第116話【番外編】ガールズトーク

 ※「【番外編】買い物と舞踏会」の後日談です

 ※ なので結婚後の話です




 ミリアはローズのお茶会に来ていた。参加者は二人だけだ。


 ハロルド邸のお茶会にはもう随分慣れた。


 初めて招かれたときはジョセフとアルフォンスに助言を求め、服から仕草までみっちり指導してもらったものだが、今では笑い話になるくらいミリアの所作は洗練されていた。服装はアルフォンスが見立ててくれるし、支度をしてくれるカリアード家の使用人は優秀だ。連れてきたマーサも上手く立ち回っている。もはや何の心配もいらなかった。


 ……表面上は。


「ミリア様、先日の社交パーティで、わたくしご迷惑をおかけしたようで。申し訳ありませんでした」


 突然言われた言葉に、ぶっと吹き出しそうになるのをぐっとこらえる。


 ミリアがローズとのお茶会で唯一懸念していること。それがこれだった。ローズは突然ぶっこんでくるのだ。


「な、何のことでしょうか」

「あの日ミリア様がお倒れになったでしょう? エドワード様と心配していたのですが、それがわたくしのせいだったとお聞きして」


 前半部分はいい。倒れたのは事実だし、出席者は誰でも知っていることだ。心配してくれたのもありがたい。


 問題は後半のローズが原因だというところ。


 なぜそれを知っているのか。ミリアはアルフォンスにしか理由を言っていないはずだ。


「わたくしがアルフォンス様をバルコニーにお連れしたのが原因だったなんて。少しエドワード様のことで、どなたにも聞かれたくない話があったのです。アルフォンス様とはなかなか二人で話せる機会がないものですから……。浅慮でしたわ。申し訳ありません」


 ローズが眉を下げて謝った。


「それをどこで聞いたのでしょうか?」

「情報源を申し上げることはできないのです」


 そうローズは言ったものの、犯人はアルフォンスしかいなかった。


 あの男は一体何を吹聴してくれちゃっているのか。


 ミリアは両手で顔を覆った。恥ずかしすぎる。


「念のため申し上げますが、教えて下さったのはアルフォンス様ではありませんわ」


 それを聞いてミリアはうめいた。


 つまり、アルフォンスが誰かに話したのを、ローズが又聞きをしたということだ。このことを知っている人物が少なくとも二人いることになる。十中八九エドワードだろう。


 そしてエドワードが知っているということは、ジョセフも知っているのだ。他にはいませんように、とミリアは願った。


「まさかミリア様がわたくしに嫉妬なさるとは思いませんでしたの。今までも、二人でお話がしたいと申し上げた時には快く許して下さっていたものですから。それがわたくしの勘違いだったなんて……。本当に申し訳ありません」

「いえ、私も相手がローズ様だとわかっていたら嫉妬なんてしませんでした。二人を信頼していますから」

「本当に?」

「本当です。だってローズ様もエドワード様ひとすじでしょう?」

「あら」


 ローズが口元に手をやった。


「わたくしということは、アルフォンス様がミリア様ひとすじなのはお認めになるのですね」

「え!?」


 その通りだ。ミリアはアルフォンスが他の女性に目移りしないことを知っている。


 アルフォンスは女嫌いなのだ。甘ったるくびを売ってくるのが大嫌いらしい。贅沢ぜいたくなものだ。


 そしてミリアを愛してやまない。


 自分は甘ったるくされるのは嫌なくせに、ミリアに対してはどろっどろのでれっでれである。ミリアが執務室に顔を出したときの喜びようと言ったらもう。学園時代の無表情からは想像できない崩れようだ。


 わかっている。自覚はある。


 そして周囲がそのことを知っているのもわかっている。


 が、自覚していると表明するのはまた別だ。


 ミリアの顔は真っ赤になった。


「そういう意味ではありませんっ!」

「では、ミリア様がアルフォンス様ひとすじということでしょうか?」


 うぐっ、とミリアは言葉につまった。鋭い攻撃だ。


 ミリアはアルフォンスのことが大好きだ。いまだ変わらずしである。たとえアルフォンスがデブやハゲになっても――禿げるのはともかく太るのは自制すると思うが――好きである自信がある。永遠の推しなのだ。


 だがこれも人様ひとさまに言うのは恥ずかしい。


「ひとすじ、ですよ? だって私とアルは結婚しているわけですし? 不貞ふていなんて働くわけがありません」


 ミリアは誤魔化した。


「そうですか」


 ローズが目を細めた。そういうことにしてさしあげますわ、と目が言っている。


「ですが、考えてみれば、先ほどのは、わたくしとアルフォンス様がどうこうするはずがない、という文脈でしたから、やはりアルフォンス様がミリア様ひとすじである、とミリア様は思っている、ということになりますわね」


 はめられた、と思った。


 ローズは話題をたくみにずらして、両想いであることをミリアに認めさせたのだ。明言はしていないが、態度でバレバレである。


 まあ、ミリアが認めるかどうかの問題であって、ローズも元々知っていることなのだが。


「そ、そんなことより、さっき私が言ったように、ローズ様はエドワード様ひとすじですよね!?」


 ミリアは反撃に出た。


 ローズは視線をそらした。


「ひとすじなのはその通りですわね。エドワード様以外の方とそういう関係になる気はありませんから。ですが――」


 ミリアはこの後に続く言葉を何度もローズから聞いていた。


「エドワード様をおしたいしているかというと、そういう訳でもありません。エドワード様がミリア様と婚約するとおっしゃったときには気が遠くなりましたけれど、嫉妬というよりは、王太子の自覚があるのかという怒りからでしたわね」

「あのせつは、ご迷惑をおかけいたしました……」

「あら、ミリア様のせいではなくってよ。エドワード様が勝手に暴走しただけですもの」


 それは私がフラグを立てまくったから――と言えるはずもなく、ミリアは黙るしかなかった。


「エドワード様を支えていくことに誇りを持っていますし、愛情も持っていますが、恋をしているのとは違いますわ。幼なじみの情が一番近いかしら」

「それって――」


 ミリアはずっと聞きたかったことを、ついに聞くことにした。


「もし婚約者がギルに変わったとしても構わないということですか?」


 ミリアの問いに、ローズはぱちぱちと目をまたたかせた。


「わたくしは王妃教育を受けておりますもの。ギルバート様と婚姻を結ぶことはあり得ませんわ」

「エドワード様に代わってギルが王太子になるとしたら?」


 途端、ローズがミリアに鋭い視線を向けた。


「あ、もちろんもしもですよ。仮定の話です」


 はぁ、とローズはため息をついた。


「ミリア様、そういったことを安易に口にするものではありませんわ。どこで誰が聞いているかわからないのですから。カリアード家がギルバート殿下を王太子にと画策していると思われたら大変な騒動になります。最悪、叛意ほんいありとみなされることもありますのよ」

「……気をつけます」


 軽率だった。


「ですが、もしもエドワード様に何かあったりして――」


 ミリアは再度ローズににらまれた。


「……すみません。これもよくなかったですね。そんんなくわだては全くありません」

「アルフォンス様がまだ伯爵位をいでいなくとも、お二人の影響力は大きいのですから、発言は慎重になさいませ」

「はい……」


 ミリアはしゅん、と小さくなった。


「それで、わたくしがギルバート様の婚約者になるとしたら、でしたわね」


 お、とミリアは思った。


 このままうやむやにされると思ったのだ。まさかローズの方から話を戻すとは。


 ローズは困ったように眉を寄せていた。


「ギルバート様はお優しい方ですし、思慮深くて無茶なことはしませんし、お体が弱いところは母性本能がくすぐられますし――あら?」


 口元に手をやったローズが目を見開いた。


「個人的な考えとして申し上げますけれど……わたくし、エドワード様よりもギルバート様と婚姻を結ぶ方がいいかもしれません」

「えぇ!?」


 真剣な顔で言われたミリアは驚きの声を上げた。


 自覚がないだけでローズはエドワードのことが好きなのだと思っていたのだ。きつけるつもりが、真逆の方へ行ってしまった。


「ええと、それは……」

「個人の考えだと申しましたでしょう? わたくしがエドワード様の婚約者であることに変わりはありませんわ」


 にこりとローズは笑った。


 これでローズがギルバートへの恋心を自覚してしまったのならば不幸でしかない。どうかそんなことにはなりませんように、とミリアは強く願った。


 いやもうマジで。ミリアの不用意な一言が原因だとか本当にやめて欲しい。


 これ以上は危険だ、とミリアは話題を変えた。




 * * * * *



「そういえば」


 エドワードの執務室で書類を見ていたアルフォンスは、ふと顔を上げた。


「ローズ嬢は殿下よりもギルバート殿下と結婚したいそうですよ」

「なんだと!?」


 ばっと顔を上げたのはエドワード。


 近衛騎士なのになぜかその横で書類仕事を手伝わされているジョセフも顔を上げた。面白いことになりそうだ、とにやにやしている。


「一体誰がそんなことを!」

「リアが本人から聞いたと」

「どういうことだ!?」

「そのままの意味だと思われますが?」


 無表情で言ったアルフォンスの言葉に、エドワードが固まった。


「ローズが? 兄上と……?」

「いえ、ローズ嬢の希望であって、ギルバート殿下と婚約するという話ではありません」

「わかっている!」


 ぶっ、とジョセフが吹き出した。


「俺はローズ嬢の気持ちもわかるな。ギルバート殿下の方が頭はいいし、落ち着いているし、腹芸もできるし、頼りになるよなあ」

「殿下と比べるべくもないですね」

「二人はわたしの側近だろう!? どうして兄上の肩を持つのだ!」

「殿下だってギルバート殿下の方が優れていると思っているでしょう?」

「当たり前だ!」

「そこは断言するのかよ」


 くくくっとジョセフが笑った。


「ならばローズ嬢がそう思うのも致し方ないと思いますが」

「それはそうなのだが……!」


 エドワードは顔を両手で覆った。


「わたしはどうしたらいい?」


 泣きそうな声が漏れてくる。


 学園を卒業して距離ができたからなのか、アルフォンスと婚約したからなのか、エドワードがミリアを想う気持ちは嘘のように無くなっていた。


 最近はローズのことが気になる様子も見せている。もちろん恋愛的な意味で。


「とりあえず花でも贈っとけばいいんじゃないか? 贈られて嫌な気はしないだろ」

「それがいいですね。朝夕に薔薇ばらを贈ってはいかがでしょうか。――リアにしたみたいに」


 アルフォンスの最後の一言にはとげが含まれていた。


「お前もしつこいな! あれはまだ婚約する前だろう!? 何度持ち出す気だ!」

「何度でも」


 しれっと言ったアルフォンスに、エドワードは絶句した。根に持ちすぎだ。


 だが、文句を言ったところで、粘着質のカリアード家嫡男ちゃくなんがやめるわけはない。エドワードは諦めた。


「俺は悪手だと思うぞ。ミリアと同じことはしない方がいい。二番せんじみたいになるだろ」

「ちっ」

「いま舌打ちしたな!?」

「いいえ?」

「しただろう!」


 ばんばん、とエドワードは机を叩いた。


 アルフォンスはエドワードとローズの間をきたくて提案したのではない。ミリアにしたのと同じことを他の女性にしてミリアに軽蔑されればいいと思っただけだ。


「そんなことより殿下、仕事を進めて下さい」

「お前が言い出したんだからな!?」


 そうは言いつつも、書類は山積みだ。それ以上話を続けてもいられなかった。


「まずは花を贈ることにする」


 それだけ言って、エドワードは仕事を再開した。



 後日ミリアは、アルフォンスがエドワードに話してしまったことを知ってアルフォンスの口の軽さに頭を抱えたのだが、よかれと思ってしたことです、と言われ、実際それがローズとエドワードの仲を深めるきっかけになるのだった。

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