げ道をふさいでおいてよく言う」


 ミリアは選んだのではなく、選ばされたのだ。


「まあいい。どんな形であっても、ミリアが笑っていてくれるのなら。泣かせるなよ?」

「もちろんです」


 真剣にうなずくアルフォンスを見て、ギルバートは、下がれ、とアルフォンスを追い出した。


 喜色の滲み出るアルフォンスを見ているのはしゃくだった。ミリアの想いが自分になくてもいいとは思っていても、一緒にいたいという気持ちはある。プロポーズを二度断られ、他の男のものになるとなれば複雑な気持ちにもなる。


 ミリアを泣かせたら殴ってやる。


 そう、ギルバートはアルフォンスの出て行った扉をにらみつけた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る