第114話【番外編】買い物 2/2 side アルフォンス

 突然ぐらりと傾いたミリアを見て、アルフォンスはとっさにミリアの両の二の腕辺りをつかみ、なんとか支えた。


 何事かと思えば、ミリアはすぅすぅと寝息を立てていた。眠ってしまったのだ。


 このままずっと手で支えているわけにはいかない。どうしたものかと悩み、隣に座ってミリアを自分にもたれさせるようにした。


 温かなミリアの体温を感じ、自分の前で無防備に寝てしまうほどに気を許してくれているのだと思い、じわじわと幸せな気持ちが湧いてくる。第一王子ギルバートにしか許していなかったことを、ようやくアルフォンスにも許してくれるようになったのだ。


 だがそのふわふわとした気持ちは一気にしぼんでいく。


 今さっき、ミリアに甘味かんみの誘いを断られたのだ。眠ってしまうほどに疲れていたのならやむを得ないのかもしれないが、いつものミリアなら眠い目をこすってでも行くと言っただろう。


 理由は疲れだけではないのだ。


 ミリアはドレスや宝飾品の贈り物を好まない。高価な物は受け取ってもらえない。なのに、無理やり押しつけてしまった。世間体が悪いという取ってつけたような理由まで言って。


 ミリアが気を悪くしたのは明らかだった。


 開き直ったように笑って礼を言い、その後はずっと無言で、宝飾店では、贈らせて欲しいとおそるおそる聞くとわざとらしく喜んで見せた。


 そして、その間の移動中に言われた、一緒に来たくなかった、という言葉。


 正直浮かれていたのだ。いや、そんな生ぬるいものではない。浮かれまくっていた。空でも飛べそうな心地だった。顔が緩んでいることをミリアに指摘されてしまった。


 ミリアと出掛けるのは今回で二度目だ。婚約してからは初めてのこと。


 前回は甘味を食べに行くだけだったが、今回はミリアの社交会デビューのパーティに着るためのドレスと宝飾品を選びに来た。


 今年はデビューしないのかと思っていた。ミリアの性格上、先送りするだろうということは予測できていた。


 だがアルフォンスが聞いてみれば、嫌そうにしながらも、社交シーズン最後の舞踏会に出ると言ってくれた。


 デビューするミリアの隣に立てる喜びに打ち震えた。


 これで、自分こそがミリアの婚約者なのだ、とアルフォンス自身の口で大っぴらに宣言することができる。経緯はどうであれ、婚約したことは曲げようのない事実だ。


 そしてそのミリアを自分が着飾ることができるのだ。舞い上がらないわけがなかった。


 他の男に着飾ったミリアを見せるのはしゃくだが、自分の見立てた物であれば別だ。


 それで調子に乗った。


 ミリアに贈りたくなってしまったのだ。ミリアの婚約者は自分なのだという事実を、婚約したという言葉以上のもので知らしめるために。美しく装ったミリアが、アルフォンスに贈られた物なのだと言えば、他の男は引き下がるしかない。


 ここまでミリアを疲れさせてしまったのも、アルフォンスがドレスにこだわり過ぎたからだ。ミリアは一言も文句を言わずに、アルフォンスの好きなようにさせてくれた。


 それなのに、もっともっとと欲をかいた。


 むき出しになった独占欲にミリアは辟易へきえきとしただろう。ルールやしきたりに縛られるのが嫌いなミリアのことだ。無理に婚約させるだけに飽き足らず、さらにアルフォンスに縛りつけようとすれば嫌がるに決まっている。


 きっとミリアは二度とアルフォンスを買い物に付き合わせてはくれないだろう。


 もしかしたら二度と出掛けてもくれないかもしれない。甘味を断られるくらいなのだ。早く帰りたい、という言葉は、もうアルフォンスとは居たくない、と同義だった。


 時間を巻き戻して全てをやり直したい。

 

 アルフォンスが後悔を重ねていると、ミリアが身動みじろぎをした。


 目が覚めたのだ。


「あれ……?」


 おぼろげな目できょろきょろと視線をさ迷わせたミリアは、アルフォンスの顔を見上げた。超至近距離で視線が交錯する。


 その口から出てきたのは――


「……エドワード様?」


 ざっとアルフォンスの頭から血の気が引いた。


 なのにどくどくと心臓は痛いほどに脈を打っている。


「ミリア嬢……?」


 喉がカラカラに渇いていた。


 その声に、ミリアは勢いよく顔を離した。


「わ、ごめんなさい。間違えました」


 アルフォンスの頭の中ではミリアの声がぐるぐると回っていた。

  

 なぜミリアは王太子エドワードの名前を口にしたのか。


 まだ第一王子ギルバートならばわかる。学園にいた頃、ミリアは図書室で昼寝をしていたとき、目が覚めて見る最初の人物がギルバートであるということが――ねたましいことに――よくあったのだろうから。


 だがミリアはエドワードの名前を呼んだ。


 前にもエドワードと同じようなことがあったのか。エドワードの夢でも見ていたのか。


 それとも――。


 それともミリアはエドワードのことを密かに想っているのだろうか。


 いいやそれはない、とアルフォンスは否定した。ならばミリアは卒業パーティにてエドワードの手を取ったはずだからだ。


 いや……取ろうとはしていた。


 ローズによってはばまれはしたが、ミリアはあの時、ジョセフでもなくギルバートでもなく、エドワードの手を取るところだった。


 あれだけ嫌がっていたのだからあり得ないのだが、混乱しているアルフォンスの頭の中では、ミリアがエドワードのことを想っている、という考え一色になっていた。


「私寝ちゃっ――」

「ミリア嬢は、エドのことが好きなのですか?」


 さえぎって聞いた言葉に、ミリアがぱちぱちとまばたきをする。


「恋愛感情として? あり得ません」


 ミリアが今まで通り真顔できっぱりと否定して、アルフォンスはほっと胸をなでおろした。なら自分は、と聞く勇気は出なかった。同じようにすぱっと斬られるのがオチだからだ。


「今のは、前にエドワード様とアルフォンス様を間違えたことがあって」


 ミリアが慌てて言いつのった。


「殿下と私を?」

「はい。そしたらものすごく怒られまして」


 しこたまキスされました、とはミリアは言わない。


「そうですか」


 そんなミリアの考えは知らず、アルフォンスは少し嬉しく思っていた。その時はミリアはアルフォンスのことを考えていてくれたのだ。


 そしてミリアの機嫌が良くなっている事にも安堵あんどしていた。


 このタイミングを逃すわけにはいかないと、アルフォンスが口を開く。


「ミリア嬢、もしよろしければ今度、今日の分のケーキを食べに行きませんか?」


 うーん、とミリアが眉を寄せる。


 もう一押しとばかりに、アルフォンスは候補の店名をいくつか告げた。


 ぱっとミリアの顔が明るくなった。


「行きます!」


 その返事が嬉しすぎて、アルフォンスは思わず隣に座るミリアを抱きしめた。


 びくっとミリアが体を硬直させる。


 しかしアルフォンスが焦って体を離す前に、ミリアは体の力を抜いてアルフォンスの背中に手を伸ばした。きゅっと柔らかく抱き締め返されて、アルフォンスの胸が温かいもので満たされていく。


 腕を離すと、ミリアは目をこすり、またアルフォンスにもたれて眠ってしまった。


 ああ。幸せだ。


 これだけでいい。これだけで。


 ミリアの一番近くにいられる幸運を大事にしよう、とアルフォンスは思った。

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