第117話【番外編】ミリアの嫉妬心
※【番外編】ガールズトークの夜の話です
※ 結婚後です
「アル……私、ちょっと変かもしれない」
寝室のベッドに潜り込んだミリアは、隣のアルフォンスに言った。
アルフォンスは、ミリアが入浴を終えるのを待っている間、ベッドの上で本を読んでいた。ランプの光で目が痛くならないのかと思うのだが、いつも字の小さな
いつも後ろでくくっている銀色の髪は、就寝前のためさらりと流されていた。
「どこか具合が悪いのですか?」
放り投げる勢いでサイドテーブルに本を置いたアルフォンスは、ミリアの顔をのぞきこんだ。
「熱はないようですね」
アルフォンスはミリアの首筋に手を当てて体温を確かめた。心配で泣きそうな顔をしている。
「体はなんともないよ」
言い方がよくなかったな、と反省して、大丈夫だと伝える。アルフォンスは心配症だ。
「では何かつらいことでもあったのですか? それとも悩みごとですか?」
「んー、まあ、そうだね」
「誰に?」
アルフォンスがかすれた声を出した。感情を押し殺した声だ。内心何を考えているのやら。誰かに何かをされたと言ったわけでもないのに。
「アルに?」
仰向けに横になっていたミリアを座ったまま見下ろしていたアルフォンスは、ぎょっと上半身を離した。
「私、ですか?」
「うん」
ミリアが肯定すると、アルフォンスの顔色がさっと悪くなる。光源はランプしかないのにはっきりとわかる程の変化だ。誰だアルフォンスを鉄面皮などと評した奴は。
「リア、私は何を……? すみません。心当たりがなくて。謝罪します」
ますます泣きそうな顔になる。アルフォンスが悪いとは言っていないのに。そもそもミリアは最初、自分が変だ、と言ったのだ。
「落ち着いて。まず私は怒ってないから。それとアルが悪いわけでもないから」
「ですが……」
おろおろと
「この前のパーティの話なんだけ――」
「申し訳ありませんでした」
ベッドの上で瞬時に正座をしたアルフォンスは、深々と頭を下げた。つまり土下座である。ジャパニーズ☆DO・GE・ZAだ。
なぜアルフォンスがこの姿勢を取るかというと、ミリアがアルフォンスに謝る時についそうしてしまうからだった。
「本当にローズ嬢とは何もないのです、あの時も少し話しただけでリアが心配するようなことは何一つありません、決して決してローズ嬢とそういった関係であるということではないのです、私にはリアだけです、リアしかいません」
ものっすごい早口だった。
今までもミリアが怒ったことは何度もあるが、これほどまでにアルフォンスが焦って謝罪するのは初めて見た。恐らく内心ひどく気にしていたのだろう。
「ちょ、アル、顔上げて。わかってるってば」
ミリアは驚いて体を起こした。
「リアが誤解するような行動をとったわたしが悪いのはわかっています、ですが、ですが、どうか許してもらえないでしょうか、二度としないと誓います」
「アル、落ち着いて。怒ってないから」
ミリアはアルフォンスの背中に手を置いてなだめる。
「本当に……?」
「本当に」
アルフォンスが顔を上げた。幽霊でも見たような顔をしていた。失礼な。
「リアが望むなら、今後他の女性とは二度と口を
「いやそれ仕事に支障が出るから」
女性の文官は多くはないが、いないわけでもない。他国の使者が女性だったらどうするつもりなのか。……それでも一言も口を利かないつもりなのだろうな、この男は。
「リア、どうか離縁だけは待ってください。
離縁!
アルフォンスの口から飛び出してきた言葉に、ミリアは思わず
そんなこと思いもしなかった。というか今まで一度も考えたことがない。
「アル……」
そこまで思い詰めていたのかと思うと申し訳ないが、
「あれくらいで離婚するわけないでしょ。それともそれだけのことをしたの?」
「誓ってしていません」
茶化したつもりだったのに、アルフォンスはまた頭を下げてしまった。ふざけている場合ではなかった。
「アル、私はこれでもアルの事が好きなんだよ。離縁なんて、言葉だけでも聞きたくない」
アルフォンスがはっと顔を上げた。
くしゃりと泣き笑いのような顔になる。
「申し訳、ありません」
「どうしてそんなことになったの」
「リアは浮気や
ああ、なるほど。ジョセフを信じられないという話をしたことがあるからか。
それにしたって話が飛躍しすぎだ。普通浮気は誰でも嫌だと思うけど。
「とりあえず今アルと離婚する気はないから落ち着こうか」
「今……」
そこ注目しなくていいから。
「私はアルと離婚する気はないから落ち着こうか」
ミリアは言い直した。
「ほら、おいで」
ミリアが両手を広げると、アルフォンスはミリアに抱きついてきた。ぎゅうぎゅうとしがみついてくるアルフォンスの後頭部に手を回し、わしゃわしゃとかきまわす。
細くさらさらのストレートは、どんなにぐしゃぐしゃにしても、なでるだけですとんと流れ落ちる。羨ましいことだ。くせ毛のミリアが同じことをされたら、ぐちゃぐちゃに絡まって
涙目で
「落ち着いた?」
「はい」
しばらくして声をかけると、アルフォンスは恥ずかしそうに体を離した。不安そうな顔をしているが、一応は
「ええと、それで、何の話だっけ?」
「この前のパーティの……」
「ああ、そうそう。アルがローズ様と――」
アルフォンスがこの世の終わりが来たかのような表情を浮かべた。
「……話すのやめとこうか」
別に話しておく必要は何もないのだ。ちょっと聞いてもらいたかっただけなのだから。そんなに不安になるのならやめてもいい。
「いいえ! 聞かせて下さい。離縁以外なら何でも受け入れます」
離縁以外は……他の人を好きになったと言ったらどうするのだろう、とちらりと意地悪なことを考えたが、
「じゃあ話すけどね、アルが悪いとか、アルに怒ってるとかじゃないからね?」
「はい」
「あのとき、すっごく嫌な感じがしたの。心の中が真っ黒になっていって、体がぶるぶる震えて。アルが誰かとバルコニーに出たってだけでだよ? 私、変じゃない?」
途中、またもアルフォンスが顔を歪めたが、ミリアは最後まで言い切った。一々
すると、それを聞いたアルフォンスは、
「それは――」
「それは?」
アルフォンスが息を止め、ミリアが聞き返す。
「嫉妬して下さったということですか?」
ささやき声だった。信じられないというように。
「なんでそんなに驚いてるの? あの日アルも言ってたじゃない」
あの時ミリアが嫉妬したのを知って、アルフォンスは大喜びしていたではないか。
「いえ、そんなに強く嫉妬して下さったとは思っていなくて。それに、リアを怒らせてしまったのだと思ってすっかり……」
どうやら後から不安が膨れ上がってきて、ミリアが嫉妬していたことは忘れてしまったらしい。まあ、嫉妬の気持ちが相手の女性に向かうのか、それともパートナーに向かうのか、は
「リアは変ではありません」
アルフォンスがミリアの両手を一まとめにして両手で握った。
「ええ、うん」
話を聞いてもらいたかっただけで、ミリアは変か変でないかを確認したかったわけではない。変だ、と言われるわけがないこともわかっていた。
「私はリアに近づく男全てにそう感じています」
「……」
アルフォンスは真剣な顔でミリアを見ていた。
ミリアは
近づく男、と言うのは、話しかける男、くらいだろうか。物理的に近づいただけではさすがにないだろう。ないと思いたい。
心なしか誇らしげなのは気のせいだろうか。
「アル……少しは私のことを信じてくれてもいいんじゃないかな?」
「もちろんリアのことは信じています。ですがそれとこれとは別です。リアだって、他の女性に私が触れられたら嫌でしょう?」
「え、別に」
アルフォンスは、がーん、と効果音が出そうな顔をした。
「アルが自分から触りに行ったら嫌だけど」
「絶対にありえません」
「だよね。じゃあ別に何とも思わない」
くっ、と悔しそうにアルフォンスが唇をかみしめる。
「……私はリアが他の男に触られるのは我慢なりません」
そりゃそうだろうなと思う。男性が女性に触られるのとその逆は違う。
「アルは私のこと大好きだよね」
「ええ、愛しています」
これも半分茶化したつもりだったのだが、アルフォンスに真剣に返された。
ミリアの
「リアに触れていいのは私だけです」
「私だってアル以外の
「リア……!」
感激したようにアルフォンスが言い、ゆっくりと確かめるように顔が近づいてくる。いつもそうだ。ミリアは拒絶なんてしたことがないのに。
ミリアは目を閉じてアルフォンスを待った。
軽く触れるだけの口づけ。
一度離れた唇は再度ミリアの口に触れる。
二度、三度。触れるたびに口づけは深くなり、やがて二人の間に吐息が漏れる。
ミリアは優しくベッドの上に寝かされた。
その上にアルフォンスが覆いかぶさってくる。
「リア、愛しています。心から」
ええと、何の話をしていたんだっけ? こういう流れになる話ではなかった気がする。いや、嫉妬した話だからおかしな流れではないのか?
思考を巡らせようとするが、すぐに甘い口づけに絡めとられてしまった。
ミリアは考えるのを諦め、アルフォンスの愛に
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