第115話【番外編】買い物と舞踏会

 ※結婚後の話です

 ※両想い後の話がまた読みたいとリクエスト頂きました

 ※前回が短かったのでやや長め





「リア、そろそろどのパーティに出席するのか決めて下さい」


 朝、王宮に着き、ミリアを馬車から降ろしながらアルフォンスが言った。


「やっぱり行かなきゃだめ?」

「一度は出ておかないと。王都にいるんですから」

「だよね……」


 ミリアは歩きながらため息をついた。


 毎年ある社交シーズン。王宮から招かれる舞踏会には、貴族たちがこぞって出席する。人脈を作るのに持ってこいだからだ。皆勤賞は当たり前で、ミリアのように一度しか出席しないのは非常に珍しい。


 それ以外にも各家が主催するパーティもあるが、そちらもミリアはほぼ参加しない。


「今年も最後の日に出るよ」

「出席者が多いですよ?」

「一度しか出ないなら多い方がいいでしょ」

「すみません」

「いいの。これもカリアード夫人の勤めだもの」


 ミリアはアルフォンスを見上げた。婚約は外堀を埋められた結果だったが、結婚は自分で決めた。


 アルフォンスと一緒にいるために覚悟したことだ。


「では、買い物に行かなければなりませんね。いつにしましょうか?」


 アルフォンスがミリアににこりと笑いかけた。


 すれ違った人がぎょっと目をむいた。年齢からして、恐らくこの夏から配属された新人だろう。ミリアには見慣れた笑顔でも、外部の人にとっては都市伝説のようなものらしい。


 そんな晴れやかな笑顔のアルフォンスに対し、ミリアの顔は引きつっていた。


 アルフォンスは買い物が大好きなのだ。


 ……としばらく思っていたのだが、本当のところはミリアを飾ることが好きなのだと後から知った。ミリアがアルフォンスが見立てた物を着ていると独占欲が満たされるらしい。


 ミリアにはさっぱりわからない感覚だ。アルフォンスの服装を自分好みにしようと思ったことはない。アルフォンスが勝手に選んで勝手に着ているのでそれに任せている。それで十二分にうるわしいのだから、それ以上ミリアが手を加える必要はなかった。


 婚約時代はやたら服やアクセサリーを贈りたがって困った。一緒に行くと必ず買われた。


 自分が見立てた物を着て欲しいと思うのなら、買い与えたいという気持ちにもなるのだろう。今も家計ではなくアルフォンスの資産から出ている。




 互いの予定を合わせて取った休日、ミリアとアルフォンスはいつもの服飾店に来ていた。


 カリアード伯爵家御用達ごようたしであり、ミリアとアルフォンスの御用達でもある。最初に連れてきてもらったのもここだ。


 いまだ売れっ子デザイナーの店主は、ミリアがアルフォンスのエスコートで馬車を降りた途端に店から出てきた。


「カリアード様、奥方様、ようこそお越しくださいました」


 店主は綺麗なお辞儀をして、二人を店の中へと案内した。


 さっそくミリアの着せ替えが始まった。


 事前に伝えた情報で仮縫いのサンプルを作ったところで、どうせアルフォンスが一から作ると言い出すのはわかっているため、試着するのは店に飾ってある新作ドレスだ。何着も着て雰囲気がわかったところでミリアは解放される。


 ここからが長い。


 ああでもないこうでもない、とアルフォンスは店主と二人でデザインを話し始める。


 その間ミリアは放置だ。店にある商品を眺めたり、時には近くの別の店を冷やかしに行ったりもする。適当な所で戻ると布をあてて似合うか試し、また放置される。


 何が楽しいのか、とミリアは思うのだが、アルフォンスには楽しくて仕方がないようだ。動機は何にせよ、何かに夢中になるのはいいことだ、とミリアは生温なまあたたかく見ている。


 やっとドレスが決まったかと思えば、次は宝飾品だ。


 ここでもミリアはされるがままになる。とはいえドレス程は時間はかからない。……ドレス程は。


 最初の買い物のときはすぐに決まったので、宝飾品には興味がないのだと思った。だがそれは、ミリアの機嫌を損ねたと思ったアルフォンスが気をかせた結果だったらしい。


 確かにあの時のミリアは機嫌が悪かった。自分で買うつもりでいたのに、強引にドレスを贈られたのだ。それも世間体が悪いという理由を聞かされて。誤解が解けたのはずっと後だった。


 エメラルドがついているのは当然のこととして、アルフォンスはやたらお高い宝石いしを使いたがる。そのくせデザインはちゃんとシンプルにするので、ミリアも妥協せざるをえない。


 男の甲斐性かいしょうという物なのだろう。それで満足するならミリアは黙って着せ替え人形になるし、黙って受け取ることにしている。センスはいいのだし。


 後日、仮縫い後の確認でもアルフォンスは細かく追加の注文を入れ、本縫い後のフィッティングで満足そうにうなずいた。




 舞踏会の当日。王宮を前にして、ミリアは沈んだ顔をしていた。


「付き合わせてしまって申し訳ありません」


 アルフォンスが眉を下げた。


「いいって。行きたくないってだけで、行かないといけないのはわかってるから」


 ダンスホールの扉の前まで来たところで、ミリアはカリアード夫人の仮面をはりつけた。アルフォンスはいつもの無表情だ。ずるい。


 衛兵が扉を開けると、シャンデリアのきらめきが目に入る。


 アルフォンスのエスコートで一歩中に足を踏み入れた途端、視線がぱっと集まった。次の瞬間、それは驚きと落胆の表情に変わる。


 驚きはアルフォンスがミリアを伴っていることに対してだ。アルフォンスは毎回出席しているが、ミリアが社交の場に顔を出すのは珍しい。さすがに最終日くらいは来るだろうという予測があったとしても。


 そして落胆したのはお嬢様方。同じくアルフォンスがミリアを伴っていることに対してだった。今日はアルフォンスをミリアにほぼ独占されてしまうからだ。


 アルフォンス一人で出席しているときはどれほど群がってくるのだろう、と隣の美形の顔を見上げた。きっと面倒くさそうにあしらっているのだ。


 その視線の意味を知ってか知らずか、アルフォンスはミリアににこりと微笑んだ。きゃあ、と小さな悲鳴が聞こえたような気がしないでもない。


「これはこれはカリアード様。奥方とご一緒とは珍しい」

「私が妻とダンスがしたいと懇願し、やっと許しを得ました」


 近づいてきたとある伯爵に、アルフォンスが大真面目に返す。


 まるきり嘘でもない。


 出席はするが踊るのは嫌だと主張したミリアに対し、アルフォンスはそれはそれは粘り強く頼んできた。ちょうど今朝ミリアが折れたところだった。


 アルフォンスはミリアとの仲を見せつけるのも大好きなのだ。それも世間体のためかと思っていたのに、虫よけなのだそうだ。自分のではなく、ミリアの。


 言い寄って来る男なんていない、とは前科のあるミリアには言えない。歯の浮くようなセリフを延々と話すアルフォンスの横で、にこにこと笑っているしかなかった。


「相も変わらず仲がよろしいのですな。羨ましいことだ」

「ええ」


 アルフォンスが少しだけ目を細めた。謙遜けんそんすらしない。


 この顔もきっと珍しいのだ。ミリアはもう普段のアルフォンスを見ることがほとんどない。王宮内でふと姿を見かけたときくらいだ。ピリピリした雰囲気のアルフォンスは逆に新鮮ですらあって、その場面に出くわすのが実は密かな楽しみだったりする。


 その後も次々と話しかけてきた貴族たちを、アルフォンスはそつなく、そして盛大に惚気のろけつつさばいていった。横のミリアは時々受け答えをしながら、羞恥心しゅうちしんにひたすら耐えた。


 ごく少ない親交のある奥様方にミリアが捕まってアルフォンスから離れると、あっという間にアルフォンスは女性に囲まれた。独身から未亡人までり取り見取りだ。


 アルフォンスが眉間にしわを寄せた。どう見ても嫌がっているのに、女性たちは引こうとしない。


 そのうちどさくさにまぎれて、アルフォンスの腕や背中にベタベタと触り始めた。アルフォンスの顔がさらに険しくなる。


 さすがにかわいそうになったミリアは、奥様方に断りを入れ、女性たちをかきわけてアルフォンスに歩み寄り、その二の腕に手を添えた。


「アル、そろそろ陛下にご挨拶しないと」

「リア」


 アルフォンスの顔がぱっと明るくなる。


「そうですね、ご挨拶に参りましょう」


 やっかみの視線がミリアに集中したが、それこそ慣れたものだ。なにせ学園に通っていた時からずっとそんな視線にさらされてきたのだから。


 陛下に挨拶をして、エドワードやギルバート、そして脇に立つジョセフと少し言葉を交わした後、ミリアは化粧を直すためにいったん退出した。




 会場に戻ってみると、アルフォンスの姿が見えなかった。


 いつもならミリアの姿が見えた途端に近づいて来るのに。


 と、そこへミリアに話しかける声があった。


「ミリア嬢、一曲お相手頂けませんか?」


 振り返ると、そこにいたのはとある侯爵令息。学園時代のジョセフほどではないにしろ、数々の浮き名を流している男だ。学園を卒業したばかり――つまりデビューしたてだった。


 ミリアは眉を寄せた。


 既婚者に対する呼び方ではない。それにミリアはこの男に名前を呼ぶことを許可した覚えはなかった。


「他の方とは踊らないようにと夫に厳しく言われているんです」


 ミリアは困ったような顔を作り直して言った。一応相手は侯爵家の人間だ。面倒を起こさないように決まり文句で断った。


「一曲くらいいいではありませんか。カリアードなら先ほど女性を伴ってバルコニーへ出ていきましたよ」


 その言葉にミリアは笑いそうになる。

 

 アルフォンスが女性と二人でバルコニーへ? そんなことをする訳がない。


「ほら」


 言われてバルコニーへと続く扉の方を見ると、ちょうどアルフォンスがホールに入って来たところだった。


 ――誰かをエスコートして。


 女性の方を向いている。バルコニーからの段差を越えるのを気遣っているらしい。そのアルフォンスの表情が、ひどくやわらかかった。


 ガンッと頭を殴られたような衝撃がミリアを襲った。


 女性の方は人影に隠れていて誰だかわからない。


 カッと頭に血が上った。


 誰。誰なの。その女性ひとは誰。


 どうして。


 ざわざわと心が騒いで、心臓がどくどくと音を立てているのが自分でもわかった。


 バルコニーに二人きりで。


 黒くてドロドロとしたものがお腹のあたりでぐるぐると渦を巻く。


 ミリアのいない間に。


 視界がぎゅぅぅっと狭まっていく。まわりの音が聞こえない。

 

 誰。誰。誰。誰なの。


 両手を強く握りしめると、ぶるぶると体が震え始めた。


 そのとき、視界を遮っていた人物がその場から移動して、相手の姿がはっきりと見えた。


 ローズだった。


 相手がローズならあり得る。アルフォンスの行動も、あの表情も。そして二人がミリアを裏切ることはないことも、ミリアにはよくわかっていた。


「なんだぁ……」

「おっと」


 気が抜けてへにゃりとその場に座り込みそうになったミリアを、侯爵令息が腰に腕を回して支えた。


 その様子を、ちょうどローズと別れたアルフォンスが目撃する。


 アルフォンスはさっと顔色を変えるとミリアの方へと駆け寄り、相手を突き飛ばす勢いでミリアを奪った。


「何をしているんですか!」

「倒れそうになったから支えただけだ」


 侯爵令息は両手を上げて否定した。


「なんで倒れることに――」

「アル、本当に助けて下さったの」


 ミリアは腰が抜けていて自分の足では立てず、アルフォンスにしがみついていた。


 アルフォンスはそんなミリアをひょいと抱え上げた。


「えっ!?」


 いわゆるお姫様抱っこというやつである。


 不安定な体勢になり、ミリアはアルフォンスの首に腕を回した。


「ちょっと、アル!」


 この行為自体はそれほど珍しくはないのだが、人前ではして欲しくない。恥ずかしい。ただひたすらに恥ずかしい。ミリアはアルフォンスの首元に顔をうずめた。


「妻がお世話になりました。体調が悪いようなのでこれで失礼いたします」


 アルフォンスは侯爵令息におざなりな礼をいい、何事かと様子をうかがっていた周囲の貴族たちに形だけの挨拶をして、さっさとホールから出てしまった。


「大丈夫だってば。具合なんて悪くないから。降ろして。まだ挨拶してない人もいる」


 ミリアがアルフォンスの首元から顔を離して言った。


「いいえ、駄目です。立てないでしょう。――あの男に何を言われたんです?」


 アルフォンスの声が硬い。


 ぐっとミリアが言葉につまった。言いにくい。が、本当にあの令息のせいではないのだ。誤解は解かないと、あとでアルフォンスが何をするかわからない。


「アルが」

「私が?」

「……他の女性ひとと二人でバルコニーに行ったりするから」

「あれはローズ嬢ですっ! 決して――」


 アルフォンスが早口で言い訳を始めた。


「うん。お相手の顔が見えなかっただけ。ローズ様だとわかったら気が抜けたの」


 ほっと大げさなほどにアルフォンスが安堵の息を吐いた。


「すみません。誤解を招くような行動をして。もうしません」

「ううん。ローズ様ならいいよ。どうせエドワード様のことでしょう?」

「リアに一言伝えるべきでした。本当に申し訳ありません」

「次からはそうして」

「はい」


 アルフォンスがミリアの顔をのぞきこみ、目を細めて笑った。


「なに」

「嫉妬して下さったんだなと思いまして」

「嫉妬なんかじゃ――」


 いや、紛れもなくあれは嫉妬だった。黒くて嫌な感情だ。心が真っ黒に塗り潰されるかと思った。


 絶望とは違う。アルフォンスを奪われたことへの怒りだ。


 バルコニーに行ったくらいで狭量すぎる。


 ミリアは恥ずかしくなって再びアルフォンスの首にしがみついた。今は顔を見られたくない。


 ふふっとアルフォンスが嬉しそうな声を上げた。


「リア、愛しています」


 耳に落ちるアルフォンスのささやき。その言葉が心からのものだとわかる、甘い甘い声だ。


 知ってる、の意味を込めて、ミリアはアルフォンスの首元にぐりぐりと頭をこすりつけた。

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